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「……マリアンヌ様。マリアンヌ様」
ふと、サラの私を呼ぶ声で目を覚ます。
目元には既にぬるくなった濡れタオルが乗っていた。
「……サラ。……ああ、ごめんなさい。また眠ってしまっていたのね」
タオルを取り、上体を起こしながら辺りを見回せば、窓には既にカーテンがかけられていて、部屋の照明が少し明度を落として灯されていた。
カーテンで見えないが、外は既に暗くなっているのだろう。
「いえ、少し心配しましたが、大丈夫です。……スープをお持ちいたしました。お体がまだお辛いかもしれませんが、2日も何も食べておられないですし……一口でもいいので召し上がりませんか?」
そう言われてみると、お腹が空いてきた気がする。
「……ありがとう。いただくわ」
スープを受け取りスプーンですこし掬えば、そのスープの香りが食欲をそそった。
「……うん。……美味しい」
「ポールがとても心配しておりましたよ」
「そうなの? それは申し訳なかったわ。……早く元気な顔を見せなくてはね」
「ふふ。そうしてあげて下さいませ」
野菜の甘みが感じられる優しい味のスープをゆっくり飲みながら、ずっと気掛かりだった事を言葉にする。
「ねぇ、サラ。……アレク様は?」
「旦那様ですか? 旦那様にはジルさんが手紙を出されたんですが、今日は遅くなるとの事でした」
「そう……」
「旦那様もそれはそれは心配しておられたんですよ。マリアンヌ様が倒れられた時もずっと側におられて。その後も、ジルさんやソフィさんが代わる代わる説得して、ようやくお仕事に行かれたんです。
今日も本当は早く帰ってきたかったんだと思いますが、なんでも、ずっと追っていた賊が出たとかで、仕方なく……らしいです」
「え? サラ、賊が出たって……大丈夫なの?」
私がそう尋ねるとサラがキョトリとした顔をした。
その後、フッと優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。旦那様のお強さは私たちが保証いたします。今頃はマリアンヌ様にお会いしたい一心で、賊を殲滅しているかもしれません」
「そう、なのね……」
その言葉にすこしホッとして、私は残りのスープに手をつけた。
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「お風呂はいかがなさいますか? 眠っておられる間もお体を拭かせてはいただいておりましたので、お辛いなら明日でもよろしいかとは思いますが」
スープを飲み終わり白湯をゆっくり飲んでいると、サラがそう声をかけてきた。
「うーん、やっぱり……お風呂、入りたいわ。準備をしてくれる?」
「はい。かしこまりました。では、すこしお待ち下さいませ」
「ええ」
サラが浴室へ入っていくのを見送った後、私は白湯をゆっくり飲みながらお風呂の準備が終わるのを待った。
*
「それでは後はごゆっくりお休みください。もちろん、何かありましたらすぐにお呼び下さいませね」
サラが笑顔でそう念押しして、部屋から出て行った。
あの後私はサラに手伝ってもらいながらシャワーで体を洗い、「病み上がりですから長湯はダメですよ」と言われながらもゆっくりとお湯に浸かった。
前世の私だったなら、2日も何も食べずに熱を出していたら、しばらくは起き上がれなかっただろうが。
マリアンヌとしての私は、日頃からダンスやらで体を動かしていて体力があるのだろう、ベッドから出てもそれなりに動くことが出来た。
ちなみに。
お湯に浸かっている時にサラから冷たいタオルを渡され、「もう少し冷やした方がいいかもしれません」とすこし心配した表情で言われて、泣いていた事がバレていると気が付いた。
あとそして、日本人として暮らした記憶が戻った今、『お湯に浸かる』という概念と習慣があるこの世界に心から感謝をした。
ベッドの中で横になり、ベッドサイドに灯されたライトを見つめる。
お風呂に入って、さっぱりとクリアになった頭で考えるのは……やはりアレク様の事だ。
なんとなくだが。
おそらく、アレク様には智也先輩としての記憶はないのだろうなと思う。
ただ、私がアレク様の瞳を初めて見た時に感じた既視感や、サラと話をしている時に感じた懐かしい感覚のように、アレク様にも、ふとした瞬間に感じるものがあるのかもしれない。
(私はアレク様に前世の記憶を取り戻してほしいと思っているのかしら……?)
――――分からない。
でも、アレク様が智也先輩としての記憶を持っていようがいまいが、私はもうアレク様自身を愛している。
それはもう揺ぎようのない気持ちなのだ。
記憶の中の先輩より少し大人で。
その地位と立場故、少し鋭い雰囲気と鍛えられた体躯を持っているが。
照れた時に目元が染まる事や、拗ねた時の横顔。
私を呼ぶ優しい声に、私に触れる優しい手。
苦しくない程度にキュッと優しく抱き締めてくれるところや、私を見つめる甘い表情。
そして何より、キスをするたびに見惚れそうになる美しいグレーの瞳。
智也先輩のその全てを市川万里は好きだった。
そして今は、アレク様のその全てをマリアンヌとして愛しく思っている。
(……ああ、そうね)
単純な話だ。
(ただ単純に、私はあの人にだけ恋をしている。それだけなのね)
そう思った瞬間、今まであやふやだった感情と思考が、ストンと落ち着いた気がした。
もし、アレク様が智也先輩としての記憶を持っていたなら、したい話が沢山あっただろう。
でも、おそらく、持っていないから。
私はただ、マリアンヌとして、アレク様の妻になる者として、今度こそ彼の隣に立ち彼を支える存在として生きていこう。
アレク様を愛し続けよう。
そう思ったのだった。




