閑話*メイドとコックの立ち話
【 Side サラ 】
マリアンヌ様とコックのポールさんと一緒に旦那様への差し入れを作った後、私は旦那様への書斎へはついて行かず、ポールさんと共にマリアンヌ様を笑顔で送り出した。
「……キスぐらいはしますかね?」
マリアンヌ様が見えなくなったところで横にいるポールさんに尋ねる。
「……するんじゃないか? 書斎に籠って仕事中、疲れた頃に可愛い可愛い婚約者からの差し入れだぞ? しかも部屋で2人きりだ。しないほうがオカシイ。……というか、え、キスもまだなのか?」
今度はポールさんが驚いた表情で聞いてきた。
「どうやらそうっぽいんですよねー。……これは仕方ないことですが、旦那様はお仕事があって日中は屋敷に居られませんので、朝食の時かお休みの日ぐらいにしかマリアンヌ様と一緒になる時間がないんですよ」
「それにしてもキスもまだなんて。旦那様は奥手でいらっしゃる?」
今度は眉間に皺を寄せて聞いてくる。
「うーん、いいえ。私が見てきた限りはそんな事はないと思います」
旦那様は結構触れたがりな印象だ。
事あるごとにマリアンヌ様の髪や頬や耳に触っている気がする。
まぁ、旦那様の気持ちも分からなくはないのだが。
マリアンヌ様の柔らかく艶やかな髪は、見ているだけでも触ったら気持ち良さそうだと思わせるし、実際サラサラしていて気持ち良い。
ちなみに、毎朝私が櫛を通させていただいているが、その時の、気持ち良さそうに目を閉じて僅かに微笑むマリアンヌ様のあの顔といったら、正直もう堪らない可愛さだ。
それに、いつもは完璧な令嬢スマイルを浮かべているマリアンヌ様の照れて慌てる姿は、庇護欲を掻き立てられるし、真っ赤に染まった頬や耳は可愛い過ぎる。
思わず手を伸ばしてしまうのも仕方がない事だろう。
「以前は女嫌いなんて噂が流れてましたけど、あれはただ単に気になる女性に出会わなかっただけなんだと分かりました」
「へぇ?」
「旦那様って、本命には結構グイグイいくタイプなんだと思いますよ。今はたぶん、意識しているのか無意識かは分かりませんが、マリアンヌ様にペースを合わせてるんじゃないですかね」
「あー、たしかに。お嬢様ソッチ関係は初心そうだもんな」
「そうなんですよ! 分かります?! いつもは貴族のお嬢様らしい凛とした雰囲気を纏ってらっしゃるのに、旦那様がちょっと攻めるとすぐ赤くなっちゃって! でもそこが! 普段とのギャップもあって! すっごく可愛いんですぅぅ!!!」
思わず鼻息荒く力説してしまう。
「あとは、これは私が悪いんですけど! 頬を染めながらもちょっと困った顔をしたマリアンヌ様から、アレク様と2人きりは緊張してしまうわ、なんて言われたら! 側にいなきゃと思うじゃないですか! なかなか2人きりにすることが出来なかったんですよぉぉ!!」
もはや興奮しすぎて涙目だ。
「わかったわかった! わかったから、急にスイッチ入れるなよ!」
ポールさんから肩を叩かれる。
ちょっと冷静になった。
「あーでも、そんなに可愛いお嬢様に、セーブしている旦那様か。……タガが外れたら大変そうだな」
「タガですか。……キスしたら外れちゃいますかね?」
「……分からん。でも、まぁ、旦那様は置いておいて。お嬢様は本当に決まった相手とじゃなきゃ絶対キスしないタイプだろ。そのお嬢様とキスなんてしちまったら、あー、……外れるかもな」
「デスヨネー!」
「……襲われてないといいが」
「え“っ?! まさかそこまで?!」
「冗談だよ! 大丈夫だって。旦那様を信じろ」
「……むしろ余計に心配になってきたじゃないですか」
「だから大丈夫だって! 旦那様はお嬢様をとても大事にしてるんだろ? だったら絶対、お嬢様の気持ちを優先するさ。それに長くても結婚式までじゃないか。1年もない。ちゃんとお嬢様の心の準備ができるまで待つと思うぜ」
「……わかりました。旦那様の自制心とポールさんの言葉を信じます」
「そうそう、信じなさい。あーでも、旦那様、可愛い婚約者が近くにいるのに襲えないなんてお預け状態もいいところだ。同じ男として同情するよ。これからは2人の時間を増やして、少しでもいいからガス抜きさせてあげてくれ。その方が後々のお嬢様の為にもなる。……って、もうこんな時間か。じゃ、俺、夕食の準備があるから。サラも持ち場に戻れよ」
ポールさんはそういうと、ヒラヒラと手を振ってキッチンへと入っていった。
(2人の時間を増やしてガス抜きか。……確かに、そろそろマリアンヌ様もそういう触れ合いに慣れていったほうが良いものね)
そう思い直し、マリアンヌ様がおられない間に部屋の掃除を終わらせるべく、私はマリアンヌ様のお部屋へと急ぐのだった。




