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「ポール、いる?」
とある日の午後。
私はサラと一緒に厨房へと来ていた。
入り口から声をかけると「ハーイ!」と奥の方から声がしたので、その声のしたほうへと向かうと、商人と話をしながら野菜を見ているポールの姿が見えた。
「ああ、お嬢様。もう少しで終わりますのでちょっとお待ち下さいますか」
「ええ、急に来たのは私だもの。気にしないで続けて」
笑顔で返せば2人が軽く私に会釈してまた話し始めた。
その間一緒に来てくれたサラと話をしながら待つ。
ポールは金髪にうすいブラウンの瞳をしたガタイのいい男性だ。
髭はキレイに剃り、髪もぴっちりとコック帽の中へ入れていて、いつも真っ白に洗われたコック服を着ている。
美人の奥さんとの間に2人の娘さんがいるらしく、メニューの相談をしに来るたびに自慢話をされるが、内容がいつも微笑ましくて聞いていて楽しいと思う。
「すみません、お嬢様。どうされました? メニューの相談ですか? それなら今ちょうど良い野菜が入りましたよ」
「え、本当?! 見たいわ! って、ちがうちがう。……コホンッ。あのね、今からアレク様に差し入れ用のサンドイッチを作りたいのよ。キッチンを少し使わせてくれる?」
「ほう、お嬢様が旦那様に差し入れですか! それは良い! 材料もキッチンも遠慮なくお使いください」
「ありがとう! 助かるわ!」
「旦那様、喜ばれるでしょうねぇ!」
そう。
今日はアレク様に差し入れをすることにしたのだ。
アレク様は最初に護身術を教えてくださった日から、休みのたびにジルやサラと一緒に護身術の稽古をつけてくれたり、ソフィと一緒にダンスの練習に付き合ってくださるようになった。
今日も外が雨だからと午前中の私のダンスの練習に付き合ってくださったのだ。
「せっかくのお休みの日なのに、すみません」と謝れば、「今度の舞踏会でマリーに恥をかかせる訳にはいかないからね。私も練習しなくては」と笑顔でサラリと返された。
最近ではハッキリと笑顔が出るようになってきて。
表情筋が柔らかくなってきたんだなと感慨深くなると同時に、美形の笑顔は心臓に悪いんだなということを再認識したものだ。
しかも、口ではそんな事をいいながらもダンスは完璧にリードしてくれるのだから格好良すぎて困る。
(誰よ。アレク様が無表情で無口だなんて、ましてや女嫌いだなんて噂したの。本当にガセ過ぎでしょ! ……笑顔は甘いし、色々と完璧でスマートだし。触れる手だって、すごく優しくて……私の心臓、保たなくなりそうなんだけど……!)
……話が逸れた。
ということで。
忙しいながらも私の事を気にかけてくださるアレク様にお礼がしたいと思いサラに相談したところ、今日の午後はアレク様は書斎に籠るだろうから差し入れをしてはどうだろうか、という話になったのだった。
ちなみに、サンドイッチにしたのは、男性は甘いものよりこっちのほうがいいかな、と思ったからである。
時計を見ると昼食を食べてから時間が経っている。
そろそろ小腹が空いてくる頃だろう。急がなくては。
ポールにアレク様の好きな物のアドバイスを受けながらサラと一緒にサンドイッチを作っていったのだが、同じ歳頃の女性とキャッキャと話をしながら作業をするのは楽しかった。
「ふふふ。なんか、こういうの良いわね。楽しいし、なんだか懐かしいわ」
「そうですね! あ、でも、懐かしいってことはご実家のお屋敷でも同じ歳頃のメイドがついてたんですか?」
「ん? いいえ。実家ではアンナという10才歳の離れたメイドがついてくれていたわ。友達というか、どちらかというとお姉さんみたいな存在だったわね」
「そうだったんですね」
(……?? ではこの懐かしいという感覚はどこからくるのかしら?)
実家でもアンナと一緒に何かを作ったりしたが、こんな友達感覚ではなく、本当に歳の離れた姉妹のような感じだったし、屋敷にはもちろん若いメイドもいたが、こんな風に砕けた雰囲気で沢山話をした覚えはない。
領地にいる間は社交界デビューをする前ということもあり若い令嬢と知り合う機会もなかった。
だが、何だろう?
懐かしいという感覚と共に先程から頭の奥にビジョンがチラつく。
(…………”あなた”は誰……?)
「……? マリアンヌ様? どうかされましたか?」
サラの声にハッとする。
考えるあまり少しボーっとしてしまったようだ。
「ううん。何でもないわ。さぁ! もう一品作るわよ」
笑顔を作って答える。
そう、今日はもう一品作りたいのだ。
「ポール、太めのパスタはある?」
「?? ありますよ」
「じゃあ、それを出してちょうだい。あとはバターにトマトソース、ウィンナーに玉ねぎとピーマンをよろしく」
「トマトパスタを作るんですか?」
「うーん、そうだけどそうじゃないの。ふふふ。出来てからのお楽しみよ」
そう言ってから私は湯を沸かし、パスタを茹でる。
その間に切った具材を炒めてトマトソースを絡め、隠し味に砂糖を少し入れて。そしてパスタを投入し、仕上げに塩コショウで味を整えた。
「よし。出来た。……じゃあ、ポール、コッペパンを出してちょうだい」
「へ? パン? それで出来上がりじゃないんですか?」
「パスタなんて、作業途中にちょっと食べるには面倒でしょう? だから、これをパンに挟むのよ」
そう言って、ポールに出してもらった手のひら大の大きさのコッペパンの上の方に切り込みを入れていく。そして、その切り込みの間にパスタを挟んでいき、お皿に乗せた。
先程作ったサンドイッチも片手で持てる大きさに切り分けお皿に盛っていく。
「お嬢様、余ったやつを一つもらってもいいですか?」
「あ! 私も食べたいです!」
「ふふふ。いいわよ。せっかくですもの。みんなで味見をしましょう」
サラが紅茶を淹れてくれたので、みんなで食べる。
「ふむ! トマトソースの酸味とパンの甘味が合いますね!」
「本当! 美味しいですわ! それに、手も汚れないですし、食べやすいです!」
2人が喜んで食べてくれたのでホッとする。
「……うん。上出来」
自分も食べてみて、作り慣れた味になっていることを確認した。
「でも、パスタをパンで挟むなんて斬新ですね! お嬢様の領地では有名な料理なんですか?」
「ん? いいえ。これは私が考えて……お父様によく差し入れしていたの」
「考えて?」
「そう……。お父様、結構食べる方だからボリュームのあるものが作りたくて、なんとなくパスタを挟んでみたの。それからパンに合うパスタの味を考えてたらこれに行き着いたのよ」
「なるほど。お嬢様は色々とお出来になると聞いていましたけど、料理もお上手なんですね」
ポールが腕を組んで、感心したように言った。
「ふふふ、私は軽食とお菓子を少し作れるくらいよ。ポールの足元にも及ばないわ」
「マリアンヌ様、このパンに名前はあるんですか?」
サラが聞いてきた。
「え? ……名前? ……考えたことなかったわ……」
(でも、名前は…………”ナポリサンド”)
ふと浮かんだその名称を、口に出す。
「ナポリサンド」
「「ナポリ? サンド??」」
2人が声を合わせて聞き返してきた。
「どこかの異国の名前か料理の名前ですかね?」
「……うーん、俺は聞いたことないなぁ」
ポールとサラが顔を見合わせて首を傾げている。
「え、あ、いや、今ふと浮かんで。深い意味は……ないの……」
(……本当に? ……”ナポリ”……いえ、”ナポリタン”だわ……。どこか覚えがある気がするけど……何かしら。近隣の国名でも、地名でも見たことないわ……)
頭の中の地図や料理図鑑を開いていくが、何も引っかからない。
「?? そうなんですね」
「あ、マリアンヌ様! そろそろ旦那様に持って行きましょう。私、一緒に持っていく紅茶を用意しますね!」
そう言ってサラが立ち上がったので、私はそれ以上考えるのを止めたのだった。




