第21話 昭和元年12月~昭和2年1月
クリスマスの翌日の日曜日は、食料品や日用品をスーパーで補充した。それ以外は結局だらだらと過ごして、次の月曜日。
堀口に貰ったネクタイをして会社に行ったんだが、堀口を含めて誰もネクタイについて言ってくれなかった。堀口自身俺にくれたネクタイの柄を忘れてるような気がしてきた。どうでもいいけど。
うちの会社の年末年始だが、今年は30日から1月4日までの6日間が休みだ。仕事納めの29日。堀口といつものように社外で昼食を摂った。今日は中華で俺は酢豚定食。堀口は中華丼を頼んだ。
「夜の梅、おいしかったです。一棹を実家に持っていこうと思います」
「喜んでもらえたなら嬉しいよ」
「先輩は、正月はどうするんですか?」
「向こうの風物を写真に撮っておこうかと思ってたんだが、今は大正天皇が崩御して大喪の礼が済むまで自粛期間だろ? だからそれは延期することにした」
「そうですよね。でも、写真に撮るっていいですよね」
「これから先、歴史が変わっていくとなると、こっちから見ればおかしなことになるけれど、向こうから見れば、貴重な資料になるはずだものな」
「それって面白いですね。東京以外にも行ってみたいかも?」
「大喪の礼が終わって、こっちで連休の時にでも行ってみるか? 5月のゴールデンウイークあたりならいいんじゃないか?」
「そうですね。それはそうと、結局お正月はどうするんですか?」
「寝正月かなー?」
「その歳で寝正月ですか?」
「ああ。テレビは面白いのやってないし、そもそも見ないし。あとはweb小説を読むくらいかな」
「へー、先輩にそんな趣味があったんだ」
「趣味と言えば趣味だな。あっちの世界のことが第一だが、web小説は第二の趣味かもしれない」
「どんなジャンルの小説読んでるんですか?」
「歴史系が好きなんだけど、それほど数がないから、ファンタジーを読むことが多い」
「へー。歴史系でなんかお勧めってありますか?」
「そうだなー。ちょっと異色だが、『皇国2436』という短編がある。これは、織田信長が本能寺の変を乗り越えて、日本を統一したあとのIF世界の話で、アメリカ独立戦争時代に、日本が中国に乗り出していくというストーリーだった」
「そのIFとは違いますが、今まさにわたしたちがやってることもIFですよね」
「そう言われれば、そうだな」
「ほかには?」
「『堀口明日香の仮想戦記』ってある。そういえば、その小説の主人公は堀口と同姓同名だ。奇遇だなー。こいつは第二次世界大戦をテーマにした小説なんだが、たかだか潜水艦でアメリカ相手に日本が勝ってしまうんだ。たかだか潜水艦でアメリカに勝てるわけないだろ! 俺がどうして大正15年まで遡ったんだと思ってるんだ! と思わず突っ込んでしまった」
「その話、ほんとでなんすかー?」
「ほんとだから。検索すれば出てくるはずだから。あとは、『秋の亡霊』。これはつい先日完結した中編だ。いまイランが大変だが、あの辺りが舞台の復讐劇だ。かなり後味悪いところが、いいんだよ」
「変なものが好きなんですね」
「というか、今挙げた三つの作者はみんな同じなんだ。つまり作者買いってことだな」
「なるほど」
「web小説のメジャーサイトがあるんだが、ここ数年で女性向けになってしまったのか、恋愛系が主流になってしまった。自慢じゃないが、今まで俺は恋愛系の小説を読んだことがない」
「そこまで、キリッて言わなくても。わたしは読んだことがない、とまでは言いませんが、あまり読みません」
「偏見なんだろうが、なんか、こう、話が小さいんだよ」
「それ分かります。先輩って、人間関係のドロドロ嫌いでしょ?」
「好きではないな」
「そういう人が、アレ系を嫌うのは分かります」
「その逆を考えると、人間関係のドロドロ大好きな人が読んでるのか?」
「そこまでは分かりませんけど、少なくともそういうのが気にならない人が読んでいるんじゃないですか?」
「そうなんだろうな。それで、堀口は休み中何をする予定なんだ?」
「わたしもこれといった予定はないから、だらだらと過ごすかも? ただ、明日、明後日は正月用の買い出しかな」
「俺もそれは忘れずしないといけなかった」
「お節料理の宅配とか頼んだ方が早くないですか?」
「ああいうのは、家族があってこそだろ? 俺一人じゃ食べきれない」
「そう言われれば、そうですね。今まで、聞いたことありませんでしたが、先輩のご両親とか兄弟の方はどうされてるんですか?」
「俺の母親は10年前に亡くなって、父親も4年前に亡くなった。親戚はいるが付き合いはない。兄弟もいないから、天涯孤独だ」
「そうなんだ。わたしのところは両親ともしっかりしてます」
「一緒に住んでるのか?」
「いえ。両親は長野です」
「というか、堀口は一人住まいだったのか?」
「はい」
「知らなかったー」
「まあ。今の世の中、そういったことを聞くこと自体少なくなってますものね」
「そういうのって個人情報だから敢えて聞かないからな」
「ですね」
「それで、堀口は実家に帰らなくていのか?」
「大晦日に帰って一泊してから戻ってくるつもりです」
「それもまたずいぶん忙しないな」
「向こうに行っても何もすることないですし」
「高校の時の友達とかは?」
「ああー。わざわざ会うほど仲が良かった子はいませんでしたから」
「そういうものかもな」
お互い食べ終わったところで店を出て会社に戻った。
仕事納めの今日は、例年通り午後5時の終業時間ぴったりに、ほとんどの社員がお互いに簡単に挨拶して課の部屋を出ていく。
堀口は真っ先に帰っていて、俺も人の少なくなった課の部屋全体に向かって『来年もよろしくお願いしまーす』とか言って、そのまま会社の玄関ホールに向かった。
会社からの帰りの電車の中で吊革につかまって、来年のことを考えた。
ほとんどの『物』は理研に運び込んだので、あと必要なものは消耗品の補充ぐらいだろう。そういう意味で俺の存在意義はかなり薄くなる。まあ、歴史の傍観者になるのもいいことかもしれない。満州の石油というキーアイテムが手に入った以上、7割がた向うは安泰だ。
21世紀になって、アメリカの覇権に対抗しようとした中共は、川上産業をアメリカとその同盟国に抑えられ、いまはもう見る影もなくなってしまった。あの世界の日本はその轍を踏まず、技術大国になってアメリカと対等な国になる。
そういえば石原莞爾はアメリカとの最終戦争を唱えていたが、実際のところ、貿易相手以上に仮想敵国がなければ、国の未来は『分裂』しかない。言い換えれば、2極化した世界では決して最終戦争は起こらない。起こりえるのは二国による出来レースではないか?
振り返って現在の世界情勢だが、第二次世界大戦以降、アメリカとソ連、アメリカとロシアはずっと出来レースをしていたんじゃないか?
その構造の中で、中共を肥え太らせ、人権と地球温暖化を声高に叫んで独自路線を歩み始めたEUを中共の泥沼に誘い込んだ。
中共はアメリカが主導する西側世界から甘やかされ肥大した結果、エネルギーとカロリーの輸入国になってしまった。それではとても中共から外に向かって侵略などできない。なぜなら経済制裁だけで干上がるから。
そこにきてウクライナ戦争だ。EUは武器をウクライナに与えることでアメリカへの防衛力依存が増大し、エネルギーをソ連からアメリカに切り替えた。そろそろというところでアメリカによる中共のデカップリングだ。それに呼応させてベネズエラとイランという中共にとって『安い』石油の輸入先が消滅した。中共の輸入先はロシアに絞られる。その結果今まで安かったロシア産原油は、市場原理通り高騰する。
EUを道連れに中共が沈んでいく中で、笑うのはアメリカとロシアだ。
もちろん素人考えだが『結果』、つまり今の世界情勢から見てあながち間違ってはいないだろう。
ただ、1919年の人種的差別撤廃提案が潰されたとき以来、日本は欧米諸国は「論理や交渉が通じない相手」と見限っていることも事実。絶滅戦争の覚悟をあの時から抱いているはずだ。そう考えれば今度の歴史では最終戦争はあり得るか。勝利の先で分裂を覚悟してでも。
そこまで考えているうちに、電車が北浦和に到着した。駅からの帰り道で牛丼屋に入って大盛りを頼んで完食した。
うちに帰って風呂に入りながら考えたのだが、100年前の日本の風物を記録するのもいいが、その前に理研での実験そのものを画像、映像記録したほうがいいだろうと思いついた。それでデジカメを用意することにした。デジカメは、ノートパソコンにUSBで接続はできるが、記録という意味でSDカードを大量に用意することにした。
デジカメは10台、そのうち3台は高感度のものにしておいた。そして追加のノートパソコンを5台とさらなる電気使用量の増加を見越して、いつもの電源装置を10台ほど注文しておいた。
翌日。(2027/12/30)
ちょっと遅めに目覚めた俺は、溜まっていた洗濯をして、手提げ袋にワイシャツとスーツを入れて、別途キャリーカートを引いてクリーニング屋に行き、洗濯物を出した。その足でスーパーに回り、正月休み中の食材と総菜を買った。買ったものはスーパーの空き段ボールに詰めて、キャリーカートに載せてうちに戻った。要冷蔵、要冷凍の物は冷蔵庫に片付け、今度もキャリーカートを引いて近くのホームセンターまで行き、トイレットペーパー、ティッシュ、シャンプー、ボディソープ、手洗い用泡石鹸、歯ブラシ、練り歯磨きなどを買った。
そのあと、ホームセンターのファミレスでスパゲッティを食べてから荷物を載せたキャリーカートを引いてうちに帰った。
午後からは、掃除機をかけ、床の拭き掃除とトイレと風呂の掃除をしておいた。
翌日の大晦日。
特になにもせず、パソコンでweb小説を読み、冷蔵庫から取り出した総菜を温めたりして、缶ビールで食事した。夕方になって、カップそばを食べて、またweb小説を読み、午後8時過ぎに今年最後の風呂に入って、温まった体のまま9時前には眠ってしまった。
年が明けて、元日(2028/1/1)。大宮の氷川神社に初詣に行こうかな? と、一瞬だけ思ったが、窓の外にはリンゴ売りはいなかったが曇っていて、すごく寒そうだったので、止めておくことにした。元日の朝は雑煮と俺の中では決まっているので、雑煮を作ることにした。昨日買った白菜と鶏の腿肉と生シイタケを冷蔵庫から取り出して台所に並べたのだが、ものすごく内容が薄い。お餅を正月に食べるということが雑煮の趣旨なので問題なし。食材を適当に切って鍋に入れて火にかけ、水を入れて、醤油とみりん、そして砂糖を少々入れ、カツオ風味のだしの素を振りかけた。隣のガスの口の上にフライパンを乗せて餅を4つ並べた。
鍋が沸騰しはじめたところで、お玉で灰汁を掬ってから、少し味見したところOK。とろ火にして、餅はまだ焼けていなかったがフライパンから鍋に移した。
そのうち、餅が軟らかくなったので、お椀に適当に餅と一緒にほかの具をよそってからテーブルに持っていった。
「いただきます」
普段は『いただきます』など言わないが元日の今日は特別だ。フーフーしながら雑煮を食べていたら、いいことを思いついた。グルタミン酸ナトリウムを持ち込もう! それで、雑煮のお代わりを食べながらスマホで例の化学調味料の歴史を調べたところ、かなり前に商品化されていた。負けた! それで今度はカツオ風味の化学調味料を調べたら売り出されたのは戦後、高度成長期だった。これならいけるんじゃ? あとで注文してやろう。もとの化学調味料が現在の同名の会社名ですでに向こうで売り出されている以上、将来そのメーカーが作ることは分かるが、こういうものは仁義無用、早い者勝ちだ。ただ、天然の出汁が主流のあの時代で受け入れられるかというとちょっと? とはいうもののカップうどん、カップそばには必須のような気がする。つまりそれらの基礎技術ということだ。いけるな。
鍋に入れた餅だけは全部食べ、食器を洗って片付けた後、残った鍋の具は鍋が冷えるのを待ってから鍋ごと冷蔵庫に入れておいた。
昼前に、1階に下りてポストから年賀状を持ってうちに戻った。会社関係、大学時代の友人からの物で全部で20枚ほどだった。俺はわざわざ堀口に年賀状は出さなかったが、堀口からは律儀に年賀状が来ていた。




