Side アレクサンドル 2/3
仕事用に着ているいつもの騎士服を脱ぎ、黒の燕尾服に着替える。
舞踏会へと向かう馬車の中、昼間に仕事の話をするために行った騎士団の執務室で、オスカーに言われた言葉を思い出す。
――――「そう言えば。この間、今夜の舞踏会にシュヴァリエ侯が来るって言っただろ? ……例の愛娘を連れて来るらしいぞ。デビュタントなんだってさ。なんでもめちゃくちゃ可愛いらしくてな。俺、今日は行けないわけだし、代わりに見てきてくれよ」――――
(……シュヴァリエ侯爵が溺愛していると噂の娘か)
シュヴァリエ侯爵は、なんと言うか、侮れない人物だ。
女性が好みそうな甘いマスクに常に笑顔を浮かべ、飄々とした態度をとっているため一見そうは見えないが、その実は恐ろしく強い武人である。
以前、彼の領地へ視察に行った際に一度だけ手合わせをしたのだが、実力の差は歴然だった。
その一見武人とは思えぬ細身の体から繰り出される剣技は、全神経を集中させてようやく追える程のスピードで、決め手の一突きの際に発せられた殺気には、私でさえも一瞬体が畏縮した。
(あれから3年……いやもう4年経つのか)
私自身あれからは以前にも増して鍛練に力を入れてきたし、騎士団としてそれなりに死線をくぐってきたが、あの実力の差は少しは縮まっているのだろうか。
そろそろもう一度手合わせを願いたいものである。
(ああ、そう言えば。あの時、娘を紹介したいと言われたのだったな)
あの笑顔の鉄仮面にどことなく嫌そうな雰囲気を纏わせながら言われ、珍しいなと不思議に思ったものだ。
まぁ結局は、直前でご令嬢の方が体調を崩されて取り止めになり、そのまま一度もお会いしていないが。
(あの侯爵の娘だ。ただの箱入りではないだろう。となると、確かに少しその姿を見てみたいかもしれないな。……侯爵に挨拶するついでに、令嬢にも挨拶するか)
そう思ったところで、馬車が止まった。
*
馬車から降りるとすぐに周りから見られている事に気付く。
滅多に姿を見せなくなっていた大公の登場なのだ、注目を集めるのも仕方ないことだろう。
「…ふぅ」
早くも帰りたい気持ちになるのを、小さくタメ息をつく事で堪える。
(とりあえず、先に兄上へ挨拶しておこう)
そう思い直し、私は会場へと足を向けた。
*
国王陛下である兄の元へ近づくにつれ、周りの視線が兄と兄に謁見中の人物に向けられていることに気付く。
(誰か珍しい人物が謁見に来ているのだろうか?)
そう思いつつ、人の波を縫って歩く。
といっても、私の存在に気付いた人々がどんどん避けて道ができていくので、ほぼ一直線に兄の元へと向かうことができたのだが。
(あれは……シュヴァリエ侯爵?)
兄たちと話をする、見覚えのあるダークブラウンの髪をした細身の男性と、その隣にはブロンドの髪を綺麗に結えた侯爵夫人と思われる女性、少し後ろにデビュタントを表す白いドレスを着た女性の後ろ姿が見えた。
シュヴァリエ侯が後ろの女性に振り向き言葉をかけると、その女性が前へ出てカーテシーをとる。
その指先、果ては爪の先の動きまで洗練された美しいカーテシーに、周りからは感嘆の声が漏れた。
私自身も少しその後ろ姿に見入っていると、兄と一瞬目が合った気がして。なんとなく気まずくて目を逸らしていると、いつの間にか侯爵家の謁見は終わっていた。
兄に手招きされたので今度は私が兄たちの前に立つ。
一応、大公として国王陛下と王妃であるイネス陛下への挨拶をし、それが終わると兄の方から寄ってきた。
「アレク、ちゃんと来たな。エライぞ」
ニヤリとしながら兄が声をかけてきた。
「あんな風に言われれば来ますよ。今の……シュヴァリエ侯爵でしたね」
「ああ。シュヴァリエ侯爵と夫人、2人の娘で、今夜が社交界デビューのマリアンヌ嬢だ」
(マリアンヌ嬢……)
頭の中で反芻する。
「なんだ? 気になるか?」
少し黙った私に、兄がニヤニヤしながら聞いてくる。
「いや、そう言う訳では……」
「隠さなくともよいのに。ああ、そうだ。お前、今日のダンスの相手、まだ決めていないのだろう? マリアンヌ嬢に申し込みなさい。これは命令だ」
「は?! 確かにまだ決めてはいませんが……何故?」
「何となくそうすれば良いと思ったのだ。直感だよ」
「兄上の直感ですか。……分かりました」
兄は昔からごくたまに「直感だ」と口にする。
自身のイネス陛下との結婚を決められた理由も「会った瞬間にこの人だと直感したからだよ」と言っていた。
これを言い出したら頑固な兄のことである。
マリアンヌ嬢と踊らない限り、今夜は帰してもらえないだろう。
「シュヴァリエ侯にもしっかり挨拶しておけよ」
何故かとてもいい笑顔をして言われる。
「よし、もう下がれ! 早くしないとマリアンヌ嬢が他のヤツと踊ってしまう!」
急かすように肩を軽く叩かれ、私の謁見は終了した。
*
シュヴァリエ侯爵家の人々はなにかと目立つ存在だ。
ホールへ行きマリアンヌ嬢を探すと、侯爵たちと一緒にいる彼女をすぐに見つけた。
(……先約か)
今日のパートナーと思われる若い男にちょうどダンスを申し込まれているところだった。
髪の色や目鼻立ちがシュヴァリエ侯に似ているから侯爵家の子息かもしれない。嫡男がいると聞いたことがある。
彼の申し込みを受けたのであろう。
マリアンヌ嬢が手を引かれ、フロアに出るためにこちらへ顔を向けた。
――――その瞬間。
その姿を、その笑顔を。
ただひと目見たその瞬間から。
私の目は彼女に釘付けとなった。




