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ヒロインは敗北しました(連載版)  作者: 東稔 雨紗霧


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9/9

「私はルミナス、こっちはジョンよ」

「よろしく」


一先ず名乗り、二人はロキと名乗った存在をしげしげと見つめる。


「私、てっきりあの手記を書いたのは男性だとばかり」

『ああ、今でこそこんな半端な格好だが学者としてフィールドワークをする際には自衛の為にもっとしっかりとした男装をしていてね。ほら、俺は美しいだろう?』


前髪をかき上げ、ウィンクをするロキにルミナスは親近感を覚える。


「その、ロキさんはどうしてここに?」

『ああ、何故俺が現れたかだろう?偏に君達のお陰だよ』


ロキの言葉に二人は首を傾げる。


『生贄から逃れられなかった俺はアレに取り込まれてアレを構成する要素の一つになっていた。俺と言う存在と知識を取り込んだ結果、アレにはとある属性が追加された』

「属性?」

『知識は己の心強い味方となるが、時に自身を縛る制限となる事もある。民俗学者として各地の風土や魔除け等を知っている俺は君達が用意したこれ(・・)が神と人との境界線の役割を果たしている事を知識として知っていた』


ロキはそう言って三人の周りを囲んでいる注連縄を指さす。


『魔除けとは退けたい対象に効果があるとされる物を用意するだろう?悪魔を退ける為の聖水、吸血する化け物を退ける為の銀、不運を避ける為のタリスマン然り何に対抗する為の物なのかを考え、効果のある物を用意する。退けたいモノに効果の無い物を用意しても見当違いのモノを弾くだけで本命には意味が無い、ここまでは良いか?』


二人が頷くのを確認してから話を続ける。


『それを前提とすると、つまり対象は自身がそれに退けられる効果があると知っている事になる。であれば、どんな存在にどんな物が魔除けとされているのかを知っている俺の知識がアレに取り込まれればどうなると思う?』

「どんな存在に対してどれが効くのかを知って自分に当て嵌める事になる?」

『その通り!』


ルミナスの回答にロキはニンマリと笑みを浮かべる。


『俺が取り込まれた事によって注連縄はアレを通さない結界としての機能を持った。注連縄以外にも模様やら呪文やらも効く様になったんだが、早いとこ言えば弱体化だ。その結果、村人達はアレをここに閉じ込める事に成功した。そら、君達が開いたその床板も表側にびっしりと封じ込める為の文字やら何やらが書き込まれているから見てみると良い』


続きは移動しながら話そうとロキに促された二人は注連縄を革袋に仕舞い、階段を上がる。

出てから足元を見るとロキの言葉通りに地下へと続く階段を塞いでいた床板とその周辺を囲む様に円形に怪しげな模様やら文字やらが書き込まれていた。

普段は上に敷いて隠しているのか、丸めた絨毯が部屋の隅に邪魔にならないように置かれている。


ジョンが発見していた脱出する為の隠し通路がある井戸へと周囲を見張りながら足早に向かう。


『アレは儀式が滅茶苦茶になったお陰で多少動ける自由を得たけれどもさっきの床板のせいで地下からは出られなかった。けれもど、そこを君達が開けてくれた』

「あの黒い靄がそれだったのね」

『そう、でも一つ誤算だったのが勢い勇んで出ようとしたら君達が注連縄で入口の大部分を塞いでしまっていた。何とか通れそうな隙間に体を捻じ込んで外に出ようとしたら俺と言うつっかえになっている要素が君らの注連縄に引っ掛かり、すぽーんとなって今に至るって訳さ』


『いやぁ、助かったよ』と笑うロキにルミナスはある事に気付いた。


「貴女のお陰で封じ込むなり結界を張って対抗できていたって事は、今はもうアレにはそれらは効かないって事?」

『そうなるね。俺が取り込まれるまではアレは地下に封じ込まれずに普通に村を彷徨っていたみたいだし、村人達もそれに対応した守りを施して過ごしていた。けれどもそれはもう今ではやっていないだろうね。各家に配布される身代わりの死体も効果は薄いか切れている事を考えると』


遠くから悲鳴が聞こえた。

三人が思わずそちらを振り返ると遠目に火の手が上がっているのが見える。


『今頃アレは宴の真っただ中だろうね』


唇の端を歪ませ、ロキは心底楽しそうに言った。


✻✻✻



見るも悍ましい怪物がその体表で蠢いているミミズの様な物を伸ばし、逃げ惑う村人の足を絡め捕る。


「い、いやだ、嫌だぁ!!!!」


地面に爪を立て抵抗するが、時間稼ぎにもならず村人は容易く引き摺り寄せられ怪物の胴体にいくつもある大きく開いた口達に噛み千切られていく。

周りの騒ぎに家から出て来たジョージはその様を目の当たりにして呆然と目を見開いた。


(アレが、あんなモノがこの村の神だと言うのか……?この村の連中はよくあんなモノを神と呼び崇めていたものだ)


目の前で血飛沫が上がり、ジョージの足元に飛沫が飛び散った。

自身の持つ神と言う言葉のイメージとはかけ離れた姿にジョージは後退る。

音を立てない様にそろそろとジョージは家の中に戻り、扉を閉めた。

流石にこのままここにいるには危険だと理解したジョージは当初の予定通りジョン達に渡す為の荷物を手に取り裏口から目的地へと向かう。


数十年前に入り婿として別の村からサーシャの家にやってきたジョージだったが余所者故にこの村の祭りの運営に関わる事は無く、ジョンの母親が生贄として祭事に連れて行かれた時はサーシャが全てを担いジョージは祭事には関わらなかった。

話には聞いていた、ジョンの母親が連れて行かれるのを見ては居たし、その後に配布された血の滴る布の塊を家の床下に隠した。

そうして関わった事はあったが罪悪感を感じる程この祭りの本質を見ては居なかった。

母親の姿を探し、泣くジョンを見て漸くジョージは自分が一人の家族を奪った事を理解したのだ。

贖罪のつもりで母親を失ったジョンを育て、成長していく彼の姿に彼の母親が成長を見届け、喜ぶ機会を奪った事に罪悪感を抱きはした。

だが、それと同時にサーシャとの子が望めなかった自分にとってジョンは本当の子の様にも思っていた。

次の生贄の為に育てていたとしても、ジョージはもうジョンを生贄にする事など考えられなかった。

ジョンを生かす為なら自分が代わりの生贄を連れてこようと決意していた位だ。

そうしてある日、鹿を狩りにジョンと二人で出掛けた際に足を滑らせたジョンが崖から川へと転落した。

慌てて崖下に降りるも既にジョンの姿は無く、捜索の手を借りる為に村で人を集めている所にジョンがルミナスを連れて来てしまった。

折り悪く、祭りの日が迫っているこの村に。


祭りの事を何も知らないジョンが何も考えずに命を救って貰った恩を返そうと軽い気持ちでルミナスをつれてきたのは仕方が無い。

だが、時期が悪かった。

次の生贄をこの為に育ててきたジョンを使うか他の村から攫って来るかとサーシャ達が話し合いをしている所にルミナスがやって来てしまった。

母親だけでなく、恩人までも生贄にされてしまうのは気が咎めたジョージは直ぐに追い出そうとしたが追い出す前にサーシャに見つかってしまった。

村人達の秤はルミナスへと傾き、彼女を生贄にする事が決まった。


ジョージはジョンとルミナスの為に他の村から別の生贄を連れてくる事をサーシャに提案したが「何馬鹿な事言ってんだい」と一蹴されてしまった。

「お祭りの生贄を狩りに行かなくて済んだし、しかも祭りの準備や村の手伝いをしてもらえるからラッキーじゃないか」とまで言う始末だ。

どうにか出来ないかと手をこまねいていた時、自力でこの村の祭りの真実に辿り着いたルミナスが接触を図ってきた。

「チャンスだ」とジョージは思った。

二人が話し合い、脱出の為の計画を練っているのを横で聞いていたジョージは祭りの時程や流れを知らない二人の立てた計画のいくつかの穴に気付いていたが、敢えてそれを指摘せずジョージは二人の立てた計画を一部嘘を交えてサーシャに伝える。

ジョンを生贄にする事を反対していたジョージをサーシャは怪しんでいたのだが、二人の計画を伝えた事で諦めたのだと考え、彼を疑う事を止めた。

その後は祭りの準備をするサーシャの手伝いをしながら地下牢の鍵を揺すれば簡単に開くように細工したり、儀式で使う槍や剣の余りを地下牢の空き部屋に運んでおいたり、地下牢の壁に松明を設置出来る様にしたりと地下牢に運ばれた二人が脱出する為の下準備をしてきた。


ルミナス達は知る由も無かったが、実はルミナスの革袋が無くとも地下牢から脱出する事は出来たのだ。

寧ろなまじっか革袋があったばかりに儀式の場所へ運ばれてしまったのだがそれを知る事は未来永劫ないだろう。


慎重にジョン達がいるであろう場所へと向かう道中、村にある家のいくつかから火の手が上がっているのが見えた。


「儀式はどうなったんだ?!何でここに化け物が!!?」

「ジョンとルミナスはどうなったんだ?!」

「えーん、お母さーん!!!」


逃げ惑い、泣き叫ぶ村人達の姿に眉を寄せて視線をずらす。

幸いにしてあの化け物は今の所騒いでいる村人を優先的に捉えている。


(村人達も逃げ惑うのに精一杯でジョン達を探す余裕はなさそうだ)


村人や化け物に見つからない様に祈りながら足を進め、ジョージは目的地に辿り着いた。


✻✻✻


勢い良く上がる炎を背にジョンに手を引かれながら走っていると。


「ジョン……」

「おじさん……」


ジョージが前の道に立っていた。

ジョージが裏切ったとサーシャから聞いていた二人は足を止める。


(このまま仲間を呼ばれてしまうと逃げられなくなってしまうわ、こうなったら……)


煙幕で攪乱して逃げるべく煙玉を手に出現させたルミナスはタイミングを慎重に窺う。


「餞別だ、持っていけ」

「これ、」


そんなルミナスを余所にジョージは大声を出す様子も見せず、背負っていたリュックと手の平程の革袋をジョンに差し出した。

ジョージが渡した革袋はずっしりと重く、持った感触でお金だとジョンには分かった。


「早く行け、ぐずぐずしてると追いつかれるぞ」

「……行こう」

「え、ええ」


ジョンはルミナスの手を引き、再び走り出す。


「今まで、すまなかった」


すれ違う瞬間、ジョンの耳にジョージの小さな声が聞こえたが、彼は振り返らなかった。


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