Side アレクサンドル 3/3
何故か彼女から目が離せない。
心臓がドクドクと早鐘を打ち、思わず自身の胸に手を当てるが、まったく落ち着かない。
そんな自分でもよくわからない己の状態に、私は1つの可能性を弾き出した。
(もしかして、……彼女なのだろうか?)
――――自分がずっと探し求めていた存在は。
そう思うが、確証がない。
感情と思考が一致せずに混乱し、自問自答を続けているうちに、2人がダンスを踊り始めた。
軽快かつ優雅なステップを息ぴったりに踏む2人。
白いドレスを着ていなければ、とても今夜が社交界デビューとは思えぬその堂々としたダンスは、自然と周りの視線を集めていた。
ターンのたびに長く艶やかな髪がフワリと揺れ、キラキラと輝き舞う白いドレスが美しい。
2人が顔を見合わせて微笑み合えば、あちらこちらから老若男女問わず感嘆と羨望のタメ息が零れた。
そんな2人の姿を見ながら、私は、彼女をリードする事に慣れきっている様子の相手の男に、何故か嫉妬の感情を抱いてしまって。努めて無表情を作らなければ、醜く顔が歪んでしまいそうだった。
――――曲が終わった。
ゆっくりと、だがしっかりと2人に近づけば、彼女たちに見惚れていた人々も私の存在に気付き、道を開けていく。
彼女の側で、彼女に触れ、確かめたい。
その一心で。
私は衆人に注目される中、初めて跪いて女性にダンスの相手を求めた。
*
ホールドを組み、曲に合わせてステップを踏み出したところで我に返った。
彼女の細い腰に触れているという事。
ダンスを踊るのは久しぶりな事。
自分が無口で無表情で女性から怖がられてしまう可能性がある事。
人見知りで初対面の女性との会話に自信がない事。
彼女の髪が舞う度に甘い香りがして脳が痺れそうになる事。
色々な事が一瞬で脳内を駆け巡る。
(と、とにかく何か会話をしなければ……)
彼女を怖がらせたくない。
表情は今更どうすることもできないが、会話をすることならまだなんとかできる。気がする。
「……マリアンヌ嬢はダンスがお上手だな」
彼女はダンスが上手く、とても踊りやすい。そう思ったので、とりあえずそう告げてみる。
「ありがとうございます。閣下こそ、普段からお体を動かされているだけあって、とてもお上手ですわ」
「……確かに鍛錬で体を動かしたりしているが、ダンスは久しぶりでね。内心いつ君の足を踏んでしまうかとヒヤヒヤしている」
本当にヒヤヒヤする。
王族の嗜みとして叩き込まれたステップを体が覚えていてくれて良かった。
「ふふふ、とてもそんな風には見えませんわ。閣下でもご冗談をおっしゃいますのね」
「冗談くらい言うさ。私は冗談も言わないようなイメージだった? ああ、それとも……女嫌いっていう噂のせいかな?」
何気なく私がそう言った途端、彼女が笑顔のままフリーズしたので、会話の方向を間違えたのだとすぐに後悔した。
(は、話を逸らそう! あ、でも、女嫌いは訂正しておかなくては!)
彼女に女嫌いなのだと思われるのは、なんとなく、困る。
いや、苦手ではあるのだが、彼女相手ではそんなこと言っていられない。
「女性と踊りながらする話ではないけど、別に私は女性の事が嫌いな訳ではないよ。ただ、その、女性の方が私を苦手に感じるのだろう?」
「……何故? ……そう思われるんですか?」
キョトンとした顔が可愛い。
「私の無表情は女性に恐怖心を与えるのだと、ちょっと友人に言われてしまってね。もう少し明るい瞳の色なら印象も違ったのだろうが」
「まぁ、確かに、閣下は背もお高くていらっしゃるから、無表情だと少し威圧感を感じますわね……」
威圧感を感じると言われてしまった。
私の印象最悪ではないか。
「やはりか。……というか。すまない。私は初対面のご令嬢に何を話しているのだろうね……」
自分の会話スキルの無さに落ち込む。
焦って何を話してるのか。初対面の女性とするような会話ではないだろうに。
――――曲が終わってしまった。
彼女との時間が終わってしまう。
このまま離れてしまえば、彼女の中で『肩書きだけが立派な、本人は地味で無愛想で会話も下手くそな男』と烙印が押されるだろう。
しかも本当の事だから手に負えない。
シュヴァリエ侯爵家の娘というだけで欲しがる男は多いだろうに、その上、こんなにも美しい人なのだ。
どんな表情をしても愛らしく、所作もダンスも完璧とくれば、私の付け入る隙もないほど引く手数多となるのは目に見えている。
彼女の弟相手でも嫉妬したのだ。
他の男といる彼女など、想像すらしたくない。
それに。ただ、単純に。
(もう、離したくない)
そんな己の衝動のまま彼女の手を握り込み、ホールドを組みなおす。
とても驚いた様子の彼女を見て、ある事を思い出した。
(2曲以上続けて踊るのは婚約者を意味するのだったな……)
それもまた有りかもしれない。
(……だが、彼女は嫌がるだろうか? こんな男が婚約者など……)
また気分が落ち込みそうになっていると、彼女に慌てた様子で声をかけられた。
「えっと、あの、その、閣下はお美しい方ですし、今のままでも十分魅力的ですわ。どうしても気になさるなら表情筋を鍛えればよいのです。それに、その髪も瞳の色もとても綺麗だと思いますわ!」
「……表情筋……のことはよく分からないが、だが、女性は陛下のような明るめの瞳の色を好むのでは?」
「そんなことありません!」
私の瞳をじっと見つめて彼女が言う。
「美しい瞳の色ではないですか。まるで磨かれたグレーダイヤのようだわ。とっても素敵で、私は好きです」
その言葉を聞いた瞬間だった。
自分の中で、何かがカチリと繋がったのは。
まだ少しあやふやだった脳内が一気にクリアになる。
ああ、やはりこの人なのだ。
私がずっと探し求めていた存在は。
頭では諦めようと思っても、心で諦めきれない。ただただ焦燥感が募る日々の中、もし、その存在を見付けた時、私はきっと歓喜に打ち震えるだろうと想像したが。
今この瞬間この身に広がっているものは、彼女が腕の中にいるというとてつもない『安堵感』だった。
「……君はそう思うのか?」
かろうじて声を振り絞る。
「はい!」
その笑顔に、涙が滲みそうになる。
探し求めていた存在が、腕の中にいて、微笑んでいる。そう思うだけで、自然と笑みが浮かんだ。
「……そうか。良かった。……私が探していたのは、やはり貴女だったようだ」
1曲目の終わりで手を離さなくて本当に良かった。
このまま正式に婚約し、結婚しよう。
ずっと求めていたのだ。
見つけたからにはもう離さない。
そこには迷いなど既になく、踊りながらも、頭の中では彼女と結婚するためのこれからの算段をつけるのだった。




