永遠願う日の終わり
それは、空気の冷たい、よく晴れた日だった。
空に向かって白い息を吐き出せば、ふわりと広がって消えてゆき、視線を空から下に戻せば、駅の人混みの向こうにどこかキラキラとした街並みが見えた。
「クリスマスだなぁ……」
そう言いながらさらに視線を落とせば、母が好きだったマリーゴールドの花束が視界に入る。
そう。今日はクリスマス・イヴだ。
「市川」
駅のホームの入口で花束を抱えて立っていると、私の名前を呼ぶ智也先輩の声が聞こえた。
今日は午後から先輩と待ち合わせて、一緒に父と母のお墓参りに行くことにしていたのだ。
「……智也先輩」
「早かったな。俺も少し早めに着くように出たんだけど。……待った?」
その言葉に、私は無言で首を振る。
「花屋さんに寄りたくて早めに出たら、そのまま早く着いちゃって。あ、でも、本当にさっき着いたところです」
「そっか。昨日は途中で何も話さなくなったから電話切ったけど……あれから少しは眠れた?」
「あ。ご、ごめんなさい。私寝落ちしちゃったみたいで。先輩の声聞いてたら安心して……気付いたら朝でした」
「そかそか。それならよかった」
「わざわざ電話もらったのに。本当にすみません」
「俺が心配になって勝手にしただけだから気にすんなって。……って、あ、そろそろ時間だな。行くか」
先輩が腕時計を見ながらそう言ったので、私たちは改札へと足を向けた。
*
街中から離れた郊外に建つお寺の境内に、父と母が眠るお墓がある。
お寺が管理してくれているためいつも綺麗にされているが、とりあえずと、私たちも軽く掃除をして、花を供え、お線香をあげた。
先輩と2人並んで手を合わせる。
――――。
顔を上げて横を見れば、同じタイミングで先輩も私を見た。
「……行きましょうか」
「ああ」
私は笑顔でそう言って、先輩と一緒にお墓を後にした。
*
「やっぱ、緊張するな」
「……緊張?」
帰りの電車を待つため2人で駅のベンチに座っていた時、不意に呟かれた先輩のその言葉に、少し首を傾げる。
「俺にとっては『彼女のご両親に初めてのご挨拶』だった訳じゃん?」
「あ……」
「変なヤツって思われたら嫌だったから、昨日の夜とかめっちゃ服装悩んだわ」
そう言われて改めて先輩の格好を見ると。
たしかにいつものラフな格好ではなく、シャツにダークグレーのニットソーを重ねて、ベージュのチノパンに黒のコートとという、ちょっとキレイめのファッションをしていた。
「ふふふ。そうだったんですね。……先輩、そういう格好も似合ってますよ。カッコイイです」
私がそう言うと、先輩がフッと微笑んだ。
「本当はスーツ着ようかなって思ってたんだけど、さすがにアレかなって思って止めた。でもやっぱ、スーツ着てくれば良かったかもな」
「……なんでですか?」
「……手合わせてる時さ、万里さんを一生大事にしますって心ん中で言ったんだけど、やっぱこの格好じゃイマイチ締まらなかったかなって」
「…………一生……?」
そう聞き返した私の頬に、先輩の手が優しく触れる。
「そう、一生。俺、市川の事、この先一生大事にしたいんだけど。……ダメ?」
そう言う先輩のグレーの瞳が、涙で滲みぼやけて見える。
「あの、先輩、……私、まだまだ子どもで……全然自立できてなくて……」
「うん」
「就活もこれからだし……。料理とか、家事とかも、まだ未熟で……」
「うん」
「私、かなりの、寂しがり屋ですよ? ……迷惑、かけますよ?」
「そうなの? ……でも、いいよ」
「……本当に……周りに、支えてもらってばっかりだし……」
「うん。……なぁ、市川。その周りの中に、俺入ってる?」
「入ってます。……たぶん、先輩いなくなったら、私生きていけない気がする……」
私が涙声でそう言うと頭をフワリと抱き寄せられて、頭上で「ハハッ……熱烈……」と先輩の嬉しそうな声がした。
「……先輩、好きです」
「……うん。知ってる」
ふと零れた告白を、きちんと拾って受け止めてくれる人が側にいる。
その事実が幸せで。
ただただ幸せで。
その後は。
静かに2人で寄り添い、電車が来るまでそのままでいた。
*
「えっと、これからどうする?」
改札から出た、駅のホーム。
辺りは既に夜の気配が漂い始め、イヴに帰宅を急ぐ人々が沢山行き交っていた。
「食欲あるなら、メシ食べに行こうか?」
「……予定大丈夫なんですか?」
「……? 今日はイヴだぞ? 目の前に可愛い自分の彼女がいるのに、それ以外に優先する予定がある訳ないじゃん?」
先輩が怪訝な表情をしている。
「……一緒にいてくれるんですか?」
「いてくれるって言うか、いたいんだけど。……今日は一緒にいさせてくれる?」
先輩が少し微笑んでそう言った。
でも、微笑んでいるのに、その顔にはどこか不安が入り混じっていて。
その表情を見て、……すこし、心臓がドクリとした。
「……はい。……一緒にいて下さい」
声が掠れてしまう。
「じゃあ、まずはメシかな。……って、その前に、市川にお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「あー……あのさ、名前の呼び方なんだけど、……そろそろ市川じゃなくて――――
それは。
先輩が私から少し視線を外して、そう話す途中だった。
「……先、……ッ!!?」
それは。
途中で言葉を切った先輩を不思議に思い、話しかけようとした瞬間だった。
先輩に体を押されて。
尻餅をついて。
ビックリして顔を上げた。
その瞬間だった。
先輩に、黒いパーカーのフードをかぶった人が、ぶつかった。
*
その人の顔はフードで隠れて私の位置からはよく見えなかった。
ただ。
その人が先輩から体を離し静かに立ち去るその手に、何か赤い物が握られているのがよく見えた。
「……先輩?」
なんとか絞り出した私の声に、先輩が私に視線を戻す。
「……市川……よかった……」
先輩がそう言った気がしたその次の瞬間には。
先輩はその場に崩れるようにして倒れていた。
「……え? 先輩? ……智也先輩?!」
這うようにして先輩の側まで行き、呼びかける。
先輩は脇腹を手で押さえていて。
見ると、その指の間から血が溢れ出していた。
「……え、嘘。……嘘、嘘嘘嘘っ! 嘘だ! ねぇ、先輩!!!」
きゃぁああーーー!!!
うわぁぁ!
やべぇ!逃げろ!!刺されてる!!
警察!警察!だれかっ!助けてーー!!
おい!!救急車呼べ!!!!
音が遠くに聞こえる。
周りの多くの人たちが逃げ惑う中。
私は自分の腕の中でかたく目を瞑り、浅い呼吸を繰り返す先輩に必死で声をかける。
「せんぱいっ!! 先輩!! いやだ、目を開けて!! ……誰か助けて、先輩が!! ……ッ……お願い! 死なないで!! 先輩っっ!!」
手で必死に押さえても、指の間からドクドクと血が流れて服の染みを大きくしていく。
手のひらに感じる温かい血の温度に対して、冷えていく先輩の体温に、私の心も冷えていく。
(嗚呼、お願い神様。先輩を連れて行かないで。……もう私を、1人にしないで――――)
「……ッ、先輩、1人にしないって言ったじゃん! 一緒にいてくれるって言ったじゃん!! ねぇ!!!」
私がそう言った時、先輩がゆっくり目を開けて私を見たので。
ああ、良かったと思った。
生きてるって思った。
でも。
そう思った私が寄り添おうとしても、何故か先輩が私を押し返そうとする。
先輩が赤黒い血を吐きながらも、何故か「にげろ」と言う。
それでも側を離れたくなくて。
強烈な血の匂いにむせ返りそうになった時。
私の後ろに人が立った事に気が付いた。




