第20話 大正15年12月、昭和元年12月2
弔旗が立つ駒込駅から電車と汽車を乗り継いで、浦和駅まで帰ってきた。
そこから歩いて浦和高等学校前まで戻り、穴を抜けてクリスマスの現代日本に帰ってきた。
「ちょっと早いが、ファミレスに行くか?」
「先輩、そのスポーツバッグは置いてきた方がいいんじゃないですか?」
「そういえば、スポーツバッグも何も、うちにプレゼントを置いてきてたんだ。それを持ってこなければ」
「ちゃんと用意してくれたんですね」
「当たり前だろ。とはいうものの、何がいいか分からなかったから苦労はしたんだけどな」
玄関前に堀口を待たせて、スポーツバッグを片付けてから冷蔵庫に入れてあったデパートの紙袋に入れたままの『プレゼント』を持って外に出た。
「これだ。重いからあとで渡すな」
「重い? 何だろう? 思いがこもっているって意味の重い?」
「持てばわかるかもな。その時までのお楽しみだ」
「なんだろうなー?」
などと言いながら、近くのサのつくファミレスまで歩いていった。店の入り口はちゃんとクリスマスの飾り付けがしてあった。それで少し身構えて店の中に入ったのだが、客は少なかった。クリスマスにファミレスは流行らないのか? 俺たちにとっては好都合ではある。
店員に4人席に案内されて、各々着ていたコートを空いた椅子の背もたれに掛けてから席に着いた。
「とりあえずビールでいいか?」
「はい」
とりあえずのビールではあるが、瓶ビールにしてみた。料理はそのあと頼むことにして、ビールのつまみとして、辛味チキンとポップコーンシュリンプを頼んだ。
「それじゃあ、わたしから山田先輩にクリスマスプレゼント」
堀口はそう言って、ハンドバッグから包装紙に赤いクリスマスリボンを付けた細長い箱?を取りだして向かいに座る俺に差し出した。
「おっ。サンキュー。それでこれは?」
「ネクタイにしてみました」
「ありがとう。今開けて汚すわけにはいかないから、しまっておくな」
そう言ってコートのポケットに突っ込んでおいた。
「それじゃあ、俺の方から」
そう言って隣の席に置いていたデパートの紙袋を堀口に手渡した。
「ほんとに重い。何なんですか?」
「それはなー、虎屋の夜の梅だ」
「虎屋の夜の梅って羊羹? ですよね」
「そりゃそうだろ。虎屋なんだから。何にしようかとずいぶん悩んだんだが、今どきの女子は洋菓子はよく食べるかもしれないが、和菓子から遠ざかってるんじゃないかと思ってな。俺なりの最善ってやつだ」
「……。確かに一理あります。とにかくありがとうございます」
「ああ」
そこで、ビールとつまみがやって来たので、お互いにメニューを見ながら適当に注文した。
そして、お互いのグラスにビールを注いで、
「じゃあ、メリー、クリスマス!」「メリー、クリスマス!」
そう言って乾杯した。
「先輩、来年はどうなるでしょう?」
「向こうの来年のこと?」
「はい」
「一応押さえておかないといけないのが、3月に金融恐慌が起きる。銀行の取り付けなんかが起こるそうだ」
「怖いですね」
「そうだな。こっちじゃあまり考えられないしな」
「あとは、中国の国民党が南京と漢口で居留民に対して襲撃、暴行、略奪を行ったんだ。いや、俺たちから見ると、行うか。どっちでもいいけれど。それで、日本が出兵する。建前はそうだったんだが、実際は国民党軍の北伐阻止だ。満州まで来られちゃまずいからな」
「戦争が始まるんですか?」
「いや。まだ先の話だが、いちおう大事になる。日本軍は直接は関係なかったが国民党軍と北軍との間で起こった軍事衝突の後、日本軍は撤退することになる。その前の段階で北京から逃げ出した役立たずの張作霖を爆殺して、張作霖がトップだった奉天政権に代わって満州を経営しようとしたんだよ。あと大事なことは、国民党は北京で北伐を停止したんだが、その意味合は『満州』の領有を棚上げしたってことなんだ。理由は、日本が実効支配している南満州にまで手を出せば本格的に日本と衝突して、軍閥の寄り合い所帯だった国民党が割れる可能性があったから。ところが、関東軍が張作霖を爆殺したことで、その子の張学良が奉天軍を引き連れて国民党に合流してしまった。その結果、国民党にとって南満州が『触らぬ神』では済まなくなったわけだ。そこから紆余曲折はあったものの満州国建国から日華事変に繋がっていくんだ」
「なるほど」
頼んだビーフステーキとほうれん草のソテーがやって来たので、最初にステーキにナイフを入れたところ、簡単に切れた。食べてみたところ、結構柔らかい。やはりファミレスチェーン店の中でコスパ最高評価だけある。
堀口の方は、グラタンがやって来たが、今のところ最初に頼んだつまみを食べている。けっこう癖になるしな。
ビールがなくなったところでワインに切り替えた。
「先輩はワインが好きなんですか?」
「それほどでもないが、今日はクリスマスだから」
「わたしは、ワインより日本酒の方が好きです」
「ここのは地酒って感じじゃないから、地酒が飲める店の方がいいな」
「そういう店ってあるんですか?」
「前を通っただけで入ったことはないんだが、店の前に並んでた銘柄名は、それなりの酒みたいだったぞ」
「地酒はいいとして、和食なんですか?」
「和食じゃないか? 居酒屋というより、小料理屋かな?」
「良さそうですね」
「クリスマスといっても小料理屋なら空いてそうだし、ここである程度食べたら、そこに行ってみるか? 時間はあるから。堀口も時間は大丈夫なんだろ?」
「もちろん大丈夫です」
結局メインを食べたところでデザートを頼むことなく席を立って勘定を済ませた。
「ありがとうございました」「またお越しくださいませ」
店員たちの声を後にファミレスを後にした。
店を出て駅方向に歩いていき、記憶を頼りに裏通りに入ってしばらく歩いたら、目当ての店を見つけた。
引き戸を開けて中に入ったところ、客はおじさん一人がカウンターに座っているだけで、親父さんとおそらく奥さんの二人がカウンターの中にいた。
「お二人さま、いらっしゃいませ。カウンター、椅子席、お好きなところにどうぞ」
ということで、一番奥の4人席に向かい合って座ることにした。
カウンターからおかみさんが出てきて、俺たちのコートを預かって壁のフックにハンガーで掛けてくれた。
カウンター奥の壁に手書きで書かれたメニューのうちの筑前煮と刺身の盛り合わせと今日の煮魚を頼むことにした。
「刺身の盛り合わせ。それで今日の煮魚は何ですか?」
「今日は金目です」
「じゃあそれを二人前。あと煮魚に合う日本酒を二人分」
「はい、承りました」
すぐに筑前煮が運ばれてきて、続いてグラス入りのマスが俺と堀口の前に置かれて、おかみさんが手にした一升瓶からなみなみと注いで、こぼれた酒でマスまで一杯になった。一升瓶には「開華 大吟醸 うにゃうにゃ」と書いてあった。何であれ、大吟醸は旨いだろう。
左手でマスを持ち、右手をグラスに手をかけて、表面張力で盛り上がったところをすする。
そこまでで、飲むのを止めて、筑前煮をつまんだ。
タケノコ、シイタケ、ニンジン、レンコン、ゴボウ、サトイモ、コンニャク、キヌサヤ。鶏肉にも味が染みておいしい。季節がずれたものもあるが、今どきなんでも手に入るのだろう。
筑前煮を肴にチビチビ飲んでいたら、刺身が出てきたので、小皿に醤油を入れて、まずは赤身マグロをつまんだ。
「旨い」
「どれどれ」堀口も箸を伸ばして赤身マグロをつまんだ。
「あっ。ほんとにおいしい。それに日本酒もおいしい」
「立てなくなるまで飲む必要はないけど、いくら飲んでもいいからな」
「はい。さすがは先輩」
「堀口もアレで儲けているから、それなりに金持ちだろ? それはそうと、年が明けたら確定申告しないといけないぞ」
「そうなんですよねー。ちょっと面倒だけど、これからのこともあるからちゃんとします」
「それがいい。俺は税理士雇うつもりだけどな」
「凄ーい!」
「俺の場合、額が大きい上に、外国も絡んでるだろ? ああいうものって中身が同じでも税理士のハンコがあるとないとでは違うそうだからな」
「そうなんだ。わたしもそうしようかな?」
「そこは堀口の勝手だが、あの金額なら、そこまで厳しくないんじゃないか? 来年それなりに儲けたら、再来年になってから考えなよ」
「それもそうですね」
刺身をつまみながらそんな話をしていたら、煮魚が出てきた。濃い醤油色をした煮汁の中の金目鯛の白い眼玉が俺を見つめている。どうでもいいけど。
身の真ん中に筋ができるように箸を入れて、そこから身を摘んで煮汁をちょっとつけて口に入れた。甘辛い煮汁が、脂が乗りながらもくどくない白身の魚の味を引き立てるわけではなく、甘辛い煮汁の味が強く出て、魚の味がよく分からなかった。そもそも煮魚ってそんなものだし、酒に合えばそれだけで満点だ。魚の味は引き気味だったが、その代わり、活きのいい金目だったのか白身はぷりぷりしていた。
「この魚、おいしい。お酒もおいしい。お酒お代わりしていいですか?」
「だから、気にせずどんどんやってくれ」
「はい」
それから何杯か地酒をお代わりして、魚もきれいに食べ終えた。〆に鯛茶漬けを食べてから店を出た。堀口はかなり出来上がっているようだ。かく言う俺もずいぶん飲んだ気がする。支払いはカードで済ませた。
店を出たところで、コートを着て、
「堀口、ちゃんと帰れるか?」
「大丈夫でーす」
「電車が大変なら、タクシーで帰ればいいぞ。駅前にタクシー乗り場があるからすぐに乗れるはずだ」
「大丈夫でーす」
そう言って堀口は歩き始めたが、駅の逆方向だった。
「堀口、そっちは逆だ。駅はこっちだ」
足下がおぼつかない堀口の腕を引いて駅の方に歩いて行き、改札まで送ってそこで別れた。
「それじゃあ、気をつけてな」
「はーい!」
堀口は俺が渡したデパートの紙袋を持って、スマホをかざして改札を抜けていった。
翌日の日曜。堀口から昨日の礼のメールが届いた。無事帰り着いたようだ。返事は「こちらこそ」と一言だけ。そこで、堀口からもらったネクタイのことを思い出したので、クローゼットを開けて昨日着ていたコートのポケットから紙包みを取り出して開けた。
俺には少々派手な気もしたが、月曜日はこれを着けて出勤しよう。ということで、スーツの掛かったハンガーに一緒に掛けておいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
北満州での石油発見を受けて、日本本土から2個師団が満州に派遣された。経路は広島から海軍が護衛する輸送船で関東軍司令部のある旅順まで移動し、旅順に1個師団を残し、1個師団が南満州鉄道に乗って長春まで移動。そして長春の満鉄附属地の近郊に駐屯地を設け兵営の建設を開始した。また、騎兵一個中隊と師団工兵が先行して石油採掘、試掘現場に向かった。
採掘現場に到着した師団工兵により築城が始まり、一個大隊が駐屯可能な兵舎とともに強固な陣地が構築される予定だ。資材は長春からソ連が管理する中東鉄道の支線の貨物列車に偽装して積み込み、中東鉄道の最寄り駅まで運ばれることになる。そこからはこれまで通り、荷駄に積み換えての輸送である。その輸送には護衛として日本軍の騎兵が付き従うことになっている。
日本政府は、中東鉄道の買収のためモスクワにある日本大使館を通じてソ連政府と交渉を続けていた。このころのソ連はネップ(新経済政策)が行き詰まり、農業集団化と急進的な工業化へ舵を切ろうとしたが、 工業化のための機械を欧米から輸入するための「外貨」が決定的に不足していた。そういった背景もあり、この交渉は、驚くほど簡単にスターリンに受け入れられ、くしくも大正15年12月24日、大正時代の最後の日に妥結に至っていた。
これを受け、満鉄では中東鉄道の軌条を現在の広軌から標準軌(注2)に変更する準備に取り掛かった。
これから日本は「開発投資の優先」のため、緊縮財政ではなく積極財政に舵を切ることになる。ソ連とのディールの結果、外貨(金)が極端に減少したことで、史実で断行された世界恐慌下での旧平価(注1)による金解禁が行われることはほぼなくなった。行われたとしても新平価での解禁になるだろう。これで世界恐慌の影響も限定的で収まり、昭和恐慌を回避する可能性が高まった。
注1:旧平価、新平価
1897年(明治30年)の貨幣法により純金 0.75g = 1円(金1g = 約1.33円)と定められており、このレートを旧平価、と呼んでいます。新平価とは金の兌換を停止中の当時の実勢レートで純金 0.67g ≒ 1円(金1g ≒ 約1.5円)。つまり、旧平価の水準で金との交換比率を固定してしまうと実勢レートと比べ約12パーセントの円高を強制することになります。これにより日本製品が海外で1割以上値上がりし、世界恐慌による世界的需要減退と相まって日本製品が全く売れなくなりました。
注2:標準軌
当時、朝鮮鉄道、南満州鉄道は国内および台湾の鉄道が狭軌1,067mmだったのに対し標準軌1,435mmでした。




