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「アレク様ともっと仲良くなるにはどうすればいいのかしら」
私がアレク様の屋敷に来てから数日が経った。
この屋敷に来てから分かった事だが、この数日間、基本的に私とアレク様が一緒に過ごす時間はほとんどなかった。
というのも。
アレク様のお帰りはいつも遅く、私が、サラやジルから部屋で休むように言われた後に帰ってこられることが殆どで。
ジルやサラ、ソフィまでもが目の笑っていない笑顔で「申し訳ありません」と何故か私に謝ってくる度に、「アレク様がお忙しい方なのは分かっているから大丈夫よ」と宥める日々が続いていた。
それでも、あのブーケをもらった日の次の日から毎日朝食を共にしていて、何気ない会話もするようになったし、アレク様の雰囲気も柔らかく感じるようにはなったが、正直なところ、もう一歩踏み込みたい。
「そんなの、マリアンヌ様がガバッと抱きつけば旦那様なんてイチコロでは? ……あ、でもそのままの勢いで襲われるのは流石にマズイかしら……」
「え?」
「いえ。なんでもありませんわ」
サラがボソリと何か言ったので聞き返してみたが、ニッコリとした笑顔をするばかりで何も教えてくれなかった。
サラとは年齢が近いこともあり、あれからすぐに打ち解けていた。2人でいる時はお互い砕けた雰囲気だ。
「そうですねぇ。マリアンヌ様も旦那様も本をよく読まれますから、お休みの日に、一緒に図書室へ行かれるのはどうですか? あとは、馬でちょっとお散歩とかですかね?」
「サラ、あの、アレク様と2人きりで長い時間いるのは、まだちょっと……緊張してしまうわ」
「うーん、では、一緒にダンス……あ! そうだ! マリアンヌ様は今度から護身術も習うのでしたよね? 旦那様に習うのはいかがでしょう? ジルさんも私もいますから、2人きりではないですよ」
予想外の提案に少し驚く。
たしかに、今度から護身術を習うことになっている。
というのも。
花嫁修行をするために私はこちらの屋敷に移ってきたのだが、ここで習う予定だった教養やマナー、ダンスに至るまで、既にほぼマスターしてしまっていて、今後習うものが大幅にカットされたのだ。
そこで、浮いた時間で何をしようかとジルに相談した結果、護身術はどうだろうかと提案された。
ちなみに。
まだ社交シーズンではあるが、今年は結婚式の準備で忙しいだろうという事と、パートナーであるアレク様の仕事が忙しく夜会に出る時間がなかなか取れないという事で、しばらく夜会へは出席しなくてよいことになっている。
ただし、シーズン終わりにある王家主催の舞踏会には、アレク様の婚約者としてのお披露目を兼ねて出席しなくてはならないことになっているが。
だから余計に時間が浮いた。
もともと護身術には興味があり、領地にいた時も父から習おうかと思ったこともあったのだが、父から「お前は何を目指しているのだ?」と言われて止められた過去がある。
「護身術なぞ使わせないようにするのも私たちの役目ですが、身に付けておいて損にはならないでしょう」と、ジルに言われた時には二つ返事で頷いたものだ。
(アレク様は第一騎士団の団長を務めてらっしゃる方なのだから、そういうのも得意なのでしょうね)
「そうね。それはいいかも。ジルを通してお願いしてみようかしら」
「え、そこは、直接旦那様にお願いしてあげてくださいよ」
「そう? でも、直接頼むのは、もしアレク様が嫌だった場合、断り辛くないかしら?」
「大丈夫ですよ! 旦那様がマリアンヌ様からのお願いを嫌がる筈がないじゃないですか! ……ただでさえ、マリーは何か不満を言ってないか、足りないものはないか、本当に大丈夫か、と煩いのに。というか、旦那様ってあんなに喋る方だったのね。ビックリだわ」
「ん?」
「いえ。なんでもありませんわ」
サラが後半ボソリと言った内容が聞き取れなかったので、聞き返してみたが、やはりニッコリとした笑顔をするばかりで何も教えてはくれなかった。
「……そう? うーん、アレク様にお願いをするのはちょっとドキドキするけど、今度のお休みの日に教えてもらえないか聞いてみることにするわね。アドバイスしてくれてありがとう、サラ」
「うふふ。お役に立てて光栄ですわ」
そう言って、私たちはお互い笑顔で頷きあった。
*
「護身術?」
早速次の日の朝食にて、アレク様に話を切り出した。
「はい。アレク様がお忙しいのは分かっているのですが、ちょっと教えていただけないかなと思いまして」
「ふむ。ああ、そういえば、マリーが何もかも完璧で教えることがないから、浮いた時間で護身術を教えたいとジルに言われていたんだったな」
「いえ、あの、私なんてまだまだなのですが……、護身術には少し興味があったので、ぜひにとジルにお願いしたんです。最初はジルやサラから習う予定だったのですが、アレク様もお得意だとお聞きしまして。あ、もちろん、お休みの日はゆっくりされたいと思うので、無理にとは言わないのですが」
「いや、大丈夫だよ。仕事柄、身を守る術は私も身につけているし、部下に教えたりもするからね。たしか3日後に休みを取る予定だから、その日でいいかい?」
「もちろん! 私はいつでも!」
「じゃあ、決まりだ」
「ありがとうございます、アレク様」
笑顔でお礼を言うと、アレク様も少し微笑んで頷いてくれた。
*
それから3日。
今日はアレク様がお休みの日だ。
いつも通り朝食を一緒に食べ、午前中はやる事があるからとアレク様は書斎で過ごされたので、その間私は私室で本を読んで過ごした。
そして昼食も一緒に食べ、午後、私たちは屋敷の中庭に出た。
初夏ということもあり気温は少し高めだが、今日は雲が出ていて風も少しあるので、外でも過ごしやすかった。
今日のアレク様は黒のズボンに焦げ茶色のブーツ、白いシャツに濃緑のベストを羽織っただけのラフな格好だ。
私は、少しレースがあしらわれたシャツに、後ろに編み上げがついたコルセットドレスを合わせ、ブーツを履いている。初日だからと少し動きやすい服装にしてもらった。
「今日からマリーに護身術を教える事になるが、まず覚えておいてほしいのが、今から教える護身術は逃げる為のものであり、戦う為のものではないという事だよ」
最初にアレク様がそう言った。
「あら? そうなんですの?」
「ああ。私やジル、サラ、ここにはいないけれどソフィや他の使用人にも戦闘術を身につけている者がいるが、それは君という護る対象がいるからだ。だが、君は別の人間を護ることより、君自身の安全を確保することを優先して考えてほしい」
「なるほど……。わかりましたわ」
「うん、じゃあ、まず君が襲われる場合として考えられるのは……誘拐かな。ジルを君を連れ去ろうとする犯人に見立てて君を襲わせるから、対処の仕方を教えていこう。と言っても、いきなり実践は難しいだろうから、先ずはサラに手本をさせよう」
アレク様の声で、サラが前に出てきた。
「2人とも、マリーに動きが分かるように少しゆっくり動いてくれ。……じゃあ、始め」
アレク様がそう言って手を叩くと、ジルがサラを背後から襲うフリをする。
ジルがサラの胴に手を回し持ち上げようとした瞬間に、サラが前に屈み、それと同時にかかとでジルの足を踏み付けた。痛みでジルの腕が緩んだところで、サラが振り解いて走り出す。
「……わかったかな?」
「大丈夫だと思います」
「では、次はマリーの番だね。最初はゆっくりな動作から始めるから、動き方の確認をしよう。……ジル、始めてくれ」
アレク様がジルに声をかけると、先程サラにしたように、私の背後からジルが襲うフリをした。それに対して、都度アレク様の指示を受けながら対処する。
最初はゆっくりな動作から始めて、動きに慣れたら、実際にあり得そうなスピードにまで早さを上げていった。
「ジルは鍛えていて頑丈だから、本気でやっていいよ。絶対ないようにするけど、万が一の事があった時にきちんとできるようにしないとね」
「はい!」
後ろから肩を掴まれた場合や、前から襲われた場合の対処も習った。
たしかに本気を出さないとジルからは逃げられず、全力でやるしかなかったが、流石に急所を本気で蹴り上げる事はできなかった。……サラはやっていたが。
そして、大体のパターンをやり終え、じっとりと汗をかいた頃、「今日はここまでにしようかな」とアレク様から終わりを告げられた。
「お疲れ様です、マリアンヌ様。こちらをどうぞ」
いつの間に用意したのか、サラが笑顔でタオルと冷たいミント水を渡してくれる。
「サラ、ありがとう!」
一口飲むと冷たいミント水が喉を通り、火照った体に染み渡っていくのを感じた。
(美味しいっ!)
誘惑に負けてグラスに残った水を一気にあおれば、疲れが吹き飛ぶ気がする。
「ぷはっ」
クスリ。
笑い声にハッとして横を見ると、アレク様が口を手の甲で押さえながらもクツクツと笑っていた。
「申し訳ありません! 私ったら……はしたなかったですわね」
今度は羞恥心が私を襲う。
とりあえず顔を見られたくなくて、持っていたタオルで顔を隠した。
「クハッ。ハハハ。あー、ごめんごめん。あまりに君が可愛くて、つい」
その声とともに、アレク様の手が頭に触れたのがわかった。
ジルとのやり取りで髪が乱れていたのだろう、ゆっくりと梳くように撫でられる。
(ど、どうしよう。なんか……なんか! アレク様が甘い気がするぅぅ!)
心臓がバクバクしているのは、きっと運動の後だからというだけではないだろう。
視界が閉ざされていると、余計にアレク様の手の感触を感じてしまっていけない。
耐えきれずにそっと顔を上げると、微笑んでいるアレク様と目が合った。
「さすが、ダンスが上手なだけあって、マリーは身体の動かし方が上手いね。初回であれだけ出来れば上出来だよ」
ジルも笑顔で、「ええ。このままいけば私共の役割がなくなってしまいます」と言った。
「まあ、マリーが習いたいと言うならちゃんと教えるけどね。でも、いざという時は必ず私が護るから。それは覚えておいて」
「……はい。ありがとうございます」
そう私が返すと、仕上げとばかりに頭をポンポンと撫でてから、アレク様の手は離れていったのだった。




