第48話 裏切りの短剣
「オリビア……ごめん」
「アイリ!」
「油断した……」
アイリの喉元に紫に光る短剣。
刃先がわずかに触れ、白い肌に赤い線が浮いた。
アイリの背後に、ニヤついた顔が浮かんでいた。
オリビアが顔を顰めた。
「……ゼル」
オルド・イージスの黒い装束。
小柄な男。
肩まで伸びた長髪に青白い肌。
若い。
「仕方ないんだ、オリビア。許してくれよ」
オリビアは、右手で剣を強く握った。
「なぜだ。答えろ、ゼル!」
「僕たちは、ヘルヘイムの死霊を呼び出す邪教集団。そう呼ばれてるの、知ってるか?」
「それがどうした! 私達はそうじゃないこと、お前は知ってるはずだ!」
ゼルと呼ばれた男は、ため息を吐いた。
「ヴォルヴァ会にそう呼ばれちゃあ、お終いなんだよ、オリビア」
「ヴォルヴァ会だと?」
「でも、大丈夫さ。この混沌を引き起こした後ろの異物二人を殺れば、許してくれるらしい」
「なんだと?」
オリビアが、オレとミラを振り返った。
「ワイルドブラッド。ワイルドブラッドを導くミラ・アスクリンド。そいつらをやれば、この問題は解決さ。簡単だろ?」
ゼルの瞳が、妙に楽しそうに歪んだ。
その時、ヴィーゴとノアが駆けつけた。
ノアが立ち止まる。
「ゼル。これは一体……」
ヴィーゴが叫ぶ。
「ゼル! お前、何してやがる! その短剣を下ろせ!」
オリビアが怒鳴った。
「私になぜ言わなかった! オルド・イージスの秩序を乱す気か、ゼル!」
ゼルは再びため息を吐いた。
「おいおい。秩序を乱してるのどっちだ、オリビア。僕は……君を、オルド・イージスを守るために動いてるんだ」
刃が、喉に食い込む。
ああ。
見てらんねえ。
オレは、オリビアの前に立った。
「おい、ガキ。脅しはいい。早くやろうぜ」
オレは手を広げた。
「やる、だと?」
ゼルの目が鋭くなる。
口元の笑みが消えた。
「オレとミラなんだろ、お前の狙いは。来いよ」
ゼルは、アイリに短刀を押し付けたまま、もう一方の手をオレに向けた。
「フン。お前はもう終わりだ」
ゼルの手が紫に光る。
オレは思わずニヤリと笑った。
「ばーか。後ろ見ろ。終わってんだよ、もう」
「え」
ゼルは振り返った。
さっきまで何もなかったはずの、木や蔓がゼルを見下ろしていた。
「なっ!? 何を──」
刃先がわずかに逸れた。
ゼルの踵の土が盛り上がる。
ミシッ、と根が土を裂く音がした。
《神技ワイルドドミニオン》
その瞬間、木々がゼルに巻き付く。
腕。
肩。
地面を割った草木は足。
「ぐっ……!」
「オレは、自然が味方でな」
ゼルの瞳が一瞬揺れる。
「きっ、貴様……!」
「心配すんな」
「なに……?」
オレの瞳が、緑で燃える。
「一発で終わらせてやる」
踏み込む。
地面が割れる。
その瞬間だった。
「ばかやろおおぉ!!」
横から、巨体を揺らし、ヴィーゴがゼルに踏み込んだ。
ドゴッ!
ヴィーゴの肩が、ゼルの細い脇腹にめり込む。
「くはあぁぁ!!」
吹っ飛ぶゼル。
ヴィーゴは、歯軋りした。
「お前は、オレの責任だ!」
その横で、金色の閃光が走った。
「死ね」
アイリの剣が、ゼルの首へ落とされる。
金色の刃が線を引く。
──殺意。
「アイリ!」
オリビアの声。
刃は、首元でピタリと止まった。
「ダメ。アイリ」
アイリは、視線をオリビアに移し、スッと剣を引いた。
「分かった」
アイリが体を起こした。
ゼルは地面を転がったまま、アイリの懐へ蹴りを放った。
「うっ!」
アイリは腹を押さえ、膝を折りかけた体を剣で支えた。
「フフッ。お前らは、何も分かってない」
ゼルは背を向け、墓地の闇に向かって逃げ出した。
「チッ! オレが行く」
後を追ってノアが駆け出す。
「待て、ノア!」
それを、ヴィーゴが止めた。
「なぜ止める?」
「深追いは危険だ! まだ状況が見えてねえ! オリビアの指示を待て!」
ノアとヴィーゴは、オリビアを見た。
「……ゼル。ヴォルヴァ会……」
オリビアは、唇を噛んだ。
何かを噛み殺すように、小さく呟いた。
「……全員、動くな」




