Side アレクサンドル
マリーと夜の挨拶をした後、私は一度私室に戻り、軽く着替えてから夕食を食べるためにダイニングへと向かう。
マリアンヌに出会う前に感じていた不確かな存在に対する渇望は、彼女と正式に婚約してからはすっかり落ち着いていた。
その代わりといっては何だが。
彼女を見る度、彼女の事を考える度。
少しずつだが確実に、彼女を愛しく想う気持ちが募っていくのを感じている。
(仕事が終わって帰ってきた時に、愛しい人が出迎えてくれるというのはこんなにも嬉しいものなのか……)
兄が強引に話を進めてきた事に、少しばかり感謝したい気持ちだ。
そんな事を考えていると、ダイニングへと着いた。
席につき、しばらくすると、食事が運ばれてきたので食べ始める。
「マリーと会ってみて、どうだった?」
側に仕えていたジルに尋ねた。
「第一印象といたしましては、美しい方だなと感じました。容姿はもちろんですが、ふとした瞬間の所作までも、優雅で、お美しい。あの若さであそこまでのものを身に付けていらっしゃるとなると、幼い頃から並々ならぬ努力をされてきたのだなと思います。
あとは、そうですね、優しく、愛らしい方だな……と。ウブ童貞な旦那様が一目惚れされたと聞いて、どんな小悪魔系の令嬢に誑かされてしまったのだろうかと心配しておりましたが……。高慢な態度は一切されず、私やメイドにも優しく話しかけてくださいましたし、笑った表情がとても愛らしく魅力的でございました」
「さりげなく私の悪口を言うなよ。……それにしても、お前がそこまで人を褒めるのは珍しいな」
「私だけでなく、ソフィやサラもキャアキャアと言いながら私と同じような事を言っておりましたよ。……私、人を見る目はそれなりにあると自負しております。あの方はおそらく、生粋の人たらしでございましょうね。旦那様を誑かしてくださったのがあの方だったのは我々にとってはまさに僥倖」
「……お前たちが彼女を気に入ったのは分かった。まぁ、良かったよ。彼女は1人でこの屋敷に来たのだからな。これからも優しくしてあげてくれ」
「もちろんです。それにしても、旦那様が女性に対してここまで心配りができるなんて奇跡では? お帰りも予定より早かったですし、あの花束だって。どうされたんですか?」
ジルが眉間に皺をよせ、怪訝な表情で私を見てくる。
「あー、あれはな。……オスカーに怒られたんだ」
「オスカー様に?」
「ああ。婚約者が初めて家に来るのに、遅くまで仕事をするなと。迎えに行けないなら、せめて花束ぐらい用意してちゃんと謝罪しろとな」
「なるほど。それは、オスカー様に感謝をしなくては。あの様な素敵な女性を待たせているという罪悪感で、我々、イラ……ヒヤヒヤしておりましたので」
(……イライラしていたんだな)
屋敷に入った瞬間にあちらこちらから感じた冷気はそのせいだったか。
もう夏を迎える時期だというのに、一瞬ヒヤリとしたのだ。
「まだしばらくは仕事が忙しいが、出来るだけマリーとの時間をとるようにするよ」
「承知いたしました」
食事が終わり、ワインを一口飲む。
ホッとした瞬間思い出すのは、先程のマリーとのやりとりだ。
(嫌がられなくて良かった)
花束を抱えた彼女が可愛らしくて。
赤くなった耳が愛しくて。
無意識に手を伸ばしてしまった。
そんな自分に気付いて慌てて手を離したけれど、もう少しだけ彼女に触れていたかった、というのが正直な気持ちだ。
衝動にまかせて手に入れた存在。
何故私はあんなにも見ず知らずの存在を求めていたのだろうか。
彼女に会う前は。
私が忘れているだけで、一度出会っていて、失った過去があるのだろうかと思っていたのだが。
あれから色々調べた結果、私が記憶喪失になるような事故や事件も、そもそも過去に私と彼女が出会っているという事実もなかった。
私は騎士団の仕事以外ではほとんど王都にいたし、彼女は王都から離れたシュヴァリエ侯の領地にいた。
唯一接近したのが、私が視察で領地を訪ねた時だったが、その時も結局会わずに終わっている。
――――では、あの感情はどこから湧いてきたものだったのか?
この問いに対しては未だ説明ができない。
だが、彼女を一目見れば愛しく感じ、側に寄れば抱き締めたくなる。
それもまた事実で。
柔らかそうな髪、滑らかな白い肌、照れた時に赤く染まる耳に、潤んだ瞳。
そのどれもが私を魅了して止まない。
(……これから毎日彼女に会えるなんて)
明日からの朝食が楽しみだ。
生温かい目をしながらジルが私を見ていることなど気付かず。
彼女の事を考えるとどうしても緩みそうになる口元を隠すように、私はグラスに残っていたワインを飲み干したのだった。




