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『神様の姿を直接見ると障りがある』
ルミナスはお祭りの手伝いの中で聞いたこの言葉の意味を真に理解した。
アレは見てはいけない、係わってはいけない、理解してはいけない冒涜的なモノだ。
視線を外さないと、あれから目を背けて耳を塞がないとこのままでは気が触れてしまう。
ルミナスは本能的にそれを感じ取るが、動こうにも恐怖で視線を外す事も出来ない。
心身喪失に陥りそうになりながらも僅かに残った理性を根性でかき集めて何とか革袋で毛布を取り出し、自身の頭から被せる。
毛布で強制的に視界を遮り、凄惨な悲鳴と音が厚い布で少し遠くなると恐怖から体温の下がった体に徐々に血が通いだす。
乱れていた呼吸が整い、ホッと息を吐いたルミナスはそこで漸く隣に居たジョンを気遣う余裕が生まれた。
間違っても惨劇が視界に入らないように化け物に背を向け、毛布から顔を出す。
「ジョン、大丈夫?」
「……」
「ジョン、ジョン?」
「……」
隣に居るジョンから返事が無い事に不安を抱いたルミナスは思い切って腕を伸ばしてジョンの顎を掴み、自身へと強制的に顔を向けるとジョンは焦点の合わない呆けた顔をしている。
その頬にルミナスは平手打ちをお見舞いする。
「ジョン!しっかりしなさい!」
「……!!」
パチパチと瞬きを繰り返すジョンの焦点が徐々に合っていき、漸く目が合ったと判断したルミナスはそのまま二人で頭から毛布を被る。
彼の両耳に手を当て、強制的に音を遮ると血の気を失い、強張った頬に徐々に血が通いだし赤味が戻っていく。
「る、るるる、ルミナス?!」
動揺するジョンの姿に完全に正気に戻ったと判断したルミナスは彼の耳から手を放す。
「状況はかなり深刻だわ。このままだと私達もあいつらと同じ目に合う事になる。何とかしてここから逃げないと」
「ど、どうやって……?」
「それを今から考えるのよ」
二人の籠る毛布の外で惨劇は続く。
村人の軟死体を村長の様に貪り喰いながら空いている口で笑うのを止めない化け物は未だ、仮面を付け伏した状態で固まっている村人達の元へと近付いていくが、触手と同じく注連縄を起点とした透明な壁にその進行が妨げられる。
その頃になると村人達も異常な事が起きていると判断して覗き穴の無い仮面を外し、自分達が何と対峙しているのかを目にしており、化け物が注連縄よりも先に進めない事に安堵した。
だが、化け物はそれを嘲笑うかの様に壁に触手を這わせる。
村人達の周りを囲っている注連縄がルミナス達の物と同じ様に黒く変色していく。
ただ、その浸食の速さは先程とは桁違いだ。
瞬きの間に変色から腐食が始まり、ボロボロに劣化した注連縄が腐り落ちる。
グジュリッと湿り気のある音を立てて地面に落ちると同時に触手が村人達を巻き捕まえる。
ある者は腰を抜かした所を巻き取られ、ある者は逃げ出そうとした足に絡みつかれ、ある者は化け物の姿に放心している所を触手に巻き付かれる。
何人かは化け物から離れた所へ逃げ出せていたが、その背を触手は容赦無く追いかけ引き摺り戻した。
触手で体の端から少しずつ肉を千切り取られる者もいれば、体中の穴から触手に侵入され、血みどろの毛虫の様な姿にされる者もおり、一人、また一人と多種多様な方法で嬲られていく。
不思議な事にその誰もが絶命しない様に加減されている様で、ビクビクと体や手足が細かく痙攣する様子から辛うじて生きている事が見受けられた。
厚い毛布でくぐもってはいるが、悲鳴が聞こえてくる中でルミナスとジョンはここからの脱出作戦を立てた後、暫し逡巡する。
今はあちらに気を取られているが、あの化け物がこちらを認識したら自分達は抵抗する間も無く捕まり同じ目に合うだろう。
このまま注連縄の中に留まり毛布に籠っていればもしかすると見逃して貰えるかもしれない。
二人ともこの毛布がまやかしの安全である事は理解しているが、どうしても眼前の恐怖から目を逸らしたかった。
恐怖で震えた拍子に体がぶつかり、どちらからともなく互いの震える手を強く握り合う。
目を合わせ、息を吐き、覚悟を決めた二人は一つ頷き合い、毛布を取り払った。
惨劇の音を立てる方へは視線を向けないようにしながらテーブルの脚に巻き付いている注連縄をルミナスが取り出した木の棒に巻き直し、テーブルの淵の地面に突き刺す。
四隅の脚から棒へと移し終わった後にルミナスはゆっくりと一つ呼吸を置き、テーブルを革袋へと仕舞う。
「いくわよ」
「うん」
せーのっと二人で息を合わせて両手に注連縄を巻いた木の棒を握り、持ち上げて立ち上がる。
そっと化け物の方をチラ見するが、こちらへは何も反応が無い事に胸を撫で下ろす。
上手く行くかは賭けだったが、輪の中に入ったまま動けるようになった二人はこのまま運ばれてきた出口を目指す。
惨劇と聞こえてくる悲鳴、異音から目を逸らして灯りから外れて暗くなる道で転ばない様にそろそろと足を運び、なんとか地下道まで辿り着いた時は安堵から崩れ落ちそうになった。
だが、あの化け物がいつ村人達に飽きて自分達を追って来るか不明故に一刻も早く地下道を抜けて村を脱出する必要がある。
二人は己を鼓舞して足を動かす。
松明に注連縄を巻き直して暗い地下道の中を進んでいくと見覚えのある地下牢が見えてきた。
地下牢とはいえ、人間の生活区域に入った事に二人は安堵した。
緊張で強張っていた肩から力が抜ける。
そのまま通路を突き進み、出口であろうドアの前まで辿り着く。
鍵はかかっていない様で、ドアは簡単に開いた。
そこは地下倉庫なのか上に続く短い階段があり、階段の先は上の板を外して出る様になっている。
「僕が先に行くよ」
ジョンがそう言い、階段を上る。
足元に棒を置いてそっと板を僅かに押し上げたジョンはキョロキョロと周囲の様子を確認してから板を完全にどかし、上半身を地上に出した。
「うん、大丈夫そうだ。行こう」
棒を拾い上げて外に出ようとした時
『あけてくれてありがとう』
ルミナスの耳元で誰かが囁いた。
男とも女とも分からない聞き覚えの無い声に勢いよく振り返ったルミナスは闇に覆われた。
自分の指先すら見えない濃厚な漆黒が凍てつく様な殺気と悍ましい気配を纏いルミナス達を吹き抜けていく。
数秒にも満たなかったが永遠とも錯覚する程の時間吹き曝され、闇が去った後二人はその場にへたりと座り込んだ。
「な、なんだ今の……」
「わ、分からないわ……」
『閉じ込められていた神様モドキだ』
「神様モドキ……」
「モドキと言う事は本物じゃなかったのか、アレは」
「寧ろ本物じゃないからこそあんな悍ましい怪物の姿だったのかもしれないわね……ん?」
二人以外の声がした事に遅ればせながら気付いたルミナスが周囲を見渡すと見知らぬ女性が彼女の直ぐ傍で浮いていた。
「「うわぁぁぁぁ!!!??」」
明らかに人ではない存在にルミナスとジョンは飛び上がる。
長い黒髪を一つに縛った髪型にカッチリとしたパンツスタイルの目元が凛々しい女性の姿をした人外の存在は何故か人間以外は入れない筈の注連縄の中に居る。
(折角ここまで逃げれたのに終わってしまうの……?)
何とかここから逃げる手立ては無いかと焦る二人に女性はヒラヒラと軽く手を振る。
『ああ、別に君らに危害を加える気は無いよ。俺らの恩人だしね』
「恩人?」
『俺はロキ。嘗てこの村の奇祭を調べに来た民族学者でそのまま生贄にされた者だ』
「あの手帳の?!」
『ああ、読んだのか。残念ながら脱出に失敗してな、このザマだよ』
自虐の笑みを浮かべるロキ。
思わぬ人物との出会いだった。




