*
智也先輩から告白をされたあの夜から瞬く間に時は過ぎ、季節は夏へと変わっていた。
あの夜は、私の涙が落ち着くまで抱き締めてくれていて。
1度頭にキスをされた後は、黙って手を繋いで駅までの道を2人で歩いた。
歩いているうちに少し冷静になった私は、アルコールが入っていたとはいえ、泣きながらツラツラと喋ってしまった自分が恥ずかしくなり、黙々と歩く先輩に繋がれた手をただ見つめる事しかできなかった。
その後は残念ながら、晴れて恋人同士!! という空気を味わう暇などなく。
私は講義と研究に、智也先輩は就活と研究に忙殺され、夏休みに入ってからも、連絡は取るもののほとんど顔を合わせることなくすれ違いの日々を過ごしていた。
そんなある日。
朝少しゆっくりしてから研究室へと向かうと、中がなにやら騒がしい。
(……涼先輩の声だ……珍しい)
そう思いながら一応ノックをしてドアを開けた、その先には。
PCを開いて画面を見続ける智也先輩に、笑顔で後ろから抱きついている涼先輩がいた。
「え、あ、え? ……お邪魔しました……?」
なんとなく見てはいけないものを見た気がして慌ててドアを閉めると、中からドタバタと音がして、再びドアが開いた。
ビックリして見上げると、少し放心した表情の智也先輩と目が合う。
「……智也先輩?」
目が合ったまま何も言わない智也先輩に、恐る恐る声をかける。
「…………取った」
「え?」
「内定。……もらった! 本命から!」
「ええっ?! おめで、ううっ?!」
お祝いを言おうとするも、途中で腕を引かれ抱き締められて、最後まで言えなかった。
耳元で「よかった……!」と呟く智也先輩の声がする。
久しぶりの智也先輩の体温と、耳をくすぐる本当に嬉しそうな声、そのどちらもが嬉しくて、私も先輩の背中に腕を回してギュッとしながら「おめでとうございます」と言い直した。
そうしてしばらく2人で抱き合い喜びを分かち合っていると、智也先輩の後ろから「2人だけでラブラブしてー。オレも取ったのにぃー」とメソメソする涼先輩の声が聞こえた。
2人でチラリと涼先輩を見る。
「涼先輩も、おめでとうございます……?」
「万里ちゃんなんで疑問形?!」
「いや……なんとなく……」
「うわーん! いいもんいいもん! オレだって彼女に祝ってもらうんだからー!!」
「あっ! 涼先輩!」
声をかけたが、涼先輩はそのままスマホを掴み、私たちの横を擦り抜けて部屋から出て行ってしまった。
唖然とその後ろ姿を見送る。
「行っちゃった……」
「……ああ。……俺たちに気を使ったんだろ」
「……え?」
「涼は、そういう奴だよ」
智也先輩はそう言うと、私を部屋へと引き込みドアを閉めた。
背後でしたドアの閉まる音に、ドキリとする。
「智也先輩……」
名前を呼んで振り返ろうとした、その時。
「……市川」
優しく名前を呼ばれ、後ろからキュッと抱き締められた。
「なんか、……すげー久しぶり。……会いたかった……」
その耳元で囁かれた、心から零れたような声にキュンとする。
「わ、私も……、会いたかったです」
私がそう答えると、先輩が顔を上げ、ゆっくりと対面を向かされて再びギュッと抱き締められたので、私も先輩の背中に腕を回した。
「……寂しかった?」
「……寂しかったです」
(貴方に会えなくて……)
「ごめんな。1人にしないって言った後に、全然会えなくなって」
先輩の言葉に、首を横に振る。
「大丈夫。連絡は取れたし……どうしてもしんどい時は先輩に言おうって思ってたら、何とか頑張れましたから」
先輩の腕が苦しくない程度に更にキュッと締まる。
「俺も。どうしてもしんどくなったら市川の顔を見に行こうって思ってたら、何とか頑張れた」
「ふふ。両想いですね」
「……ああ。だな」
「でも、本当におめでとうございます。あ、お祝いしなきゃですね。何か欲しい物ってありますか?」
「…………」
「……先輩?」
「……キス、したい」
「……え?」
私が唖然としていると、先輩が少し体を起こして私の顔を覗き込んできた。
久しぶりのグレーの瞳は相変わらず綺麗で、見惚れそうになる。
「俺、マジで頑張ったんだよね。……だから、お祝い……ちょうだい?」
初めての彼氏との初めてのキス。
それは、すごくドキドキして、幸せで。
先輩を好きになって良かったと、心から思えるものだった。




