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ジョン達を見送ったジョージは意を決し、サーシャを探し始める。
化け物と遭遇しない様に少しでも何かの気配や物音に気付くと息を殺して身を隠して村を探索し、遂に左肩を血に濡らした状態でフラフラと歩いているサーシャを発見したジョージは彼女へと駆け寄った。
近付くとサーシャは左腕を無くしており、服の上から縄で縛って止血している様子だ。
「サーシャ!大丈夫か?!腕はどうしたんだ?!」
「ルミナスは、ジョンはどこなんだい?!!」
腕が無い事や血塗れのサーシャにジョージが心配の声をかけるがそんな些事はどうでも良いとばかりにサーシャは二人の行き先をジョージに問い詰める。
「分からないがこんな有様だ、どこかで死んだかとっくの昔に村から逃げたんじゃないか?」
「死んでるのならあの方はとっくに静かになっているハズなんだよ!!逃げる?逃げた?村の入口は見張りがいるし、外に出るには村の広場を抜けなきゃ出られない。家にはいなかった、どこかに隠れている?ならあの方が村の人間を襲ってるだけでアイツらの所に行かないのは何でなんだい?目印の服を着せてあったのに……折角、左腕を囮に目くらましの呪いをかけて此処まで来たんだ、アイツらを捕まえてやらないとただじゃおかない。あたしの左腕の分は償わせないと……」
血走った眼で親指の爪を噛みながらブツブツと呟くサーシャの右肩をジョージが掴む。
「村はもう終わりだ、荷物を纏めてあるから一緒に逃げよう。その腕も紐で血を止めただけじゃないか、早く安全な所に逃げて手当をしよう」
ジョージの言葉にずっとブツブツと呟きながら虚空を見つめていたサーシャの目がギロリと動く。
「逃げる?村を捨てて?馬鹿な事言ってんじゃないよ!先祖代々守って来た土地を捨てれる訳ないだろう?あの方のお陰で今まで他の村が飢饉に瀕してもこの村だけはずっと豊作だし、疫病だって流行らないんだ、上手く使っていればご利益が引き出せるんだよ!今までずっとやって来たんだ、今回も何とか出来るんだよ!」
「この期に及んであんな化け物を使うだなんて何を馬鹿な事を言っているんだ?!あんな存在、俺達人間に何とか出来る訳が無いだろう?!」
諦める様子も無く未だに化け物の存在に固執するサーシャの発言にギョッと目を見開き、彼女を何とか説得しようとするジョージをサーシャは見つめる。
「大丈夫さ、まだあの方を何とかする方法は残っているんだ」
「なんとかって、」
どうするんだと続く言葉よりも先にジョージの喉元から鮮血が飛び散った。
何が起きたのか理解出来ない表情で突然の痛みと息苦しさに地面へと崩れ落ちたジョージをサーシャは冷たい目で見下ろす。
「長く村には居たけども元はアンタも余所者だから代わりにはなるさ、村の人間の一人はこう言う時の為に余所者と結婚してんだからね」
斬られた喉元と口端から血泡を立て、ヒューヒューと空気の漏れる音だけで言葉を発する事も出来ないジョージを片腕が無いにも関わらず、途轍もない膂力で乱暴に引き摺り起こしたサーシャは村長の家、その先の祭壇へと向かう。
呼吸もままならず暗く、遠くなっていく視界と意識で必死に手を伸ばし、ジョージは助けを求めるがその手の先は地下室への扉に閉ざされた。
(誰か……誰か助けてくれ……!!)
✻✻✻
「ん?」
ジョージが振り返る。
「ルミナス、何か言ったかい?」
「いいえ、何も言ってないわよ?」
ジョンの案内で辿り着いた枯れ井戸の中には横道が広がっており、先には川が繋がっていた。
岩陰にはジョージが用意したであろう船があり、闇の中でも昼と同じ様に見えると言うロキが『俺が案内をするから今は少しでも早く村から離れろ』と進言したのと追手の心配もあった事から、現在は彼女の案内とルミナスによる舵取りで月明りを頼りに川下りを決行中だ。
「この川の先ってどこに続いているの?」
『昔ならイレオル村って所がこの川の先にあったけれども、今はどうだろうね?』
「うーん、俺もこっち方面には来た事ないんだ。だからこの先に村があるのかも、何て名前なのかも知らない、ゴメン」
「そうなのね、それなら仕方が無いわよ。まあ、大体の村や集落は川とか水辺の近くにある事が多いし、その内にどっかしら着くわよ」
「ダイジョーブダイジョーブ」と自信満々で言うルミナスにジョージは肩の力を抜く。
『一先ずはこの川を安全に下る事に集中しよう。今は兎に角あの村から距離を稼がないと巻き込まれるかもだ』
「巻き込まれるって何」
に?と続ける前にビリビリと空気を震わせる感覚と粟立つ肌にルミナスは口を噤んだ。
気配は直ぐに霧散したが、何事かと周囲を見渡したジョンとルミナスの目に自分達が下って来た川の後方、直ぐ近くの森がごっそりと姿を消しているのが見えた。
二人は何かを知って居そうなロキに視線を向ける。
『村とあの辺り一帯ごと異界に取り込まれたのさ。取り込まれたら最後、死ぬ事も出来ずみんなに延々と嬲られ続ける事になる。逃げきれて良かったな!』
何でもないかのようにロキが明るくそう言う内容に二人はゾッ背筋を凍えさせた。
死ぬ事もできず、あの地獄から逃げられず、ずっとあの化け物の相手をしなければならない。
そんな羽目にならずに済んで本当に良かったと同じ気持ちで二人は視線を合わせ、頷き合う。
『もう離れなくても大丈夫だから夜が明けるまで船を止めようか』
ロキの言葉にルミナスは船を川岸へと寄せる。
夜の知らない土地、しかも森に隣接している場所で過ごすのは危険と言う事で安全の為に船上で一夜を過ごす事になった。
船が流されない様に船首と近くの丈夫な水草を縄で縛り付けている時、すっかり馴染んだあの音が聞いた事のない音程で鳴り、ルミナスの目の前に文字が浮かんだ。
『緊急クエスト:因習村からの脱出・ノーマルエンドをクリアしました』
「え?」
ノーマルエンドの文字にルミナスの目が点になる。
(ノーマルエンド?え?あの状態からハッピーエンドに持っていける要素あるの?!無理でしょ?!)
ハッピーエンド?ハッピーエンドって何だ?そもそも因習村のハッピーエンドって何?と頬を引き攣らせるルミナスを余所に『クエスト報酬を受け取りますか?』と文字が現れる。
振り返って様子を見るとジョンとロキはジョージの用意した荷物の中身を確かめている。
二人が荷物に集中しているのを確認してから『はい』を選ぶとルミナスの手元に明るい緑色の布の塊が現れた。
姿を隠すとは思えない派手な色にルミナスは訝しみ『クエスト報酬:姿隠しのローブ∇』と現れた文字の∇を押し、詳細を開く。
『姿隠しのローブ(ノーマル)
身に纏った者の姿を世界から隠す。ただし、他者から触れられると効果が無くなる』
革袋の時には無かった(ノーマル)の文字にルミナスは首を傾げる。
(ハッピーエンドだったらノーマルじゃなくてハッピーって表記に変わるのかしら?……どちらにせよ意味が分からないわね)
「ルミナスはどう?」
ジョンの声にルミナスは我に返り、革袋へとローブを仕舞う。
「どうって?」
「お腹は空いている?」
ルミナスとジョンは荷物に入っていた食料で腹を満たし、落ち着いた所でロキに詳しい話を聞く事にした。
『よし、色々と聞きたい事があるだろうし説明するよ。何か聞きたい事は?』
「はい、結局あの化け物は一体何だったんだ?」
『おや、良い質問だね』
ジョンが手を上げ、質問する。
その様子に満足そうに頷きロキは説明をする。
『あの村で祭られていた大元の神はシュブ=ニグラスと呼ばれるこことは別の世界の存在だ。異界って言うのはあの神がいた元の世界の事な。元は豊穣を司る母神として生贄を対価にして割と真っ当に加護を与えていたみたいなんだが、あの村人達はその欲深さから生贄に見合わない加護を搾り取ることを企んで元の神に色んな属性を勝手に付け足していった。その結果、どんどん原型から歪んで歪な存在に変化していったようだ。
元は生贄の魂なんぞに左右される様な存在では無かったんだが、歪んで安定性を失った存在に生贄にされた人々の魂が取り込まれ続けていき、生贄を是とする神よりも生贄にされた人間の魂が強くなっていった。
その結果、あんな風に村人を強く憎む神様が生まれた。それがあの化け物の正体だ』
「じゃあ……私達が解放しちゃったから村はああなったの?」
『いや、まだあの段階では異界に引き摺り込むには絶妙に力が足りていなかった。その最後の一押しをしたのはあの村の誰かだろう。君らのせいじゃない、これは純然たる事実で別に君達に忖度した訳じゃない』
自分達のせいではないとロキに断言され、二人は少しだけ肩の強張りが抜ける。
いくら自分達を生贄にしようとしていた人達であったとは言え、気にしていたのだ。
『あの村が異界に引き摺り込まれたのは条件が揃ったからだよ、どちらにせよ限界は近かったんだ。元々、あの神とそれを抑え付けていた力はギリギリの力で拮抗していたんだよ。抑える力は変わらなくとも抑え付けられている側は犠牲者が増える度に力が増していた。あと一滴で溢れるコップの水と同じさ。俺と言う存在を生贄にした事で縛りが増えて抑える力に多少の余裕が出来ていたが、あそこで分離した事で抑え付けていた力が緩まった』
「「……」」
『腹いせに村人達を殺して多少溜飲が下がったお陰でみんなに余裕があったから異界に引き摺り込まれる前に二人をあの村から出来るだけ放そうと思っていたんだが予想よりも早くて俺も驚いたよ』
『間に合って良かったな』とロキが笑うが笑い事ではない。
『大方、ルミナス達が脱出した後にみんなを鎮めようと新しく誰かを生贄にしたんだろう。それらが最後の一滴として加わった事で臨界点を超えて溢れた、その結果がアレだ』
そう言ってロキが指差すのは森が消失したあの場所だ。
もし消失地点が川と重なっていたら川の水は途切れ、空いた穴に引き摺り込まれていたかもしれない。
訥々と話をしている内に夜が明け、三人は川下りを再開する。
下り始めて一時間程経った頃、川の一角に洗い場の様な物が見えた。
洗い場があると言う事はそれを使っている人達の住む場所が近くにあると言う事だ。
船着き場の様な丁度良い場所は見当たらないがなんとか船を留められそうな場所を見つけ、三人は船を降りて人里を目指す。
人に踏んで固められた道が洗い場から続いており、それを辿るだけなので集落には早々に辿り着いたが何だか様子が可笑しい。
見張り台であろう建物はバラバラになっており、村に近付いても誰も出てくる様子が無い。
どんなに小さい村や集落であろうとも野党やならず者を警戒して見張りを立てるものだ。
見張りが居なくとも誰かかしらは気付いて余所者に声を掛けるのが普通なのだがソレすらもない。
廃村なのかとも思ったがそれにしては建物や道が綺麗だ。
(何かおかしいわ)
そう気付いたルミナスが村から出る事を提案しようとした時、家の一つから血相を変えた男が飛び出して来た。
「あんたらそこで何してんだ?!早くこっちに来い!危ないぞ!」
男の様子に尋常ではない物を感じ、視線を合わせたルミナス達はそちらへと足を向ける。
それと同時に大きな影が差した。
太陽が雲に隠れたのかと思ったがそれにしては暗く、大きな羽音と強烈な生臭さに直ぐに違うと気付く。
「伏せろ!!」
男の声にハッと地面に伏せると頭上を強い風と共に何かが通り過ぎていく。
見上げると巨大な影が上空で旋回したところだった。
「ああ……見つかっちまった……!もう駄目だ……」
(諦めるのが早くない?!近くの建物に逃げ込めば良いじゃない!)
絶望の声でそう呟く男にルミナスはそう疑問を抱くがそれに説明をするかのように男は叫んだ。
「あいつは逃げ込んだ建物を壊して中の人間を襲うんだ!見つかったら最後、逃げられない!!」
上空の影が滑空の体勢になったのを見たルミナスはすぐさま煙玉を地面に投げ付ける。
「!?」
『ギュアアアアア?!』
突然の煙幕に驚いてか影は空中の煙の無い場所で滞空する。
その隙にとルミナスはジョンと男の手を取り男が出て来た家の玄関へ向かって走る。
煙幕に男は驚いた様子だったがルミナスが手を取り走り出した事で察したのか直ぐにこっちだと先導し始めた。
自分以外には視界が煙で見えていない筈にも関わらず男が迷いの無い足取りで問題無く目的地へと向かう事にルミナスは驚く。
煙幕が晴れる前に何とか四人は男の家に駆け込み、扉を閉めて閂を掛ける。
煙に噎せ、咳き込みながら男は窓の戸口の隙間から外の様子を窺い、ほっと息を吐いた。
「良かった……アイツは俺らを見失ったみたいだ」
「アイツっていったい何なんだよ?!」
煙幕越しに見えた縦に割れた瞳孔と鋭い牙、そしてあの巨躯は昔ルミナスが物語で読んだ姿と同じだった。
ジョンの疑問に男は答える。
「ドラゴンだよ」
(さっさと村を出れば良かった……)
ルミナスは天を仰いだ。




