三日月の夜の舞踏会 1/4
※途中でマリーからアレクへと視点が切り替わります
日中のあのジリジリとした日射しも和らぎ、夕方には少し肌寒いほどの風が吹くようになってきた今日この頃。
今年の社交シーズンもそろそろ終わりを告げようとしていた。
今夜は今年最後の王家主催の舞踏会が開かれる。
「よし! 完っ壁ですわ!!!」
サラが最後の仕上げのルージュをひいて、私の全身を確認した後、そう言った。
「本当にお美しいですわ! マリアンヌ様!」
今度はサラの横に立つソフィが満足そうな表情でそう言った。
その後ろでは着替えを手伝ってくれた数人のメイドたちもウンウンともの凄い勢いで頷いている。
「ありがとう、みんな。……ふふふ。やっぱりコルセットをきっちり締めてドレスを着ると、気合いが入るわね」
そう言って確認のために鏡を見れば、マダム・ローズのショップに頼んでいたドレスを纏った自分の姿が見える。
フレンチスリーブがついた総レースのスレンダーラインドレスだ。
メインカラーはアレク様の騎士服と同じ濃紺で、裾にいくにつれて黒くなるようレースが重ねられている。そんな夜空色のドレスには小さいビジューが星のように散りばめられていた。
髪はハーフアップにして、ドレスと同色のレースで出来た花にビジューを散りばめた髪飾りをつける。
そして胸元にはグレーダイヤのネックレス。アレク様の瞳と同じ色だ。
「ダークカラーのドレスはマリアンヌ様の肌の白さを際立たせますわね! 雰囲気も少し大人っぽくなられて、お美しい!」
「パッと見はシンプルですが、よく見るとレースとビジューが美しくて華やかです!」
「胸元のグレーダイヤが目を引きますわ! よくお似合いで、とっても素敵!!」
みんなが口々に褒めてくれていて、ちょっと恥ずかしい。
「いくら婚約者としてのお披露目をするからと言って、こんなにも旦那様を意識したドレスをここまで完璧に美しく着こなされるなんて。……旦那様、我慢できるかしら?」
頬に手を添えて心配顔でソフィが何かを言ったかと思ったら、その横にいたサラが凄い顔で私に近寄ってきた。
肩をぐわしと掴まれる。
「マリアンヌ様!!!」
「は、はい!」
「会場から出るまではダメですよ! せめて、国王陛下への挨拶とダンスが終わるまでは絶対ダメです!」
「!!? な、何が?!」
「お触りですよ! あとキスも! お化粧が取れたり、お髪やドレスが乱れるような行為は、一通り終わるまで断固拒否してくださいませね!」
「へ?! キス?! ドレスが乱れ?! え!??」
一気に頬と耳に熱が集まる。
「あああー! その顔もダメですよぉ! 旦那様が我慢出来なくなるじゃないですかぁぁー!!」
(な、何の話?! アレク様の我慢って何!??)
サラの勢いに押されて若干パニックになる。
「ちょっとサラ! マリアンヌ様が混乱しちゃうじゃない」
ソフィが間に入ってきてくれた。
「……マリアンヌ様。サラの言った事はお気になさらず、マリアンヌ様はいつもの様に振る舞われれば大丈夫ですよ。あとは、…………旦那様を信じましょう」
「ソフィさん、何ですか今の間は?」
「サラ、そこに突っ込んではいけないわ」
2人の言葉に、頭の中でハテナが飛ぶ。
ふと、ソフィが私を見て微笑んだ。
「旦那様が首を長くしてお待ちでしょうから、そろそろ行きましょうか」
そう言われて、私たちはアレク様の待つ玄関ホールへと向かった。
*
玄関ホールへと降りる階段につくと、階下に燕尾服姿のアレク様と、いつもの執事服を着たジルがいるのが見えた。
(今夜は皆の前であの人の隣に立つのだわ。婚約者として、あの人に見合う女でなければ。……大丈夫よ。私なら出来るわ)
そう自分に言い聞かせ、深呼吸をして背筋を伸ばす。
貴族令嬢の仮面をつけて、ゆっくりと一歩を踏み出した。
*
【 Side. アレクサンドル 】
カツリと、ヒールの音がホールに響いた。
顔を上げて階段を見上げると、ふわりと微笑みをたたえた彼女が、ゆっくりと優雅に階段を降りてくるところだった。
その凛とした雰囲気と夜空色のドレスを纏った彼女は、いつもより大人っぽく、さながら月の女神のように美しくて。
それが自分を意識した色だと理解した時には、己の雄としての支配欲がザワめくのを感じた。
私がエスコートのための手を差し出すと、少し頷いてから手を添えてきた。
「綺麗だ。マリー。本当に」
彼女をホールまで連れてきて、そう言った。
彼女を褒め称えたいのに、なかなか上手い言葉が見つからない。
「ありがとうございます。アレク様もとても素敵ですわ」
そう言って彼女がさらに微笑めば、ただただ見惚れることしか出来なくて。
(……抱き締めたい)
ふと、そう思った。
抱き締めて、この美しい人が自分の未来の妻なのだと確かめたい。キスをして、貪って、私の女なのだと知らしめたい。
そんな欲望が湧き上がる。
無意識に手を伸ばしたところで、誰かが私とマリーの間に割り込んできた。
「ダメですよ! 旦那様! 舞踏会が終わるまでお触り厳禁です!!!!」
サラだった。
「我慢してください、旦那様。今日はきっちりお披露目をして、変な虫が付かないようにしなくては」
後ろにいたジルからもボソリと言われた。
『生殺し』
そんな単語が頭に浮かぶ。
こんなにも自身の雄の部分を刺激してくる女性を前にして手を出すなと言うのか。お前たちは鬼か。鬼なのか。
そんな事を思いつつ、若干涙目で後ろのジルを睨みつけると、ムカつく程にいい笑顔で私を見ていた。
「他の男に見せ付けて、手なんぞ出そうとも思わせない程にイチャイチャするのはいいのですよ。ただし、マリアンヌ様のお気持ちを重視して、節度を守ってお願いします、と言うだけです」
「お髪やドレスが乱れるようなコトは、せめて国王陛下への謁見と、ダンスが終わるまではくれぐれも我慢して下さいませ」
いつの間にかソフィが近付いてきていて、目が笑っていない笑顔を近づけてきたかと思ったら、低い声でそう言われた。
「……わかった。わかったよ」
両手を少し挙げて降参のポーズをとる。
「せっかくマリーを正式に婚約者としてお披露目できるんだ。我慢くらいするさ」
私がそう言うと、3人が揃って頭を下げて「「「よろしくお願いします」」」と言ってきた。
そして、マリーはというと。
その向こう側で、キョトンとしながら私たちを見ていたのだった。




