第19話 大正15年12月、昭和元年12月1
土曜を何度か使って、堀口に手伝ってもらい、レトルトカレーを中心にカップ麺、インスタントコーヒーを駒込の理研に大量に持ち込んだ。大いに職員に喜ばれたようだ。
サルファ剤の特許が登録されたことを知らされた。すでに、星未来薬品でスルホゾールという名で商品化され、陸軍、海軍に納入されて実績を積んでおり、年が明ければ新しい生産ラインが稼働を始め市販が始まるそうだ。
北里研究所におけるペニシリンについては、星製薬の子会社である星未来薬品の新工場で生産ラインを建設中である。
ストレプトマイシンについては、精製と結晶化作業を進めている。
それと、12月14日、星製薬の社長星一氏は、第二審の台湾総督府高等法院で逆転無罪判決を受けたそうだ。これで、星製薬は完全復活だ。
あとで調べたところ、このあたりの歴史は変わっていなかった。
理化学興業の化学繊維部門はナイロン工場を現在建設中である。工場の場所は神奈川県の鶴見にある鶴見製油所に隣接した一帯だそうだ。
理研の有機化学研究室でニトリルゴムの合成に成功し、理研は理化学興業内に合成ゴム部門を設立した。
ニトリルゴムに関する特許出願は理化学興業名義で年が明けてからになるということだった。合成ゴム部門では工場を新設してガスケットその他シール材を陸海軍、および国内機械メーカーなどに販売することになっている。もちろん、海外展開も考えているそうだ。理研の収益基盤はますます強固になっていく。つまり、やりたいことは何でもできるようになるということだ。
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昼食のため、堀口と会社を出て、蕎麦屋でエビだくさんのかき揚げそばを食べながら。
「先輩、週末の土曜はクリスマスですが、どうするんですか?」
「大正天皇の崩御は12月25日、午前1時すぎということだから、向こうは大騒ぎかも知れない。とはいえ、当日不謹慎なことをしない限り一般人は無関係じゃないか?」
「そいう話ではなく、クリスマスですよ、クリスマス」
「だから12月25日だろ?」
「そう言われればそうですが、12月24日のイブはどうするんですか?」
「会社にきて、仕事して帰る?」
「そこで疑問形ですか?」
「堀口、回りくどい言い方はよせ。クリスマスイブにいい飯が食いたい。そう言えばいいんだよ」
「さすが、分かってらっしゃる」
「ただな、クリスマスメニューって割高なんだ。しかも料理を手抜きしてるようにしか思えないんだ」
「料理の手抜きは知りませんが、クリスマスプレミアムは仕方ないんじゃないですか?」
「需要と供給を見て値段を上げるってことは経済の基本だから仕方ないけど、チョイっとメニューを変えるだけで2割増。まるで深夜タクシーだぞ!」
「ぼやかないで下さいよ」
「それはそうと、クリスマスともなるとチョイっとしゃれた店は予約が要るんじゃないか? もう何日もないんだから予約は厳しいだろ」
「そうかもしれません」
「俺が知ってる店で予約が不要なのは、うちの近くのファミレスくらいしかないぞ。堀口はどこか知ってるか?」
「全然。わたしはそのファミレスでもいいですよ」
「だけども、堀口がわざわざ浦和まで来るのも大変だろ?」
「それなら、25日でもいいですよ。理研から帰ってくれば浦和ですから」
「それならそれにしようか。ほんとにファミレスでいいんだな?」
「いつもおごってもらってますから構いません。でも、せっかくだから何かプレゼントください」
「そうだな、俺の趣味を手伝ってもらってるのは確かだから、何か考えておくよ」
「やったー!」
その日の会社が引けて、会社の近くのデパートに駆けて行き、堀口へのクリスマスプレゼントを探した。堀口は装飾品もほとんど身に着けていないし、堀口が喜ぶようなものを思いつけない。子供ならゲームソフトでも与えておけばいいが、そういうわけにもいくまい。安請け合いしたものの、これは困ったぞ。店内をいろいろ見て回っているうちに、閉店の音楽が流れ始めたので、急いで店を出て帰路に就いた。
翌日も会社が引けてから堀口へのクリスマスプレゼントをデパートで探したのだが、結局閉店時間で退店した。われながら気が利かないことに情けなくなってしまった。明日はもうクリスマスイブだ。これって相当まずくないか? 土曜日、理研に持っていくものの用意ができているからあと1日猶予があるのが救いか。
帰りの電車の中で何がいいか考えたがやっぱり思いつかなかった。駅を出て帰り道の牛丼屋で牛丼の並みを頼んで、食べながらも考えたが何も思いつかない。どうしよう?
うちに帰って、風呂には入らずシャワーで済ませ、パソコンを立ち上げてクリスマスプレゼントを検索してみた。そうしたところ、絹のハンカチ、絹のスカーフ、ブローチ、イヤリング、そういったものだった。これではあまり意味がない。そもそもそういった売り場の前を何度も行き来している。安請け合いするんじゃなかった。
「そういう関係ではない若い女性へのクリスマスプレゼント?」
もう少し突っ込んだ検索をしたところ『気を使わせない「消えもの」ギフト』だそうだ。アドバイスとして『「重い」と思われるものは避けるのが賢明です』なるほど、もっともだ。
そして、指輪・ネックレスなどのアクセサリーは 特別な意味を感じさせてしまいます。ということだった。検索してよかったぜ!
お勧めは、高級スイーツ・お菓子、上質なタオル・ハンカチ、コーヒー・紅茶というところだった。よし! お菓子にしよう! 高級クッキーなら日持ちもするし。いや待てよ。堀口みたいな若い女性は、洋菓子は食べ飽きている。ここは虎屋の夜の梅ではないか? あれを貰って喜ばない人はいないし、俺のセンスがきらりと光るのではなかろうか?
翌日のクリスマスイブ。課内がどことなく浮ついているように感じるのは気のせいではあるまい。
会社が引けて一目散にデパートに駆けていき、虎屋の出店で夜の梅を二棹求め箱に入れてクリスマスの包装をしてもらった。
ずっしり重たい夜の梅をカバンに入れて、最寄駅からうちに帰る途中でカレー屋に寄ってカツカレーを食べたのだが、店にいた客は俺一人だった。
そして、12月25日。
その日はいつもの土曜日と同じように公園前で堀口と待ち合わせして理研に向かった。
この日の荷物は、タイヤ用合成ゴムの室内実験用に少量用意していた何種類かの触媒をスポーツバッグに詰めたもの。現代の触媒を工業ベースで持ち込むことは不可能なのであまり意味はないかもしれないが、こういったゴムができるということを実物を作ることで知っておくことは大事だろうと思って理研側の了承の下、用意したものだ。
その他に用意したのはプリンター用のコピー用紙とトナーだ。最近の理研内の文章はほとんどプリンターからの出力に切り替わったようで、これらの消費量が高まっている。トナーについては今のところ理研ではどうしようもないが、コピー用紙については、紙質向上を目指して研究を始めたそうだ。
公園の壁に空いた穴を抜けた先。振り向くと浦和高等学校の先の校舎の前の旗竿の先端にある国旗玉が黒布で覆われて、その国旗玉のすぐ下、国旗の上部に、旗の横幅と同じ長さの黒布(喪条)が国旗と同じように、青空をバックに微風の中はわずかにためいていた。
「あれ、なんか変わった国旗ですね? クリスマスにこれって何なんでしょう?」と堀口が聞いた。
「これはクリスマス関係なく、1926年12月25日、つまり今日未明に大正天皇が崩御されたんだ」
「そのこと、すっかり忘れてました」
「だから、官公庁はこうやって弔意を表したんじゃないか? こういうのって半旗と思っていたけど、半旗じゃなくって、こうやって弔意を表すんだな。初めて見た」
「弔旗って意味ですよね。大正天皇の大喪の日っていつだったか知ってますか?」
「全然知らないけど、来月だと厳しそうだから2月か3月じゃないかな」
「その日まで弔旗でしょうか?」
「どうだろう?(注1)」
荷物をトラックに積み終えて浦和駅に移動中、民家その他、ほとんどの建物に弔旗がかかげられており、県庁前を通ったら当然、先端を黒くした旗竿の上で弔旗がはためいていた。浦和駅でももちろん弔旗がはためいていた。現代日本では考えられないような徹底ぶりだ。
駒込駅から理研に行く途中でもほとんどの建物に弔旗がはためいていた。理研の敷地に入っていくと本館前の旗竿にも先端を黒布で覆った旗竿に黒布と日の丸が掲げられていた。
所長室に入ったところで、
「君の年表通り陛下がお隠れになった。これからの日本はあの年表通り進んでいくのだろうか?」と、いきなり大河内所長に言われてしまった。
「年表通りにならないように、頑張っているわけですから。星製薬だって完全に息を吹き返していますし」
「そうだったな」
所長室に実験用触媒を置いて、遅れてきたトラックから荷物を下ろし、幸田さんに後を頼んでその日の作業は終了。『来年もよろしくお願いします。次は1月8日に来ます』と伝えて理研を後にした。
駒込駅に向かって歩きながら、
「先輩、わたし思うんですけど、思った以上に研究開発が速くありませんか? 先輩が干渉を始めてまだ1年なんでしょ?」
「そうだな」
「それなのに、サルファ剤はまだしも、ペニシリンにニトリルゴムって。もう何年も進んでいませんか?」
「最初のブーストは簡単だけどそのうちいろんな山や谷が現れるだろうから鈍化はするだろう。昭和15年までにトランジスターの量産を目指しているけど、それでも昭和10年くらいで量産できそうな勢いあるよな」
「満州には石油があるし、このまま行っちゃうと、日本って戦争に勝っちゃうんじゃないですか?」
「その前に、大東亜戦争の直接の原因はABCD包囲網による日本の経済封鎖と石油の全面輸出禁止だろ? 満州に石油が湧いた以上、石油輸出禁止が戦争原因にならないから、欧米との戦争はその時点じゃ起きないんじゃないか?」
「じゃあ、このまま平和に?」
「大東亜戦争の直接の原因はABCD包囲網による日本の経済封鎖と石油の全面輸出禁止と言ったが、裏の原因はナチスドイツと軍事同盟を結んでいた日本を挑発することで、裏口から欧州戦争にアメリカが介入することだと思ってるんだ」
「そうなんだ」
「ただの想像だよ。歴史の教科書のどこにも書いてないだろ? ただ、イギリス、オランダはアメリカに参戦してもらいたかった。中国はアメリカに日本と戦ってもらいたかった」
「それだと、アメリカは何で戦争したかったんですか?」
「表向きはヨーロッパを全体主義国家、ナチス、イタリアから救う。そして日本のアジアでの横暴を許さない」
「表向きってことは、裏がある?」
「裏というか、本音は、ヨーロッパが疲弊した時おっとり刀で駆けつけて恩を売る。邪魔な日本を排除する。目的は、現在の基軸通貨であるポンドを追い出してアメリカドルを基軸通貨にすること。戦後の動きをみると、イギリスは戦争で負った膨大な対米負債を返すため、また戦後復興のため、マーシャル・プランなどの融資を受ける条件として、ポンドの自由交換(ドルへの切り替え)を受け入れたんだ。これでそれまでイギリスが植民地を経済的に囲い込んでいた「ポンド・ブロック」は崩壊して大英帝国の経済的生命線は絶たれた。世界経済の第一線からの退場だ。そのあとが、IMF(国際通貨基金)と世界銀行だ。その二つは、建前上は国際機関だが、実態はアメリカの意向を反映する装置だ。これらによって、どの国も自由貿易とドル決済というアメリカのルールに従わなければ、国際社会で経済活動ができないシステムが完成した。文字通りパックスアメリカーナだ。 敗戦国である日本とドイツは徹底的な破壊と占領を経て、この『ドル基軸体制』の中で最も忠実な経済的フォロワーとして再編された。軍事力を持つ『帝国』としての再起を禁じられる代わりに、ドルの傘下で『工場』として働くことで経済成長を許される、という巧妙な管理下に置かれたんだよ」
「先輩、大学の時、近代史専攻だったんですか?」
「いや全然。俺は経営だ」
「でも詳しいですよね」
「世の中の動きって、基本的に経済合理性でほとんど説明がつくと思ってるんだ。何かを進めていくには建前が必要だが、歴史から見れば建前なんてただの雑音だろ?」
「それって完全に歴史家の目ですよ」
「こうやって歴史の中に身を置きながら考えたんだがな」
「すごいなー。その熱意をもって仕事に臨んだら山田先輩すごく出世するんじゃないですか?」
「時間に縛られるくらいなら出世しないほうがいいだろ? 現に小銭を稼ごうと思えば時間貿易でかなり稼げるんだし。そういえば、いつぞや堀口が買った万年筆ってどうなった?」
「あれ、国内のオークションハウスに出して手数料引いた後1200万円で売れました。ウッキャ!」
「なんだよその『ウッキャ!』って」
「うれしさのオノマトペ?」
注1:
大喪の礼の当日まで弔旗が掲げられたそうです。昭和天皇のときも同じだったそうです。




