閑話
血と内臓、肉片に塗れ凄惨な場所となっている祭壇へジョージを引き摺り込んだサーシャは取り決めの通りに儀式を進める。
本来であれば村長と長老が二人で行う必要のある祝詞であるが、あれは片方が儀式を行う者達をシュブ=ニグラス様の目から逸らす呪文を、その間にもう片方が豊作や疫病から村を守って欲しいと願う内容を唱える役割分担となっている。
現状この場にシュブ=ニグラス様は不在であるが場を整え直してから生贄を捧げ、その血で祭壇を満たし、シュブ=ニグラス様をここへ呼び戻すやり方であれば願いの祝詞だけで済む。
儀式を終えればこの湖にあの方を再び封じ込める事が出来る。
そうすれば村は平穏に戻る。
村に平穏を取り戻す為にこの儀式を無事に終わらせる、熱い使命感を胸にサーシャは願いを乞う祝詞を唱えながら儀式用の剣を掲げ、祭壇である岩の上に横たわるジョージの首へと刃を振り下ろした。
ジョージの首から噴き出た血が岩を赤く染めていく。
それを眺めながらシュブ=ニグラス様をお呼びする祝詞を唱えると周りの空気が変わるのをサーシャは感じ取った。
注連縄に囲まれた位置で祝詞を唱えながら平伏するサーシャの耳に肉の蠢く音とピチャピチャと血を啜る音が聞こえる。
生贄に集中しているのであれば姿を隠す必要は無い。
祝詞を姿を隠すモノから願いの祝詞に切り替える。
(ああ、上手くいった!これで村は助かる……!)
最期のシュブ=ニグラス様を湖へと封じる祝詞を唱えながらそう安堵していたサーシャだったが、突如笑い声が響いた。
『ひゃはははは!』『ほっほっほ!』『キャハハハハ!』『うふふフフフ!』『あっはははははは!』『クスクスクス!』『はっはっはっはっは!』『ゲラゲラゲラ!』『わはははは!』
老若男女複数の声が入り混じった笑い声に畏怖を覚えながらも儀式が終われば全てが元通りになる、そう思い必死に祝詞を唱え続けるサーシャの耳元で声が聞こえた。
『『『『『『『ありがとう、きみのおかげでとびらをひらける』』』』』』』
体の外側と内側がひっくり返る様な不快感と衝撃にサーシャは気を失い、目を覚ました時、そこは異界だった。
祭壇と湖しかない場所に居た筈が村の外れで倒れていたサーシャが目覚めてまず目にしたのは星の光も無い真っ暗な空で輝く蒼白いオーロラと青く輝いている地面だった。
大地の輝きが空に出ているのか、空のオーロラが大地を照らしているのかは不明だがいずれにせよサーシャの知る空と大地の様子とは異なっている。
呼吸をするだけで内臓が縮み上がる様な恐怖と不快感に肌が粟立つのが止まらず、沸き立つ不安で周囲を見渡したが人気も無く、聞いた事の無い生き物の鳴き声が闇の中から聞こえる。
背後を頻りに気にしながらもサーシャは村の広場へと向かう事にした。
何故か人の気配の無い村の中でいくつかの家の扉を叩いて声を掛けたが誰も出てこない。
そうして不安に駆られながら広場へとやってきたサーシャが目にした光景は地獄だった。
逃げ惑う村人や子供達を蟇蛙の様な胴体に見た事の無い生き物の頭が乗った生き物が追いまわし、空を飛ぶ小人の様な存在が集団で村人に群がって体に見合わない大きさの口と牙で村人の身体からアリの様に肉を削り取って何処かへ運び、人と獣が入り混じった様な姿の化け物がラッパを吹きながら子供を何処かへと引き摺り去って行く。
そしてそれらの様子を『キャハキャハ』と笑い声の様な物をあげながら触手を拍手する様に打ち合わせてシュブ=ニグラスが眺めている。
儀式が終われば全てが元通りになる、そう思い必死に事を進めていた筈なのに元通りどころか最悪の景色が広がっている事にサーシャは唖然とその場に立ち尽くした。
そうして立ち尽くす格好の獲物であるサーシャを化け物達が見過ごすはずもなく、彼女へと群がろうと距離を詰めていく。
「あ、あ……いや、ニグラス様!シュブ=ニグラス様お助け下さい!!」
近付く化け物に震えながら村の神様に助けを求めるが神は己の信者を助ける素振りを見せずただ愉快そうに笑い声をあげるだけだ。
「嫌……嫌だ、ジョージ!助け……!!」
自ら生贄に捧げた配偶者に助けを求める女の滑稽な姿を笑い声で喝采しながら神は漸く帰って来れた己の世界で女の叫び声を聞きながら愉悦に酔いしれる。




