三日月の夜の舞踏会 2/4
ゆっくりと馬車が止まり、御者が王宮へ着いたことを告げた。
「おいで、マリー」
アレク様が先に馬車から降り、私に手を差し出してくれた。
それに手を添えて私も馬車から降りる。
アレク様の外用の顔なのか、その顔に浮かぶ表情はいつもより硬い。
「では、行こうか」
それを少し寂しく思いつつ、アレク様にエスコートされて私たちは歩き出した。
*
王宮に着いてからずっと、周りから視線が注がれているのを肌に感じる。
アレク様は見目が良いというだけでなく、ガルシア大公の名を賜わり、且つ、騎士団団長を務めるという高スペックを持ちつつも、その難攻不落具合から女嫌いとまで噂された程の男性で。その男性が終に選んだ婚約者とは一体どんな女なのかと見定めようとしているのだろう。
(……こんな視線に負けてはいられないわね)
そう思う私はふわりと微笑んで、堂々と、優雅にアレク様の隣を歩き続ける。
少し遅めに着いたためか、会場に入ると、そこはすでに多くの貴族で溢れていた。音楽も流れ始めていることから、陛下の口上も終わった後だと思われる。
ここでも多くの人から注目を浴びているのを感じたので、さりげなく視線を回せば、こちらを凝視する男性や、明らかに睨んでいる令嬢もいた。
(……皆さん少々不躾すぎではないかしら?)
笑顔の下でそんな事を考えていると、アレク様の腕に回していた私の手を優しく叩かれた。
顔を向けると少し目元を緩ませたアレク様と目が合う。
「先に陛下への挨拶に行こう」
アレク様にそう促されて、私たちは国王陛下の元へと向かった。
*
陛下たちの前に通され、私たちは並んで立つ。
「来たな。アレク」
マティス陛下がニヤリと笑って声をかけてきた。
「国王陛下、王妃陛下、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
アレク様がそう言って一礼するのに合わせて、私もカーテシーをとる。
「顔を上げてくれ。今日は今年最後の王宮舞踏会だぞ。無礼講といこうではないか」
「……何言ってるんですか、そう言う訳にもいかないでしょう」
顔を上げた後にアレク様がそう言うと、マティス陛下がハハハと笑いながら立ち上がり、私たちに近付いてきた。
「なんだアレク? 可愛い婚約者ができて、最近は雰囲気が柔らかくなったと聞いていたのに。まだまだ無愛想ではないか」
「兄上に愛想良くしても意味ないでしょうが」
アレク様の言葉にマティス陛下が拗ねた顔をする。
「なんだ、冷たい奴め。マリアンヌ嬢と出会えたのも私のおかげじゃないか」
「それは……まあ、たしかに。……感謝しています」
「お? なんだなんだ? 素直だな、アレク! 可愛いぞ!」
「やめて下さいよ」
頭を撫でようと陛下がアレク様に手を伸ばしたが、綺麗に避けられていた。
美形の兄弟のそんなやり取りを微笑ましく眺めていると、急に陛下が私のほうへと視線を移してきてちょっとビックリする。
「マリアンヌ嬢! よく来た! シーズン始めの舞踏会以来だな!」
「はい。覚えていて下さり光栄ですわ」
「当然ではないか! そなたはあのシュヴァリエ侯の愛娘で、今やアレクの婚約者だ。義理とはいえ私たちは家族になるのだぞ。覚えていない筈がない。
ああ、家族と言えば。先日はイネスとリュカも世話になったそうだな。感謝する」
そう言ったマティス陛下が、側まで来ていたイネス陛下へと視線を移したので、私もイネス陛下を見る。
「ふふふ。お久しぶりね、マリアンヌ様。先日のお茶会とても楽しかったわ。リュカも貴女が帰った後寂しがって少し泣いてしまったの。また遊んであげてちょうだいな」
「はい。喜んで。またお会いできる日を心待ちにしておきますわ」
「ふふ。今夜は連れて行けないって言ったら、ルイーズ陛下の所へ泣きつきに行ってしまったのよ。もしかしたらルイーズ陛下が連れてきてしまうかも。リュカには甘い方だから」
少し困った顔で微笑まれるイネス陛下に、マティス陛下が声をかける。
「いいんじゃないか? 少しくらい。もう少しで5才になるし、母上が付いているなら大丈夫だろう。正式にお披露目をする前にこういう場を経験させても良いのではないか?」
「もう。あなたまであの子に甘いんだから。……でも、そうね。最近お勉強頑張っているし、少しのワガママくらいは聞いてあげなくてはね」
イネス陛下が再び私を見た。
「この前のお茶会の時に貴女が色々お話をしてくれたでしょう? それが良い刺激になったみたいでね、前にも増してお勉強を頑張っているのよ。今日、もしリュカが来たら褒めてあげてくれるかしら」
リュカ殿下のあのニコニコした笑顔を思い出せば、自然と笑顔が溢れ、もちろんですと快諾した。
「――さて!もう少し話をしたいところだが、私たちだけでそなたたちを独占する訳にもいかん。今夜は是非楽しんでいってくれ」
そのマティス陛下の言葉を受けて、私たちは両陛下の前から下がったのだった。
*
「マリアンヌ」
謁見が終わり会場を2人で歩いていると、すぐに後ろから声をかけられたので振り向けば、父と母、弟のユーゴがいた。
「シュヴァリエ侯爵、夫人、それにユーゴといったか。久しいな」
アレク様が声をかける。
「……はい。閣下にも『娘にも』もう少し早くお会いしたかったのですが、なかなか機会がなく。本当にご無沙汰しておりました」
笑顔のハズの父の背後に急に黒いオーラが立ち昇り、2人でビクリとした。
「す、すまなかった。仕事が忙しくてな。時間が取れなかったんだ」
アレク様が慌てた様子で答える。
「……わかっていますよ。閣下がお忙しい身なのは。ほんの冗談です」
(黒いオーラは消えたけど、まだ笑顔が怖いわ……)
そんなことを思っていると、母が口を開いた。
「もう。あなた。その辺にして下さいな。……閣下、お久しぶりでございます。娘がお世話になっておりますわ」
「ああ、夫人。久しぶりだ。世話だなんて、マリーは何でも1人で出来てしまって寂しいくらいだよ」
「ふふふ。そうだといいんですけれど」
母はアレク様と挨拶をすると、私に視線を移した。
「マリーはこの前のお茶会ぶりね。元気そうで良かったわ」
「ふふふ! お母様! お会いできて嬉しいわ!」
そう言って、笑顔で母とハグをする。
すると。
「マリー!」
横から父が声をかけてきたので、母と離れて今度は父ともハグをする。
「お父様もお久しぶりです! お元気そうで良かったわ!」
「ああ、愛しいマリー! 会いたかった! お前も元気そうで安心したよ! そちらの屋敷でも良くしてもらっているとは聞いているけど、本当に大丈夫かい? 寂しくはない?」
「少しの寂しさはあるけれど、アレク様がとても優しく気遣ってくださるから、大丈夫よ。心配しないで」
「ああー、でも、私は寂しいよ!」
「……父上、その辺で止めておかないと、閣下に怒られますよ」
父からギュウギュウにされていると、ユーゴが声をかけてきた。
「ユーゴ!」
父と離れてユーゴともハグをする。
「久しぶりね! また少し背が伸びたかしら?! 元気にしていた? 学園はどう? 勉強は頑張っているの?」
「ハハハ! 姉上は相変わらずだな。大丈夫ですよ、元気でしたし、学園も勉強も頑張っています。背も少し伸びました」
「ふふふ! そうなのね! あ、ねえ聞いて! この前のお茶会で第一王子にお会いしたのよ! やっぱりとても可愛らしい方でね、あなたの小さい頃を思い出しちゃった!」
「へえ! そうなんですか! 第一王子に! ……って。私が小さい頃なら、姉上だって小さかったでしょう? 覚えているんですか?」
「覚えているわよもちろん!」
「……マリー」
ハグの状態のままユーゴと顔を見合わせて話に花を咲かせていると、不意にアレク様の低い声がした。
2人で振り向くと、いつにも増して無表情な顔をしているアレク様がいて、なんとなくユーゴを睨んでいる。
(え? アレク様が怒ってる?! 何故?!)
内心プチパニックに陥っていると、「ちょ、閣下! 私はただの弟ですよ?!」と叫びながらユーゴが慌てた様子で離れていった。
アレク様がゆっくりと私に近付いてくる。
(ひぃぃ! なんか、怖いんですけど!)
そう思いながらアレク様を見ていると、アレク様の手が伸びてきて、そのまま私の腰に腕を回してきたかと思ったら、グイッと引き寄せられた。
「……あまり私の前で他の男と抱き合わないでくれないか。……嫉妬してしまう」
「他の男って、ユーゴは弟ですよ?!」
耳元で囁かれた言葉の内容に驚き、アレク様の顔をまじまじと見ると「……それでもだ」と言ってちょっと拗ねた表情になった後、視線を逸らされてしまった。
アレク様の目元がほんのり赤くなる。
(え、もしかして、本当にヤキモチを?)
そう思ったら、途端にアレク様が可愛く見えてキュンとしてしまった。
「……ふふっ。分かりました。以後気を付けますわ」
そう私が答えると、アレク様の視線が私に戻り、私の視線と合うと……ふわりと嬉しそうに甘く微笑んで。
そのまま額に優しくキスをされ、頭上で「いい子だ」とアレク様の声がした。
「……ゴホンッ」
父の咳払いに2人でハッとする。
慌てて周りを見ると、どこか呆れた表情で腰に手を当てている父と、頬に手をあててキラキラした目で見てくる母と、耳を真っ赤にしてそっぽを向いているユーゴがいた。
「仲が良いのはわかったが、ちょっとイチャつき過ぎじゃないかお前たち」
「ええー?! アドルフ、これぐらい私たちだってしているじゃない!」
「私たちはいいの! でも娘がイチャついてるのを見るのは父として嫌なの!」
「心が狭いわよアドルフ!」
「ひどい! エレオノール!」
父が呆れた声を出したかと思ったら、母が横から口を出し、今度は2人でやいのやいのとやり出した。
「……すみません。2人の事は放っておいていいので、踊ってきてはどうですか?」
まだ若干顔の赤いユーゴがそう言ってきた。
「だが……」
「大丈夫ですよ。こうなると長いんです。……結婚式まで1年をきりましたね。それまでにお会いできる機会はあるでしょうし、その後もあるでしょう。その時に改めてお話をさせて下さい」
「なるほど。……そうだな、わかった。……じゃあ、行こうか。マリー」
「はい」
アレク様に促されて私も歩き出す。
「姉上をよろしくお願いします」
その声に振り向くと。
ユーゴが笑顔で軽く手を振り、一礼した後、父たちのほうへと向かって行くのが見えた。
「……出来た弟だな」
「ええ。自慢の弟ですわ」
そう顔を見合わせて言ってから、私たちは音楽が流れるフロアへと向かったのだった。




