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「アレー。ヤッパ腹刺シタグライジャ直グニハ死ナナインダ。……デモ、血ィ吐イテルシ、チャント内臓イッテルヨネ。……ハァ。ツーカ、ヤッパ背中カラ刺スノッテ難シイワ。骨ニ当タッチャッテ上手ク入ンネー」
後ろから知らない男の声がしたが、……何を言っているのか分からなかった。理解出来なかった。
いや。
理解するのを私の頭が拒否をしているという方が正しいのか。
それでも、後ろから聞こえるこの場に似つかわしく無いほど淡々と言葉を紡ぐその声に、背筋が凍って。
本能的な恐怖に鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出した。
「ひっっ!!!」
急に髪の毛を掴まれ、その強烈な痛みに喉がヒクついた。
「次ハ、喉、ヤッテミルカ」
やはり、その言葉は、淡々と紡がれて。
その後、ブツリという音が脳に響いた。
(……智也先輩……)
髪を離されて前に倒れたその瞬間、先輩のグレーの瞳が涙に濡れているのが見えて。
慰めたくて、手を握り名前を呼ぼうとしたが。
口から零れ出たのは、真っ赤な血液だけだった。
*
ふと、額に冷たいものを感じた。
冷たい布で顔を拭かれている。
(…………なに……?)
その感触に目を開けると、心配そうな顔をしたサラの顔が見えた。
「……サラ?」
名前を呼ぼうとしたら、喉がヒリつき、掠れた声が出た。
「!!! マリアンヌ様!! ああ良かった!!」
急に大きな声を出されて、少しビックリする。
「あ、申し訳ありませんっ。えっと、す、すこしお待ち下さいませね。すぐに医師を呼んで参ります!」
サラはそう言うと、慌てた様子で部屋から出て行った。
(……マリアンヌ? ……ああ。そうだわ。私はマリアンヌで……ここは私の部屋……)
ぼやけた頭でそんな事を考えていると、扉の外でバタバタと人が走る音がした。
「「「マリアンヌ様!!」」」
そう言って入ってきたのは、慌てた様子のジルとソフィとサラだった。
その後ろから、医師と思われる白衣を着た老齢の男性が入ってくる。
「よかったよかった。お目覚めになられて」
そう言ってニコニコする先生から教えてもらったのは、私が頭を痛がったかと思ったら急に倒れて熱を出し、そのまま2日間も眠り続けたという話だった。
「まぁ……2日も……?」
「お薬や水分はなんとか眠りながらも摂っていただけたんですが、それ以上は難しくて……。ああ。良かったですぅぅ! 心配しましたぁぁぁ!」
私が2日も眠っていたことに驚いていると、サラが泣き出してしまった。
ちなみにジルは、私の様子を見た後「旦那様にお知らせしなくては!」と言って部屋から出て行き。
ソフィも「すぐに何かお腹に入れられそうな物をご用意します」と言って出て行ったので、部屋にいるのは、私と、先生と、サラの3人だ。
「ふむ。熱は下がったようですね。どこか痛んだり、違和感を感じるところはありませんか?」
私が上体を起こすと、先生がそう声をかけてきた。
「喉が少し痛いくらいかしら。あと、体が怠いわ」
「熱が出ましたし、2日も眠っていましたからな。……頭痛はどうですか?」
「頭は大丈夫。痛くないです」
「ふむ。やはり、疲れが出たのでしょうね。一応、熱と頭痛のお薬を出しておきますので、後は少しずつ食事を摂って、しばらくは安静にしてください。……では、私はこの辺で」
「「ありがとうございました」」
サラと一緒に医師にお礼を言うと、先生は部屋から出て行った。
「……ごめんなさい、サラ。すこし疲れたわ。ちょっと1人にしてくれるかしら」
先生が出て行ったのを見送ってから、サラにそう言う。
「わかりました。では、しばらくしてからスープをお持ちするようにしますね。その後の様子を見てからお風呂は考えましょう」
「……ええ。お願い」
そう私が答えると、サラは「何かありましたらすぐにお呼びくださいね」と笑顔で言ってから部屋を出て行った。
「……ふぅ」
私室のベッドの上で1人になり、シンとした空間で1つタメ息をついた。
無意識に掛け布団ごと脚を抱え込み、顔を埋める。
…………長い夢を見た。
……夢?
いや。あれは、『記憶』だ。
そう。あれは、”私”の記憶。
マリアンヌではない、”市川万里”として生きていた”日本人”の記憶。
そう。あれは、あの脳内に流れた映像は。
私の、『前世の記憶』。
吐き出された黒い血。
止まらない赤い血。
涙に濡れたグレーの瞳。
目を閉じれば、それらが一気にフラッシュバックして。
背筋にゾクリと寒気が走り、全身から冷や汗が噴き出した。
思わず、自分の首を触って確かめる。
(……大丈夫。ちゃんと生きてる。……これは所謂『異世界転生』というやつかしら)
自分の温かな首筋をさすりながらそう思った。
自分が知る限りでは、この世界に”日本”という国はないし、日本があったあの時代のあの世界にもオルレアンという国はなかった筈だ。
無意識に体が震え、涙が溢れる。
(……そう。……私はあの時死んだのね)
そして、”彼”がここにいる理由も『そう』なのだろう。
(……私を庇って刺されたわ)
過去は変えられない事など分かっている。
今更どうすることもできない事も。
それでも。
“あの日”、”あの時間”、”あの場所”にいなければ。
“私”と一緒にいなければ。
(“彼”は死ななかったかもしれない……)
そう考えずにはいられなかった。
それでも。
(……ああ……アレク様……っ!!)
奇跡と呼ぶにはあまりに残酷な運命だとしても。
“彼”がここにいるという事に、どうしようもない喜びを感じてしまう。
――――「おかしな事を言うかもしれないが、……私はずっと前から君を探していた気がするんだ」――――
“彼”がこの世界にいて、私を探し求めてくれていたという事に、どうしようもない嬉しさを感じてしまう。
(……アレク様に会いたい)
それが、”彼”の死を意味するものであっても。
どうしようもなく、会いたい。
会いたくて、会いたくて、胸が締め付けられそうなほどに恋しくて。
アレク様のいない部屋で。
私は1人、彼を想って泣き続けた。




