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来世でも一緒に  作者: 霜月
番外編
61/63

姉と兄と弟

【Side ユーゴ】




「お久しぶりです、姉上」


「いらっしゃい、ユーゴ」


「体調はどうですか?」


「大丈夫よ。ちょっと眠いけど、気分も良いわ」


「それは良かった」


 季節が春から夏に移り変わろうとしている頃の、ある日の昼下がり。私は姉の様子を見るため、その夫であるガルシア大公閣下の屋敷へと来ていた。


 ちなみに、私にとって義理の兄となる閣下のこの屋敷には、私ももう既に何度か訪れていて、ジルやソフィ、サラとも顔馴染みとなっていて。ジルに通されて入った客間で、姉はソファに座って待っていた。

 

 促されて、隣に座る。


「出迎えられなくて、ごめんなさいね」


「いえ、いいんです。気にしないで下さい。……それにしても、もうかなり大きくなってますね。……すごい」


「ふふふ。もうすこしで生まれる予定だもの」


 そう。姉の様子を見に来たのも、出迎えを予め断っていたのも、姉が現在進行形で身重のためである。

 子どもが生まれるだろうといわれている日まであと少し……というところまできていて、姉のお腹は横から見ているだけでも何だがソワソワしてしまいそうな程大きくなっていた。


 「重くて仕方ないわ」と言って笑う姉の様子を観察したところ、すこし目の下に隈ができている以外は特に体調が悪いような様子もなく、とりあえず一安心である。


「ああ、ジル、ありがとう。……そう言えば姉上、今日は閣下は? 休みと聞いていましたが……」


 紅茶を出してくれたジルにお礼を言った後、私は気になっていたことを尋ねる。


「ええ。本当は休みの予定だったんだけれど、朝になってオスカー様に呼び出されちゃってね。……ユーゴが来る事は知っているし、昼過ぎには戻るとは言っていたから、もうすぐ帰ってくるとは思うけど……」


「なるほど。そうでしたか」


 私はそう答えてから、紅茶に口を付けた。


 閣下は、ハッキリ言って、超が付くほど姉を溺愛している。

 そしてそれはもう結婚前からの周知の事実であり、生物学上の男は、閣下のいないところで姉と2人きりになってはいけない、というか、なったら後が怖い、というのが暗黙の了解となっていた。


 そしてそれは私も例外ではなかった訳で。

 姉たちが結婚する前、ウチの領地で一緒に父からの扱きに耐えて打ち解けるまでは、姉と仲の良い私もよくギリギリと睨まれたものだった。

 まぁそれが今は、閣下とも仲良くなり、『男』というより『弟』として認識されるようになったのか、全く無くなったとまでは言わないが、嫉妬の目を向けられることは少なくなったのだが。……できるだけ姉と2人きりになるのは避けたほうが無難である事に未だ変わりはない。


(今日のところは、閣下の都合でこの状況なのだし、大丈夫かな……?)


 そう思いつつ再び姉に視線を戻せば、姉は美味しそうにハーブティーを飲んでいた。


「それにしても、楽しみだなぁ」


「んー? ふふっ。そうね」


「男の子ですかね? 女の子かな?」


「どっちかしらねぇ? すっごく元気だから、男の子かも?」


「そうなんですか」


「起きてる時はグニグニよく動くし、蹴る力もすごいのよ。……ああ、今も。……触ってみる?」


「いいんですか?」


「ふふふっ。もちろんよ」


 そう言って笑う姉のお腹に手を伸ばす。


「……?? ………………わ。……おぉ……」


 ぐにぃ…と動く姉のお腹がとにかく不思議で、すごくて。無心で手を当てていれば、姉がクスクスと笑った。


「ね? 元気でしょう? 寝てる時は割と静かなんだけど、起きてる時はこんな感じよ。早く出て来たいのかも?」


「……もうすこし触っていいですか?」


「ええ」


 引き寄せられるように姉のお腹に耳を当てて目を閉じれば、コポコポ、トクトクと音がして、時折ドンっと衝撃がある。


(……本当にすごい……)


 私には姉以外の兄弟はいないし、私自身もまだ結婚をしていないため、身重の女性と触れ合う機会は姉が初めてで。その、初めて体験する、たしかに感じる新しい生命の気配に、心がじわりと温かくなった。


 姉が笑いながら私の頭を撫でる。


 その久々の感触も嬉しくて、口元が緩んだ。

 

(姉上と閣下の子どもなら、絶対可愛いだろうし。……早く会ってみたいなぁ……)


 今までなかった小さい子どもと触れ合う機会に期待を膨らませ、父上や母上も最近ソワソワしてるんだよなぁ……と、お腹に耳を当てながら考えていた。


 その時。



「……ユーゴ」



 地を這うような低い声が聞こえて、ハッとして。弾かれたように顔を上げれば、いつの間に帰ってきていたのか、そこにはギリギリと私を睨む閣下がいた。


(この感じ、懐かしいな……って! あ! これは! マズイ!!)


「お、お帰りなさい! 閣下!!」


「ああ……」


 「ひぃぃ!」という叫び声をなんとか堪えつつソファから飛び退けば、閣下が入れ替わるようにそこに座ったので、私はすごすごと対面のソファへと座り直す。


「ふふ。アレク、お帰りなさい」


「ああ、ただいま。……体調は?」


「大丈夫よ」


(な、んとか……セーフ? ……かな?)


 閣下が姉の言葉にふわりと笑う。

 そして目の前でイチャイチャしだした2人を見ながら、どうやらそれ程怒ってはいないようだと、私が内心で安堵の息をつこうとした瞬間。


 姉を抱き締める閣下と、バチリと目が合った。


(……ん?)


 ジト目で睨まれたかと思えば、何かを思案するようにフイと視線を逸らされる。


(……これは何かさせられるな……)


 そう思いながら閣下の様子を伺っていれば、何か思いついたのだろう、再びパチリと目が合った。


(やっぱアレかな……)


 その瞳の色を見て、もうそんなにエピソードは残っていないんだけどなと、私は内心苦笑した。







「……寝てしまいましたね」


「ああ……」


 あれからしばらく3人で他愛のない話をしていると、姉が閣下に膝枕された状態で寝てしまった。

 サラが持ってきてくれたブランケットを掛けながら、2人でその様子を見守る。


「腹の子が動くと言って、夜も眠りが浅いんだ」


 閣下がすこし心配そうに、それでいてとても愛おしそうに姉の頭を撫でながら、そう言った。


 姉は元々とてもしっかりした人で、あまりこんな風に人前で眠る事はない。私たちの事を信頼してくれているというのもあるのだろうが、睡眠が不足しているというのが大きいのだろう。


「しばらくは動けないですね」


「ああ。……だが、これくらいしか私にはできないからな。いいんだ」


 姉の頭が膝に乗っているため動けない閣下は、「仕方ない」と言いつつ、どこか幸せそうである。


「……それに、ユーゴが話し相手になってくれるだろう?」


「あー……やっぱりー。いや、閣下、そろそろ私も話のネタが残ってないですって。姉上は小さい頃からしっかりした人だったし。それにもう、今ならよっぽど閣下のほうが姉上の話を知ってると思いますよ?」


「む。……そうだろうか?」


「そうですって。」


 私がそう答えると、閣下は何かを考えるように黙ってしまった。


 前に一度閣下から不意に、小さい頃の姉はどんな子だったのかと聞かれた際、ポロっと姉弟の昔話をしたらそれがどうやらツボに入ったらしく、姉と話をしていて嫉妬された後などは特に、こうやって昔話をするように話を振られるようになった。


 もちろん、姉との思い出はたくさんあるのだが。


 勝手に話をしている手前、姉が嫌がるような話はできないし、そもそも姉は昔からしっかりしていて、姉付きだったメイドのアンナならまだ知っているかもしれないが、弟が知っている、姉の、子ども時代特有の微笑ましい話などそんなには無かった。


「うーん。…………あ……」


 そろそろ別の話でも振ろうかと思った瞬間、何かを思い付いてしまったらしい閣下が私を見る。


「……どうしました?」


「いや……、あー……そうだ。なあ、ユーゴ」


「はい?」


「……お願いがあるんだが」


 改まってお願いだなんて地味に嫌な予感しかしないが、義理の兄とはいえ相手は大公閣下である。


 私は努めて笑顔を貼り付けた。

 

「……何でしょう?」


「ああ、いや、そろそろな……」


「……??」



「………………『義兄上(あにうえ)』と、呼んでくれないか?」



「……へ?」


 予想外の言葉に、思わずキョトンとしてしまう。


「いや、だって、せっかく義理とはいえ兄弟になったんだ。……いつまでも『閣下』では、少々……」


 目の前の人物の目元がじわじわと赤くなっていくのが見えた。


「……え。あ。え? いいんですか?」


「……当然だろう。私には兄だけで、…………ずっと弟が欲しかったんだ。」


「なる、ほど……? えーっと、では遠慮なく……あ」



「『兄様』じゃダメなの?」



「「?!!」」


 「義兄上」と言いかけた瞬間、急に聞こえた声に2人で焦って視線を向ければ、まだどこかポヤリとした様子で姉が閣下を見上げていた。


「なっ?! マリ?! いつの間に起きて……?!」


「んんー……? えっと、ブランケットを掛けてもらった辺りから、うっすらとだけど意識はあったわ」


「「!!!」」


「ふふっ。ねぇ、兄様じゃダメなの? ……アレク兄様?」


「なんでマリが私を兄様って呼ぶんだ?!」


「ええー、なんとなく。私だって妹気分を味わいたい時ぐらいあるわよ、アレク兄様」


「〜〜っっ……!!」


 話を聞かれていた恥ずかしさか、姉から「アレク兄様」と呼ばれる気恥ずかしさか、はたまたその両方かは知らないが、耳まで真っ赤にしながら口元を手で覆い、絶句している閣下を見て。

 いつもはすごくお強くて、格好良い方なのになと思った瞬間、たまらない可笑しさが込み上げた。


「ふ。……く、ふ、っ……ふくくっ」


「ユーゴ?! おまっ」


 堪えきれずに吹き出してしまうと、再び閣下に睨まれる。


「あー、ははっ、すみません。……っ、はぁ。えーっと、いや、姉上、私はちゃんと『義兄上』と呼ばせてもらいますよ」


「あら。そうなの」


「はい」


(ここも『奥さん』のほうが強いんだな……)


 閣下のなんとも怖くない視線をかわしつつ、なんだかデジャブを感じる光景にそう思えば、きっとこの人たちもずっと仲が良いままなんだろうなと改めて思った。


「ふふっ。……ええと、では。……これからもよろしくお願いしますね。義兄上」


「……っ、……ああ。よろしく、ユーゴ」



 私たちはそう言い合うと、今度は3人で顔を見合わせ、笑い合ったのだった。

予定変更です。

あと1話追加して終わる予定でしたが、+あと1話追加します。

土曜日の夜まで、お付き合い下さいませ。


あと、明日投稿分は微R18です。

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