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「マリアンヌ様、旦那様がお帰りになられました」
夜。
夕食を済ませ、私室で本を読んでいると、サラが部屋に入ってきてそう言った。
「わかったわ。すぐに行きます」
サラに手伝ってもらい手早く身支度を整えてから、私たちは玄関ホールへと向かった。
*
玄関ホールに着くと、閣下とジルが話をしていた。
仕事帰りということもあり、今日の閣下は騎士服を着ている。仕事着姿を見るのはこれが初めてだ。
シルバーの飾緒がついた、裾が長い濃紺の上着に、同色のズボンと黒のブーツ。左胸に煌めく勲章以外は無駄な装飾も無くシンプルだが、それがかえって閣下のスタイルの良さを際立たせている。
以前見た燕尾服姿も似合っていたが、この姿もとてもよく似合っていて、格好良い。
私が閣下の姿に見惚れている間に、ジルとの話が終わったようなので、私から話しかけた。
「アレクサンドル様、お帰りなさいませ」
「ああ、マリアンヌ嬢。……ただいま。今日は迎えに行けず、すまなかった。少し仕事が立て込んでいてね。お詫びと言っては何だが、……コレを」
そう言って渡されたのは、淡いピンクの薔薇に、白の小花と緑が少し添えられたブーケだった。
予想外のプレゼントに心が華やぐ。
派手すぎないそのブーケは、今の私室に飾るのにちょうどいいだろう。
「まぁ! 可愛らしい! 嬉しいです! 閣下、ありがとうございます! ぜひお部屋に飾らせていただきますね!」
(家族以外の男性から花をもらうのは初めてだわ! 嬉しいものね!)
「ああ。……部屋はどうだ? 気に入ったかい? 足りない物などはなかった?」
「いいえ! 素敵なお部屋をご用意くださっていて、とても感激しました! 足りない物もありませんでしたわ!」
「そうか、それなら良かった」
……。
…………。
(か、会話! 何か言わなくては!)
「か、閣下もお疲れですよね! すみません、私ったらこんなところでお引き留めしてしまって。お夕食もまだですわよね?」
「ああ、いいんだ。マリアンヌ嬢は夕食はもう食べたのだろう?」
「ええ。お待ちしてようと思っていたのですが、ジルに言われまして。……閣下がまだなのに、申し訳ありません」
頭を下げる。
「大丈夫だよ。気にしないで。顔を上げてくれ」
閣下の右手が左肩に触れて、少しドキドキする。
顔を上げると、何か言いたそうな閣下と目が合った。
「あの、呼び名なんだが……」
「え?」
「『閣下』ではなく、名前で呼んでくれないだろうか?」
「え、名前? ……あっ! 申し訳ありません、私、緊張してしまって、つい閣下とお呼びしてしまいました。では、アレクサンドル様とお呼びすればよろしいですか?」
「……アレクと。アレクと呼んでくれないか。私と君は、その、……婚約者同士なんだから」
(婚約者同士……)
改めてそう言われると、意識してしまった。
今や私たちは正式に婚約者同士となり、来年には夫婦となるのだ。
……じんわりと頬と耳に熱が集まってくる。
「わ、私のことも、マリーと呼んでくださいませ」
そう言った後、なんだか無性に恥ずかしくなり、赤くなっているであろう自身の耳を隠したい衝動にかられた。
とりあえず左手にブーケを持ち、右手だけで右耳を触る。
すると、アレク様の手が肩から離れ、私が触れていない私の左耳を少し撫でてから、離れた。
……アレク様の手をヒヤリと冷たく感じたのは、私の耳が熱すぎるせいだろう。心臓もドキドキとうるさい。
アレク様が少し微笑んだ気がした。
「マリー」
「は、い、アレク様」
「私はあまり女性に慣れていなくてね。気が利かないところも多くあると思う。だが、これからは君の婚約者として、いずれは君の夫になる者として、君を愛し、君を護っていきたい。だから、何かあったら遠慮なく言ってくれ。……こんな私だが、これからよろしく頼む」
ああ。
素っ気ないだなんてとんでもない。
この方は本当に女性との接し方に慣れていないだけなんだなと思った。
不慣れな中、私の事を思って行動し、言葉を尽くし、距離を縮めようとしてくれている。
私を愛そうとしてくれている。
(……嬉しい)
思わず顔が綻ぶ。
「私こそ。よろしくお願い致します」
アレク様の想いに見合えるようになろう。
護ってもらえるに値する存在になろう。
私もアレク様を愛したい。
そう強く思った。
「マリー、今日は疲れているだろう? 私のことはいいから、部屋に戻って休むといい」
「で、ですが……」
「いいから。……ああ、そうだ。明日の朝は一緒に朝食を摂りたい。少し朝が早いけど、いいかな?」
「もちろんです。ぜひご一緒させてください」
「じゃあ、尚更だ。早く休みなさい。ね?」
「……では、お言葉に甘えて。おやすみなさい、アレク様」
「うん。おやすみ」
そう言って、私は私室に戻ったのだった。
*
「アレク様は、本当にお優しい方なのね」
部屋に戻り、ブーケを見ながらポツリと言った。
「ふふふ。旦那様があのように柔らかい表情をされているのは初めて見ましたわ。マリアンヌ様のことを大事にされているのだなとは思っておりましたが、先程のお2人を見て更に実感いたしました」
「……アレク様の気持ちに応えられるよう、私も頑張らなくてはね」
ブーケを持つ手に、少し力が入る。
「マリアンヌ様なら大丈夫ですよ。……さあ、そのお花は私が飾っておきますので。マリアンヌ様は明日のために、早くお風呂に入って、早めにお休みくださいませ」
「ええ、そうね」
私はそう言うと、ブーケをサラに渡し、お風呂へと向かったのだった。




