Side アレクサンドル 1/3
物心ついた頃から、……いや、恐らく、この世に生を受けた時からずっと、私は”誰か”を探していた――――。
*
私の名はアレクサンドル。
ここオルレアン王国の第二王子として生まれ、現在ではガルシア大公の爵位を賜わっている。
ある日、私が団長を務める第一騎士団についての報告をしに、私の兄であり現国王であるマティス陛下の執務室を訪れた時の事だ。
「今度王宮で開かれる舞踏会だが、お前も出席しなさい」
陛下が報告書に目を通しながら、そう告げられた。
「……突然ですね」
「いや、団長になってからずっと社交界に顔を出していないだろう? お前ももう23だ。23といえば私がイネスと結婚した歳ではないか。そろそろお前もカノジョを作らないと男として枯れてしまう」
「『まだ』23ですよ。それに今の私は騎士団の仕事が忙しいんです。夜会に出ている暇などありません」
「何を言う。団長になってからもう3年ではないか。それにたった一晩だぞ? 一晩くらいなら任せられる者がいるだろう? オスカーだっているではないか」
「……そうですが」
オスカーは第一騎士団の副長だ。
私と同じ23才で、近衛騎士団団長を父にもつ、仕事に真面目な男である。
私と同じ15の時に騎士団に入り、歳も同じ事から、互いによきライバルかつ理解者として一緒に切磋琢磨してきた仲だ。あいつになら何の問題もなく任せられることは確かである。
「では、決まりだな。ビシッとキめて来いよ」
「ハァ……。わかりました」
渋々了解を示すと、確認済のサインが書かれた書類を渡される。
「話は以上だ。下がってよい」
そう言ってニッコリ笑う兄をジト目で睨む。
昔から、兄に口で勝てたことはないのだ。
私はもう一度タメ息をつくと、諦めて一礼し、退室したのだった。
*
「ハァァ……」
騎士団の隊舎にある団長用の執務室に戻る。
持っていた書類を机の上に放って椅子に座り、背もたれに体重を預けると、思わず大きなタメ息が出た。
考えるのは、先ほどの兄とのやり取りである。
「舞踏会か……」
小さな声で独りごちた。
舞踏会や晩餐会といった、いわゆる社交の場にはここ数年まともに出ていない。
というのも。
生来の人見知りな性格からか、人、特に若い異性との会話が苦手なのである。
騎士団という男社会で生活していることもあり、そもそも女性が喜ぶような会話のネタを持っていないし、ワッと捲し立てるように話しかけられても、どう返していいのか分からずフリーズしてしまう。
(ああ、嫌だ。行きたくない。だが――――)
そんなことを考えていると、執務室の扉が開きオスカーが入ってきた。
「あれ、アレク、戻ってたのか」
「……ああ。さっきな」
「……? どうした? 浮かない顔をして。書類に不備でもあったか?」
オスカーが怪訝な顔をして聞いてくる。
「いや。書類は大丈夫だった。ただ、兄上にな」
「陛下? 陛下に何か言われたのか?」
「今度王宮である舞踏会にお前も出ろと言われた」
「へぇ! 舞踏会!」
「そろそろカノジョでも作らないと男として枯れるぞとも言われたよ」
「ハハハ!」
「笑うな。お前だってまだ決まった相手がいないじゃないか」
オスカーは濃いブルーの瞳を持ち、赤みの強い金髪を短く切り揃えた精悍な顔立ちをした男だ。
そういう家系なのか、私とは違い、父親に似たガッシリとした体躯を持つ。戦い方もその体躯を活かしたパワータイプだ。
しかし、その一見怖そうな見た目とは違い、性格は基本穏やかでよく笑うので、私と足して2で割れば丁度いいのにと、よく隊員たちから言われる。
「フハ! ああ、すまんすまん。だが、第一騎士団団長で、自らガルシア大公の名を賜わるお前と、ただの近衛騎士団団長の次男坊とを一緒にするなよ。貴族の23才となれば、そろそろ婚約話の1つや2つ出ていてもおかしくない歳なのは確かだろ? ……まぁ、でも、それにしても意外だ。陛下もそんなこと言うんだな」
「私も驚いたよ。……ああ……行きたくない……」
「お前、人見知りだもんなぁ。無駄に顔が整ってる上に、無口で、令嬢の前でもニコリともしない。知ってるか? 美形の無表情って威圧感ハンパないの。そんなんじゃ怖がられておしまいだって。お前、巷じゃ女嫌いって噂されてるんだぞ」
「無駄って言うな。……噂は知ってるよ。だが、仕方ないだろ? 何を話したらいいのか分からないんだから」
「他の事は器用にそつなくこなすのに、対令嬢スキルだけが壊滅的って。……隊員たち男共にはモテモテなのにな」
「変な言い方をするなよ!」
「ハハハ! あー……でも、出席はしろよ? たしかお前、人を探してるんだろ? 成人した頃はその人を探すって言って、社交界にも顔を出してたじゃないか。……まだ見つけてないんだろ?」
「ああ、そうなんだがな……」
――――そう。私はずっと人を探している。
何気ない日常の、ふとした瞬間に襲われる焦燥感。
脳裏に一瞬だけ浮かぶ”誰か”。
その”誰か”を、心がずっと求めている。
私は”何を”忘れているのだろうか。
私は”誰を”忘れているのだろうか。
頭の中で思い出そうとする度に襲われる、壮絶な無力感に心が叫ぶ。
(護ると決めたのに! ずっとそばにいて、必ず護ると!)
だから、私は騎士団に入ったのだ。
出逢えた時に、護れる自分になっていたかったから。
見つけた時に、今度こそ護ると言いたかったから。
その人を探すために、苦手な人付き合いを我慢して社交界にも出た。
しかし、私の身分からか、沢山の貴族やその令嬢たちが私の前に現れたが、ピンとくるような人物とは一人として出会えなかった。
日に日に募る焦燥感と己に対する無力感。
だが、それを埋めてくれる存在には出会えず、本当に出会えるのかどうかすら分からない。
鍛錬と仕事に没頭する事で気を紛らわせるうちに、気付けば社交界から遠のいていた。
「もしかしたら、その王宮の舞踏会でついに出会えるかもしれないぞ? ……陛下にも言われたんだろ? 仕事は俺に任せて行ってこいよ」
「……わかった。当日は頼む」
「いいっていいって。あ、そう言えば、その舞踏会にシュヴァリエ侯も出席されるハズだから。挨拶しとけよ。あの人怖いからな」
「……わかってる」
私はそう言うと、仕事をする為に頭を切り替えたのだった。




