19、正体
襲撃がないと確信できるまで、ヒデカツは張り詰めた時間を過ごした。
大通りで目撃した犠牲者達は屋内にいても殺されていた。店の中に立て篭もったからといって安心できない。
せめて夜になるまでは、そう考えて警戒を続けていた。
「……大丈夫そうだな」
日も暮れて、再び外を確かめたヒデカツはようやく緊張を解く。
少なくとも見える範囲ではなにか異常はない。一連の事件の犯人であろうガスの類はうろついてはいなかった。
窓の外では昼過ぎから降り始めた雨がまだ降り続いている。
それもバケツをひっくり返したような豪雨だ。砂漠でこれだけの雨が降るというのはヒデカツには意外なことに思えた。
「入れてくれて助かったよ……ありがとう……」
「まあ、代金は貰ってたからな。それにいいもん見られたし」
ヒデカツの言葉に、二階から降りてきた店主はそう答える。
外を警戒しているヒデカツに代わって彼が上の二人に食事を運んだのだ。
あの少女は二階の一室に寝かされて、ルーネが世話をしている。意識はまだ戻ってはいないが、容態は安定していた。
「いいもん?」
「ああ、生命力の操作だよ。冒険者やってるころは魔術師には何人か会ったことがあるが、まさかまた墓守の一族の業を見れるとはな」
「二回目なのか? 初めてみたいな反応してたが……」
「奪うほうは見たことあったんだがな。与えるほうは初めてだ。それにしても、おまえさん大丈夫なのか?」
「あ、オレ? いや、なんともないが……あ、酒はいいよ」
差し出されたグラスをヒデカツは断る。注がれているのは琥珀色の液体、アルコールの匂いが鼻を突いた。
「随分頑丈なんだな。おまえさん、服の下に鱗生えたりしてないよな?」
「正真正銘人間だよ。それより、その時の話を聞かせてくれよ」
「……ありゃ”帝国”との戦のときだったかな。オレは王国軍に傭兵として参加してたんだが、やつらの中に死霊術師が混じってたんだ」
ヒデカツの変わりにグラスを一息に飲み干すと、店主はつらつらと昔話を始めた。
「死霊術師……? そういえば、街の連中がルーネをそう呼んでたな……」
「死霊術師ってのは死体を操ったり、亡霊を支配したりする陰気で性根の腐った連中のことさ」
害虫を見つけたような表情を浮かべながら、店主はもう一杯一気に飲み干した。
「だが、あの子は違う。やってることは少しにてるが、本質的には逆だ」
住民達の勘違いを正すと、店主は気をつけるようにとヒデカツに言外に忠告する。
ヒデカツはルーネが死霊術師と呼ばれたときにどう反応したかを忘れてはいない。
あんなに悲しそうな顔はできればさせたくはなかった。
「ともかく、帝国の兵士は殺しても殺しても生き返って襲い掛かってきやがった。それで仲間がやられればそいつも操られる。死霊術師は厄介だと聞いてたが、あそこまでとは思わなかった」
店主の口から語られる戦場はまさしく地獄絵図というべきものだった。
首をはねられてなお向かってくる敵兵に、死体を材料にした巨人。ただ想像するだけで背筋が凍る光景だった。
「朝から夜明けまでは諦めずに戦ったが……正直、ここで死ぬんだと思ったよ……」
酒で感情を紛らわしながら店主は話を続ける。そのときことを鮮明に思い出しているのか、人の良い顔には深い皺が刻まれていた。
「だが、東の丘から日が射すと状況が一変した。死体どもが急に動かなくなってな」
「……じゃあ、それが」
「ああ、死体どもから奪われた生命力の光さ。死体っても、完全に空ってわけじゃないらしくてな。死霊術師どもはそれを利用してるらしい」
やはり、死霊術師について口にするときだけは店主の声には嫌悪と侮蔑が宿っていた。
「ともかく、オレたちが東の丘に行くと女魔術師がいてな。同じようにローブで顔を隠して眼帯してたよ。嬢ちゃんと一緒でな」
「ローブに眼帯、確かに似てるな……」
「だろう? ともかく今日見た光と同じやつを杖から放ってたよ。オレたちが見たのは夜明けの光じゃなくてその女魔術師の魔術だったってわけさ」
とうとう一瓶丸々の飲み干すと、店主は言葉を切る。先ほどまでとは違って、過去を懐かしんでいるようだった。
「あとから味方の魔術師に聞いたんだが、その女魔術師は”墓守の一族”とかいう特別な連中の一人だったらしくてな。そいつらの役割は――」
「――死者の尊厳を守り、囚われた魂を天に導くこと、です」
いつの間にか階段から降りてきていたルーネがそう言葉を引き継いだ。
勝手に自分のことを話されたことに怒っているのか、彼女の声色には多少の棘があった。
「私の一族のことを知っているなら、軽率に語るべからずということも聞いているはずですが?」
「お、おう、すまねえ、ちょっと口が緩んじちまってな……」
眼帯をしていてもルーネが店主をにらんでいることは明らかだ。
彼女にとって自らのことを他人の口から語られることはあまり好ましいことではなかった。
自身の伴侶となるべき人には自分のことは自分で話したいという乙女心を加味すれば、なおさらそうだった。
「あ、あの子の容態はどうだ?」
気まずい空気を解消すべく、ヒデカツはルーネに声を掛ける。
「お、落ち着きました、このままならば自力で回復できるはずです……」
ヒデカツに話しかけられると、ルーネの声色は一変した。表れたのは緊張と不安、そして、かすかな期待だ。
「そうか……。ありがとう、ルーネ」
「あ、え、その、いえ、私は、でもあの、どうして、私に……?」
ヒデカツに礼を言われたルーネは強い困惑を示した。狼狽しているといってもいいだろう、あまりに予想外な出来事に思考が凍り付いているようだった。
実際、誰かに礼を言われるのはルーネの十八年の人生において初めてのことだった。
「そりゃあ、君が治療してくれなきゃあの子を助けそこなってたからな」
「は、はい、それはそうですけど……私の義務でもありますし……」
「義務だからって礼を言わなくていいなんてことはないだろ。あの女の子だって感謝してると思うぞ」
あくまで固辞するルーネにヒデカツはそう返す。義務であろうと、そうでなかろうと、いいことをしたことには変わりはない。感謝をされて当然、とはいわないものの、されてもいいとは考えていた。
「だから、感謝されたら素直に受け入れていいんだ。別に受けて損するわけじゃないだからな」
「でも……」
「でもはなしだ。オレがマスターだっていうんなら素直に感謝されといてくれ」
そういうとヒデカツはまだまごついているルーネに微笑みかける。
「はい……じゃあ、そうします……」
ルーネは静かにうなずくと、赤くなった顔をフードで隠してしまう。あまりに初心な反応にヒデカツのほうが赤面しそうだった。
「そういや、おまえさんら、結局何に追われてたんだ? 街の奴らかと思ったが、追ってるやつの姿は結局見えなかったし……」
少しの沈黙の後、店主が口火を切る。真っ先に聞くべきことではあったが、落ち着くまではと気を遣っていたのだろう。
「街の人たちとはひと悶着あったけどな。だが、追われてたのはあの人たちにじゃない」
「じゃあ、なんなんだ? 逃げてきたのは確かなんだろ?」
「まあね……」
質問に答えながら、ヒデカツは今日起きたことを頭の中で整理する。
なにかに襲われていたのは確かだが、その正体に関してはまるでわかっていない。
あれがこの世界の自然現象なのか、それとも自分と同じ別世界からきたなにかなのか。正体を探ろうにもわかっている情報があまりにも少なすぎた。
分かっていることといえば、意志があるという事だけだ。
「なあ、ガスが、ああいや、霧とか空気が意思を持つってありえると思うか?」
「さあ……少なくともオレは聞いたことないな……」
「……あれは多分、巨大な人なんだと思います……」
顔を見合わせる二人の前で、おずおずと手を上げたルーネは大胆な推測を述べてみせる。
困惑する二人に対して、彼女にはなにか確信があるようだった。




