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「……? 何コレ?」
年末年始は知佳とおじさまおばさまに誘われて、なんだかんだで慌ただしくも楽しく過ごすことができて。
1月も講義と試験の嵐で寂しさを感じる暇もなく過ぎ、2月。
大学は春休み期間に入った。
昨日少し遅くまで起きていたせいで今朝は寝坊してしまったのだが、まぁ、たまにはこんな日もあってもいいかと、いつもより丁寧にお化粧をして、久しぶりにスカートを履いた。
そして昼前頃に大学へ出てきたのだが……研究室のドアの所まで来た時に、ドアに淡いブルーの付箋が貼ってあることに気が付いた。
(入る前にノックして下さい……?)
付箋には涼先輩の字でそう書かれている。
(何かしてるのかな?)
そう思いドアをノックすると、中から「はーい!」と涼先輩の声がした。
「涼先輩? 市川です。」
私がドアに向かってそう声をかけると、今度は涼先輩の「万里ちゃん? ちょうど良かった! 入って入ってー」という声と、智也先輩が何か言っている声がする。
首を傾げ、頭にハテナを飛ばしつつ、とりあえずドアを開けると、そこにはワイシャツとスーツのズボン姿の涼先輩と智也先輩が居て。しかも着替え途中だったのか、智也先輩は私に背中を向けてボタンを留めているようだった。
「え?! すみません! 着替えをしてたんですね!」
慌ててドアを閉めようとすると、涼先輩から「あー待って待って!」と言われ、引き留められた。
「万里ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、ネクタイって結べる?」
「ネクタイ?」
改めて涼先輩を見ると、手にネクタイを持ち、眉を少し寄せたちょっぴり申し訳なさそうな笑顔をして私を見ていた。
「一応、結べると思いますけど……」
『男の人のネクタイを結んであげる』というシチュエーションに憧れて、父を相手に練習をしたことがある。
「マジで?! やった! 結んでもらっていいかな? オレも智也も鏡忘れちゃってさー。上手く結べなかったんだよね。智也に結びあいっこしよーって言ったんだけど、拒否られちゃうしー」
そう言って拗ねた顔をする涼先輩の後ろからは、「……フツーに嫌だろ」と言う智也先輩の呟きが聞こえた。
「……なるほど。えーっと、久しぶりなので、上手くできるか分かりませんが、私で良ければ」
そう言って私は笑顔でネクタイを受け取り、涼先輩と向き合った。
涼先輩は去年の相談を受けた後から髪を1度ダークブラウンに染め、普段つけているピアスの数も1つか2つになった。
今は長かった髪も切り、色も自然な黒だ。
今日はその髪をワックスで整え、シルバーのピアスを1つ付けている。
涼先輩も美形だよなぁとは思っていたが、今では軽薄そうな雰囲気も抜けて、内心ちょっとドキドキしてしまうくらいにカッコイイ。
ちなみに、知佳も最近ますます可愛くなった。
恐らくだが……報告を聞くのも近いのかもしれない。
「それにしても、どうしたんですか?」
ネクタイを結びながら尋ねる。
「やー、智也と、智也の兄ちゃんとこの前買いに行ったんだよ。
智也の兄ちゃんって結構大きな企業のスーパー営業マンしててね、オレも智也もいくつか内定もらってるとこもあるんだけど、2人とも本命はそこでさ。話をさせてもらったらなんか流れで買いに行くことになって。
もーね、スゲーんだよ! あ、克也さんって言うんだけど、めっちゃカッコよくてさ。このスーツ代も先行投資って言ってポンッて出してくれて。話聞いて営業職もいいかもなって思った。克也さんマジ憧れる。」
目をキラキラさせて話す涼先輩が微笑ましい。
「ふふふ。そうだったんですね。……はい。先輩、できましたよ」
「おー。ありがとー。って、なんだよ。智也もかよ」
涼先輩が横を向いてニヤリとしながらそう言ったので私もつられて横を見ると、ちょっと困ったような、ちょっと照れているような、何とも言えない顔をした智也先輩が手にネクタイを持って私を見ていた。
「ごめん、市川。……俺も頼んでいい?」
「はい! もちろんです」
そう言って今度は智也先輩と向かい合った。
「……今日、何かあるの?」
「え?」
ネクタイを結ぶのに集中していたら、不意に話しかけられた。
顔を上げると思った以上に顔が近くてドキリとする。
智也先輩の髪は、夏以降伸ばしっぱなしにされることなく短いままで。
さらに今日はワックスで髪を少し後ろに流していて、綺麗なグレーの瞳も、整った顔立ちもよく見える。
「なんか、いつもと違うから」
「え、あ、いや、今朝ちょっと寝坊しちゃったんですけど、こんな日があっても良いかなと思って。ゆっくりするついでにちょっと気合いを入れてお化粧をしてみたんです。……もしかして変ですか?」
知佳に智也先輩の話をした後ぐらいから、知佳にせっつかれてオシャレや自分磨きに時間をかけるようにはしているが、正直、まだ少し自信がない。
(先輩が見て可愛いって思う女の子に少しはなれているのかな?)
そんなことを思っていると。
「全然。……可愛い」
先輩が、そう言ってふわりと微笑んだ。
(……ッ! 久しぶりに見たけど、相変わらず心臓に悪い……っ!)
いつもは無表情な智也先輩がたまに見せる笑顔は破壊力抜群で、心臓がきゅううっとなってしまう。
「で、できました」
私は耳と頬に熱が集まってくるのを感じながら、それを誤魔化すように慌ててネクタイを結び終えた。
涼先輩と智也先輩がスーツのジャケットに袖を通す。
(う、わぁ……眼福っ!!)
美形のスーツ姿というだけでも結構な破壊力があるのに、2人揃って立たれると、なんかもう、ヤバかった。
2人とも背が高いので尚更。オーラさえ感じる気がする。
「万里ちゃん、カッコイイ?」
涼先輩がニヤリとしながら聞いてきた。
「か!」
「か?」
「かっこいいです!!! すごく! うわぁー!!」
「あはは! 万里ちゃん可愛いな! ありがとう!!」
(いやもう本当に!! なにこれスーツマジック?! 先輩たちってこんなカッコ良かったっけ??)
「つーか、なんか腹減ったね」
私が2人のスーツ姿に、内心キャーキャー言っていると、涼先輩がそう言ってお腹を押さえた。
「あー、もう昼だな。学食行くか。市川は腹は? もうなんか食べてきた?」
智也先輩が涼先輩に答え、私にも声をかけてきた。
「いや、まだです」
家でココアを飲んだぐらいだ。
「じゃ、みんなで行こっか! 着替えんの面倒だし、そのまま行っちゃおーぜ」
涼先輩はそう言うと、スーツの上に黒のダウンを羽織った。
その横で智也先輩も黒のピーコートを羽織っている。
(智也先輩とはたまに行くけど、3人で学食って初めてかも?)
そんなことを考えながら、私たちは揃って学食へと向かった。
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(……なんか……すごく周りから見られてる……?)
春休みに入っているためか、昼時にも関わらず学食はそれ程混んではいなかった。
各々好きなものを買って、窓際の席を確保し食べ始めたのはいいが、先ほどから視線を感じる気がする。
カルボナーラをフォークに巻き付けながら視線を上げると、私の対面の席に座り、カツ丼を食べるために大きく口を開けた涼先輩と目が合った。
私の横の席に視線を移せば、黙々とカレーを食べる智也先輩がいる。
(目立つもんなぁ……。この2人)
今はコートもジャケットも脱いでワイシャツにネクタイ姿の2人だが、大学の学食ではまだ珍しい格好な上にイケメンときている。目立つのは仕方がないのかもしれない。
(さっきも、すれ違う人とかに見られてたし……)
学食へ向かう途中、何故か2人に挟まれる形で歩いてきたのだが、男女問わずすれ違う人たちにチラチラと見られていたのだ。
「あれ誰?! え、伊藤研の?! うっっそ、マジ、イケメンじゃない?!」と、言っている女性の声も聞こえた気がする。
(なんか……私のモブ感がひどいな)
カルボナーラを食べながらそんな事をツラツラと考えていると、カツ丼を食べ終わった涼先輩から声をかけられた。
「どうしたの? 万里ちゃん?」
「えっ?」
「いやさっきから、オレたちの顔見たり、ボーッとしたりして。なんかあった?」
「あ。あー……いえ、なんか、2人ともかっこよくて、私の場違い感がひどいなと……」
「んん?」
「や、さっきからなんか見られる気がしますし、来る途中だって……」
「まあ、スーツ着てるヤツ、まだあんま見ないもんね。っていうか、見られてるのってオレたちじゃなくて万里ちゃんでしょ? 万里ちゃんを見てる野郎どもがいっぱいいるじゃん」
涼先輩が周りを見渡しながら、そんな事を言う。
「……智也。気持ちはわかるけど、あんま睨むなって」
涼先輩の声につられて横を見ると、智也先輩も既にカレーを食べ終わっていたのだが……その横顔はなんだか不機嫌そうだ。
「それに、場違いっていうか、お邪魔虫なのはオレのほう……かなぁー?」
涼先輩は今度は頬杖をついて、ニヤニヤしながら私と智也先輩を見た。
「え?」
「やーさ、お似合いだよね。智也と万里ちゃん」
「!!?」
「付き合っちゃえばいいのに」
「えっと、あの……?!」
涼先輩の言葉に私が2人を見比べてアワアワしていると、智也先輩が口を開いた。
「涼。あんまり市川をからかうな。嫌がってんだろ」
「え、そんな! 嫌だなんて……!」
そこまで言って、ハッとした。
智也先輩の顔が驚きの表情へと変わると同時に、私の頬と耳にも熱が集中していく。
「ごめんごめん、万里ちゃん。つい可愛くて、苛めたくなっちゃった」
「あ、あのっ?!」
「あはは。えーっと、じゃ、オレこれ片付けてくるから。……智也、お前飲み物とってこいよ。オレ、コーヒー。万里ちゃんは?」
「え?」
「食後の飲み物。何がいい?」
「えっと、じゃあ、カフェ・オ・レで」
「だってよ。智也、よろしくな。……じゃあ、万里ちゃん、オレたちちょっと行ってくるから、ソレ食べ終わっちゃいな。あと、荷物お願いね」
涼先輩はそう言うと、席を立ち、智也先輩を促して歩いて行った。
私はというと。
恥ずかしさから内心パニックになりつつも、頑張って残り少なくなっていたカルボナーラを食べたのだった。




