桜舞う夜の告白
【Side 智也】
俺は少し浮かれていたのかもしれない。
本命はこれからとはいえ企業から内定をもらうこともできて、好きな女の子とも満更でもない雰囲気なのだ。
少し距離を縮めて接しても嫌がる素振りはなく、むしろ可愛い反応が返ってくる。
本当は、ちゃんと本命から内定をもらい、もう少し自分に自信を付けてから告白したいと思っていた。
でも、最近の市川は前にも増して可愛いのだ。
一緒に歩いていれば野郎どものムカつく視線に嫌でも気付くし、この調子では俺が告白する前に他の誰かに取られてしまうのではないかと思ってしまう。
だから、そろそろどうにかしなければと、早くただの先輩後輩の仲から脱しなければと、そんな風に浮かれつつも気ばかりが逸る日々を過ごしていた頃。
大学は新学期が始まり、市川が正式に俺の下に就くことになった。
*
それは市川の歓迎会をしたその帰り、大学に咲く桜の花が美しくて、2人で並んで見た後の事だった。
アルコールが入っているせいか、ふわふわとした空気を纏う彼女が可愛くて。
桜の花びらが舞う中、外灯に照らされる彼女の横顔がとても綺麗で。
(もう少しだけ、一緒にいたい……)
本当はそう思っていた時だった。
彼女を好きだと思う気持ちが溢れ、思わず口から滑り落ちそうになったので。
(あと少し。あと少し頑張れば夏には結果が出る。……絶対取る。それから、真剣に告白しよう)
慌ててそう自分に言い聞かせて立ち上がり、彼女の手を引いて立たせようとした、その瞬間だった。
「だって、ほら、あんまり遅いと親御さんが心配する」
それは本当に何気なく言った言葉だったのに、それを聞いた彼女の表情がガラリと変わり、ドキリとして。
「……市川?」
名前を呼ぶと、彼女がキュッと俺の手を握り締めた。
「……いないんです」
それは、小さな呟きだった。
「……え?」
「……私、親がいないんです。……3年前の冬に……事故で亡くしてて」
俯きながら、泣きそうな声で絞り出すように紡がれた言葉。
その言葉の意味を理解した瞬間、ザッと血の気が引いた気がした。
(まさか。……そんな……)
いつもニコニコしている彼女だった。
健気で、一生懸命で、真面目で。
たしかに少し何もかも1人でやろうとしなければと思っている節があって。
でもそれすらも俺が側にいて見守らなければと思わせるような、普通の可愛い女の子。
(親がいない? そんな素振り、今まで全然、……3年前の……冬?)
そこまで考えた時、とある日の彼女の様子を思い出した。
冬休み前の試験等で慌しい日々を過ごす中、たまに顔を合わせる度にどことなく元気がなくなっていっているような気がしていた。
それでも表面上はニコニコとしていたので、ただ単に試験で忙しく疲れているのだろうと思っていたが、あの日は確かに様子が変だった。
特別講義があった日の昼休みに俺は研究室まで本を取りに行ったのだが、その時に会った彼女は顔色が明らかに悪く、今にも倒れてしまいそうで。
思わず声をかけたが、まるで俺を避けるかのように帰って行ったのだ。
(あれは……、あの日はたしか……)
「クリスマス・イヴ……?」
俺のその言葉に、俯く彼女の手が、ビクリと震えた。
「……私が高2の時のイヴでした。ウチの両親、毎年イヴだけは2人でデートしていて、いつまでも仲が良い父と母を羨ましいと思ってた……。
だからその年も、夕方から出かけて行く2人を笑って見送って。……いつもみたいに、あんまり遅くならない内に帰ってきてねって、……家族のクリスマスは明日しようねって、……だからちゃんとケーキ買ってきてねって……私、言ったのに…………ッ……」
泣かせたかった訳じゃない、悲しませたかった訳じゃないのに。
震える彼女の手が悲しくて、何かを言いたいのに言葉が出てこない。
(……くそっ! なにやってんだよ俺!)
そう思った瞬間に。
「お酒入ると……ダメですね。……ごめ、なさ……。急に、こんな話……」
彼女が顔を上げてそんな事を言うから。
目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうなのに。
それでも平気なフリをしようと、笑顔を作ろうとするから。
俺は、無意識に……震える彼女を抱き締めた。
「……ごめん。辛いこと思い出させた。……本当に、ごめん」
俺が謝れば、腕の中の彼女が無言で首を横に振る。
「俺、知らなかったとはいえ無神経な事言った。……市川は1人で頑張ってたんだな。……大変だったろ」
「……いえ、……大丈夫です。ウチ、隣に幼なじみが住んでるんですけど……その子がすごく優しくて。ご両親も良い方たちで。昔から家族ぐるみで仲良くさせてもらってて……今もすごく親身になってくれて。
なんか、養子の話とかも出たらしいんですけど、私あんまり覚えてなくて……。とりあえず、何も心配しなくていいからって言われたのは覚えてるんですけど。
だから、大学も、諦めようかなって思ってたのを、気持ちの整理をする時間が必要だからって、……後押ししてくれて、手続きとかも手伝ってくれて」
彼女がポツリポツリと話す内容を聞きながら、今まで決して1人だった訳じゃなく、ちゃんと支えてくれる人たちがいたのだという事に安堵した。
「……ただ、私、なんにも返せてないなって、たまにすごく申し訳なくなるんです。してもらうばっかりで私は何もできてないなって。両親にだって、全然親孝行とかできなかった事ずっと後悔してて。
…………すごく救われてるんです。幼なじみ、知佳っていうんですけど、この前の命日も私の事が大事だからって、イヴなのに一緒に居てくれて。
もちろん、私も知佳のこと大事なんですよ。幸せになってほしいって思う。だからそのためなら私にできることは何でもしようって思ってた。……それなのに。
知佳、最近恋をしてるみたいなんです。だから、私、応援したいんです。相手の人も良い人みたいだし。……すごく応援したい。
……でも……、応援したいのに……ッ……寂しくて……。先輩たちも来年にはいなくなっちゃうのに、知佳までいなくなっちゃうみたいで……すごく寂しくて…………」
そう言う彼女の声は震えていて。
切なくて、俺まで泣きそうになって。
彼女を抱き締める腕に、少し、力を込めた。
「………俺がいる」
そう言った瞬間に、彼女が俺の背中に回した手をキュッと握り締めたのがわかった。
「俺が1人にしない。学生だし、ガキでまだなんの力もなくて頼りないかもしれないけど。……側にいて、必ず護る」
そしてその言葉を言うために、俺はひとつ、息を吸う。
「…………好きだ」
風が吹いて、桜の花びらが舞い散る中。
彼女は震えながら、俺の腕の中で小さく頷いた。




