Side アレクサンドル
――――時は遡り、舞踏会の翌朝のこと。
私はいつものように騎士団の隊舎にある団長用の執務室にいた。
少し眉を寄せ手に持っている手紙を読んでいると、扉をノックする音がしたのでそれに返事をしようと顔を上げた瞬間、私が声を出す前に扉がガチャリと開いた。
「……オスカー。お前のノックには意味がないじゃないか」
「んお?! あれ? アレク、もう来てたのか。早かったな」
「?? ……いつもこの時間には来ている筈だが?」
オスカーが持っていた書類を私の机に置きながらそう言うので、ポケットから時計を取り出して時間を確認する。
通常どおり、執務室で仕事をしている時間である。
「いや、昨日、舞踏会だったじゃないか。お前ダンスの後に婚約者様と消えただろ? てっきりお楽しみで、今朝は遅くなるかと思ったんだが……」
「……何故ダンスの後に消えたって知っている? お前も来ていたのか?」
「あー、ああ。昨日は親父から言われて休みを取っていたのは知っているだろ? ……あれな、舞踏会への強制出席のためだったんだよ……」
そう言って項垂れるオスカーが話す事には。
親父殿に半強制的に休みを取らされ、いざ当日の朝になると、舞踏会へ来ていくための燕尾服を渡されたらしい。
最初は断ったらしいが、同じ歳で、且つ、女嫌いとまで噂されていた私がとうとう婚約したという話を持ち出された挙句、「今日行かなかったら……どうなっても知らないぞ?」と脅されたんだそうだ。
「もちろん、声を掛けようと思っていたんだがな。なんかお前たちの周りにすごい人集りができててさ、全然近付けなかったんだよ。そんでまぁ、ダンスの後ででいいかと思っていたら、いつの間にか2人とも消えてるしで、結局声をかけられなかったって訳だ」
「なるほど……」
「あ! そう言えば、見たぞ! お前の婚約者! めっっちゃ可愛いって言うか、美人だな! 会場中の男たちの視線を集めていたじゃないか。俺の知り合いもポーっとして見てたぞ」
オスカーのその言葉を聞いて、昨夜の会場にいた男共のマリーを見つめる視線を思い出し、不快な気分になる。
思わず眉を寄せるとオスカーに笑われた。
「ハハハ! そんな顔するなよ。あれは仕方ないって。ただでさえお前の婚約者ってことで噂になっていたのに、あれだけの容姿と存在感だ。皆が見惚れるのも頷ける。さすがシュヴァリエ侯爵家のお姫様ってところだな」
そう。昨夜のマリーは一段と美しかった。
凛とした空気を纏い、常に上級貴族の令嬢らしい微笑みをたたえて堂々と振る舞うその姿は、ついこの間社交界デビューを済ませたばかりの令嬢とはとても思えなかった。
「まあ、それでも。横にいる騎士団団長様があれだけ周りに威嚇オーラを放ちつつ姫さんを溺愛する様子を見たら、誰も手を出そうとは思わんだろうけどな」
「……当然だな。もし仮に手を出そうものなら誰であろうと潰してやるさ」
「おー怖っ。ま、それにしてもすごかったな。あんだけ難しい曲を息ピッタリに踊るなんて。お前もだけど、姫さんも相当な腕だろ」
「ああ。確かに。おそらくだが、マリーはどんな難しい曲でも優雅に踊るだろうし、それだけの努力を今までにしてきている」
「へぇ! すごいじゃないか。さすがだな。……っていうか、鏡持っていって見せてやりたかったよ、ダンス中に姫さんを見つめるお前の顔。まだお前を狙ってたその辺の令嬢たちもあの顔を見て撃沈してたぞ」
「顔……?」
「は? もしかして自覚なしか? その前からもだったけど、一曲目が終わるすこし前ぐらいに姫さんと何か話してただろ? その時から、もう、姫さん愛してますー!! 姫さんしか眼中に入りませーん!! って顔してたぞ?」
(一曲目が終わるすこし前……?)
そう思って記憶を辿ろうとしたその瞬間。
――――「…………離さないで」――――
マリーのあの時の言葉と様子がブワリと思い出された。
我ながら大人気ない嫉妬をしてしまったとすぐに後悔したのだ。なんて器の小さい男だと彼女に呆れられると思った。
しかし、その後かけられた彼女からの言葉はひどく私の心を満たすもので、場所など構わず彼女の全てを欲しくなった。
表面に私の色を纏わせるだけでは飽き足らない。
彼女の中、その最奥まで、私のモノだという証拠を塗り付けたいと、そう心が暴れそうになるほど欲しくて、愛しくて、たまらない存在。
体を重ね、息を合わせるように踊れば、彼女との夜を想像した。
つられて思い出したのはその後の2人で過ごした時間のことで、唇に残る彼女との甘いキスの感触に、思わず口に手を当てて俯いてしまった。
「……何顔真っ赤にして想像してんだよ。つーかその顔……マジか。やっぱりヤ……「ヤッてない」
「え?」
「……まだ。ヤッてない」
「は? え? だって、お前、姫さんが屋敷に来たのは夏の始め頃じゃなかったか? それからずっとあんな美人と同じ屋根の下にいて、……まだ?」
「うるさい。私だって我慢してるんだ」
「はぁ~?」
「仕方ないじゃないか。休みの日ぐらいしか彼女と過ごす時間はないし。それに……マリーの気持ちを優先させたいんだよ。私が衝動のままに襲ってしまったら、彼女はきっと傷付く」
「あー……、それは、そうかもしれないなぁ……」
「その上、屋敷の者にも釘を刺されてる。式までにはマリアンヌ様も心の準備をされるでしょうから。とな」
「式までって、まだ先の話じゃないか。……生殺しだな」
オスカーの憐れむような声に、つい思わず大きなタメ息をついて返してしまう。
「それに、どうやらこれから更にマリーとの時間が取れなくなりそうだ」
「……? なんでだ?」
訝しむ表情のオスカーに、先程読んでいた手紙を渡す。
「シュヴァリエ侯爵からだ。夜会から帰る時に渡された。……読んでみろ」
オスカーがゆっくりと手紙を開き、中を読む。
読み終わった後私に手紙を返すと、彼もまた大きなタメ息をついた。
「どうりで最近第二からの助力要請が多いわけだよ。……ハァァー……、まったく、相変わらずアナトールも為政者に恵まれない国だな。いっそシュヴァリエ侯に潰してもらえばいいのに」
「オイ」
「なんだよ。お前だって内心そう思ってるんだろ?」
「……まぁ、な」
シュヴァリエ侯爵からの手紙には、東国・アナトールの現状と、これから予想されるこの国への影響が書いてあった。
変な話、東国・アナトールは愚王確率が高い国だ。
歴史を見ても、好戦的で戦争を仕掛けようとしてくるが悉く返り討ちにされる王や、なぜ王になれたのかもよく分からない色狂い、権力に溺れるだけの能無し、賢王かと思っても何らかの理由ですぐに亡くなってしまうなど、呪われているとしか思えない国である。
さほど大きくはない国なので、今までは何かあっても歴代のシュヴァリエ侯爵がなんとかするか、第一騎士団が出て返り討ちにしていたのだが……今回はどうやら少し面倒なことになっているらしい。
と言うのも。
アナトールの現国王が、典型的な国民に重い税を課して自分は豪遊するタイプの愚王で。
国民がどんどん不満を募らせている上、今年の夏は例年に比べて雨量が少なかったらしく、これから収穫する作物の多くが不作になりそうらしい。
冬はこれからなのに備蓄が少なくて不安な上に、このまま重課税が続けば、国民の不満が爆発するだろうとのこと。
内乱で済めばいいが、今年の冬はどうしても流民が増えるだろう。ある程度はこちらで対処するが、取りこぼした流民や賊が王都に流れ着いてしまうかもしれない。
「その時はよろしく!」で〆られた侯爵からの手紙を睨んでいると「今年の冬は休みが取れないかもな」と、オスカーが言った。
たしかに、ただの流民ぐらいなら戦闘を専門としていない第二騎士団でも対処できるだろうが、賊が相手となるとどうしても私たち第一が出なければならない。
……私自身が出る事も増えるだろう。
「せっかくマリーといい感じになってきているのに……」
「まだ休暇が取れる今の内に、せいぜい姫さんとの時間を楽しんでおけよ」
私がついそう呟くと、オスカーに肩を叩かれた。
(今度の休みはマリーをピクニックにでも誘って、2人でゆっくりしよう)
私は心の中でそう決意したのだった。




