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季節はすっかり秋へと移り、窓から差し込む日差しもポカポカと心地良いものになってきた頃。
最近は、アレク様との仲も特に進展はしていない。
と、いうのも。
季節が移り変わり気温が下がるのに比例して、アレク様の仕事量が増えていっているようなのだ。
休日も書斎に籠る時間が増え、私と一緒に過ごす時間は減っている。
もちろん、それに対して「寂しい!!」と訴えるつもりはないが、ただやはり、アレク様のお体のことは心配である。
だから、午前中や午後にしているダンスや護身術の練習も無理に付き合ってくれなくても大丈夫であると、その代わりしっかり休んでほしいと、やんわり遠回しには伝えた事もあったのだが、「いい気分転換になるし、何より、私がマリーと一緒に居たいんだよ」と、微笑みながら額にキスをされてしまえば、それ以上は何も言えなくなってしまうのだった。
書斎に籠ってらっしゃる時に差し入れを持って行ったりはするが、それ以上の事ができない自分をもどかしく感じる。
そんな日々を過ごしていた今日のこと。
今日はアレク様がお休みの日で、いつものように午前中はアレク様とダンスの練習をしてから昼食を一緒に摂り、午後にはアレク様は書斎に行かれたので私は私室で本を読むことにした。
ザッと2冊ほど読み終えた後。
(これから寒くなるし、久しぶりに編み物でもしようかしら)
ふと、そう思った。
編み物は苦手ではないが、久しぶりにするのでやはり本を見ながらしたほうがいいだろうと思い、私は読み終えた本を抱えてさっそくサラと一緒に図書室へ行くことにした。
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図書室へ向かう途中、ジルと廊下で出くわした。
「おや、マリアンヌ様。どちらへ?」
「編み物をしようと思って、図書室へ本を探しに行くところよ」
「左様でございますか。ああ、ちょうど先程、旦那様も資料を探しに図書室に行かれましたよ。まだ中におられると思います」
「あら。そうなのね」
「はい。あ、マリアンヌ様。できればですが、旦那様にマリアンヌ様のお顔を見せてあげて下さいませ」
「私の顔を?」
「はい。元気が出ると思いますので。よろしくお願い致します」
「わ、わかったわ。お邪魔にならない程度でご挨拶するわね」
「ありがとうございます。……では、マリアンヌ様、私はこれで」
「ええ」
そう言ってジルとは別れた。
(図書室にアレク様がいらっしゃるのね)
思えば、今まで向かう途中の廊下ですれ違うことはあったりしたが、図書室でアレク様と一緒になるのは初めてだ。
(資料を探していらっしゃると言っていたし、本当に挨拶だけにして後は邪魔にならないようにしなくては)
私はそう考えて、図書室へ向かう歩みを再開したのだった。
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図書室に着くとサラが扉を開けてくれたので中に入ると、図書室独特のインクと紙の匂いが鼻腔を満たした。
「では、マリアンヌ様。何かございましたらすぐにお声掛け下さい」
サラはそう言うと、いつものように扉の内側に立った。
実家の図書室も広かったが、この屋敷の図書室もかなり広い。
さすがに最初に来た時は、どのような種類の本が大体どの辺にあるのか教えてもらうためにサラと一緒に歩いたが、今は図書室にいる間は1人にさせてもらっている。
ポカポカとした秋の陽の光が窓から降り注ぐ図書室の中を、編み物の本以外にも何か借りて行こうかしらと考えながらゆっくりと歩く。
途中、本棚の間に人影が見えた。
(アレク様だわ)
声をかけようと思い近付くと、アレク様が私に気付いた。
「やあ、マリー。本を探しに来たの?」
「はい。これから寒くなりますので編み物をしようと思いまして、その本を探しに。アレク様はお仕事用の?」
「ああ。アナトールの事を少しね……。それにしても、編み物か。いいね。余裕があったら私にも何か編んでくれる?」
「ええ! もちろん、喜んで!」
「楽しみにしてるよ」
そう言って微笑むアレク様を見て、胸がほわりと温かくなった。
「えっと、それでは、お邪魔してはいけませんから私は失礼しますわ」
私がそう言うと、アレク様の手が伸びてきて私の耳をスリスリと撫でる。
「私もしばらく居るから、何かあったらすぐに呼ぶんだよ」
「ふふふ。はい。ありがとうございます」
私がそう答えると、「いい子だ」と微笑んで額にキスをしてくれた。
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(うーん……あと1冊ほど読みたいのだけど……)
アレク様と別れた後に編み物の本を探すと直ぐに2冊ほど良さそうな本を見付けたのだが、何となく他にいい本がないかと探して歩く。
(あ、あの本が面白そうだわ……)
窓際の棚の1番上の段に、興味を引かれるタイトルの本を見つけた。
(ちょっと、私の背では届かないわね……。アレク様……は、お忙しいからダメだし。)
そう思って辺りを見回すと、ちょうど本棚の傍に手頃な踏み台を見付けた。
(これに乗って……あ、あと……ちょっと、ッ!! 「ひゃあぁ!!」
先に取っていた本を胸に抱えていたのがいけなかったのだろう。
台の上に乗り、背伸びをして、背表紙の上部分に指を掛けて引き抜いたその時、バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになってしまった。
引き抜いた本が目の前に落ちてきて、反射的に目を閉じたその瞬間に、「マリー!!」とアレク様が私を呼ぶ声と、誰かに背中から抱きとめられた感触がして。遅れて、バサリと本が床に落ちた音がした。
恐る恐る目を開けると男性の腕が目の前の視界を塞いでいて、もう片方の腕で抱き締められているのが分かった。
ゆっくりと後ろを振り仰ぐと、アレク様のグレーの瞳と目が合う。
「……コラ。何かあったらすぐに呼んでって言った筈だろ?」
陽の光を後ろから浴びながら、怒ったような、困ったような、それでいてほんの少し愛しさが混じった何とも言えない顔をしたアレク様の、そのグレーの瞳があまりにも美しくて。
お礼を言うのも忘れて見惚れてしまった、その瞬間。
「痛っ」
突然、頭をガツリと殴られたような、激しい頭痛に襲われた。
それを耐えるように目を強く閉じると、たくさんの映像が頭の中を駆け巡る。
この国では見た事などない、それなのに、どこか懐かしいと感じる服装をした人々や建物の映像。
壮年の男性とそれに寄り添う女性、私と同じ歳ぐらいの可愛い女の子。
映像の中で様々な人物が出てくる。
(前にもこんなことがあった気がするけど……私は何故この人たちを”懐かしい”と感じるの……?)
どの映像も、どの人物も、全てを”懐かしい”と感じ、それと同時に胸が潰されそうになるほどの切なさに襲われる。
(これは何? これはいつ? ……これは……私の記憶なの?)
「マリー? マリー?!」
映像の波に翻弄されながらも、必死に思い出そうとしていると、意識の外からアレク様が私を心配して呼ぶ声が聞こえて。
その声でアレク様の顔が頭の中を過った、その刹那。
あるシーンで映像がゆっくりになり、ドクリと心臓が波打った。
独特なインクの匂いが鼻腔を満たし、ポカポカとした秋の陽の光が降り注ぐ空間で。
その時も、私は誰かに後ろから抱きとめられて。
その時も、私は後ろを振り仰いだ。
あの時も、見えたものは黒髪と美しいグレーの瞳で……。
(この人は……『アレク様』……? ……いいえ、この人は……この男性の名前は……)
「マリー!!!」
私を呼ぶ一際強い声にハッと目を開け仰ぎ見ると、映像と同じ黒髪と美しいグレーの瞳が目の前に見えて。
「……智也、先輩……?」
問いかけるようにその名前を呼んだ後、私の意識はブラックアウトしたのだった。




