テストはヤマカン一択派。
学園へ向かう馬車は、相変わらず滑らかな走行で朝からめっちゃ快適。
向かいに座るシャルとタイガは、楽しげに昼ごはんに何を食べるか相談中だ。
アナタ達、朝ごはん食べたばっかりでしょうよ……。
それにしても、何気に警戒心の強いシャルがこんなに打ち解けるなんて。
やっぱりアレかしら、タイガの気さくな性格のおかげ?
お義兄さまの使い魔……式神だと知らないからか、まあ気楽に話すこと。
わたしなんて、無駄に式神に対する知識を持っているせいで、やりづらいったら……。
歴史上の陰陽師の片腕である式神のミナサマと比べたら、わたしみたいなぴよぴよヒヨコなんて……ぐぬぅ。
「……ルルさま、緊張なさってる?」
「えっ!?」
それまでシャルとタイガの会話に相槌を打っていたバミが、くるりとわたしの方に身体を向ける。
フェイントだったから、ピクリと肩が上がってしまった。
「ずっと難しいお顔をされてるし……まぁ、百面相が面白いけれど。ふふっ」
「あ、あうぅ」
バレてーら!
バミってわたしよりちょっと背が高くて、小悪魔的で非常に眼福なんだけど、お姉さんっぽくわたしをからかって遊んでる感じがする。
ううん、やっぱり経験の差かしらね!
わたくしめは平凡な小娘らしくからかわれておきます……ハイ。
「姉上……やっぱり前の友達のことが気になってるの」
「んー……」
「前の友達、とは?」
バミが小首を傾げて人差し指を顎に当てる。
それに思いがけず真面目な声でシャルが応えた。
「男爵令嬢の時に親しくしていた人たちだよ」
「ああ、なるほど」
シャルの一言だけで話を理解したのか、両手をぽんと合わせて頷く。
え、いまので何か分かったの?マ?
「ねえ、ルル様?──男爵家が困窮して、貴方が学園を離れて以降もお付き合いがある方は何人?」
「……ひとり、かしら」
「では、その方との御縁を大事になされば良いわ。その他は考える価値もない」
お、おおぅ。
「男爵令嬢から公爵令嬢になった事ですり寄ってくる輩もいるでしょう。むしろその方が多いかも。その辺は私がフォローします。だから、ルル様は昔の御縁も、新しい御縁も良いものだけを大事になさって」
「バミ……」
良いんだろうか。
そんなに甘えてしまって。
現実問題として、数ヶ月の公爵令嬢教育じゃあ生粋の高位貴族の令嬢たちとは埋められない溝がある。
あちらはわたしを受け入れる事に反感を持つ人も多いだろうし。
「……ルルさまもシャルさまも大変だなぁ。アレだろ?成績とかも“出来て当たり前”とか言われちまうタイプのヤツだろ?それで、出来なかったらめちゃくちゃ舐められるし、公爵家の威信にも関わる、とか」
ハイ、その通りですヨ……。
「ま、そこは大丈夫でしょ」
頭の後ろで手を組んで、シャルがニヤリと笑う。
「僕たち、こう見えて結構やれる子なんで」
「それな」
応えてわたしも微笑んだ。
やがて、学園の馬車回しにロックフェルド公爵家の紋章も鮮やかな馬車が到着すると、ザワと周囲がざわめいた。
そのざわめきの種類が、公爵家の事情を知る者と知らない者を分ける。
現ロックフェルド公爵のユリウス・ロックフェルドが後妻を迎えた事を知る者は、馬車の中にいるのが後妻の連れ子だと品定めの視線を馬車に向けた。
公爵家の令息、令嬢としてふさわしいか?
縁を結ぶ事で、実家の陣営に利があるか?
果たして──
従者がステップを用意し、馬車の中に声を掛ける。
最初に馬車を降りたのは、背の高いプラチナの輝く髪の凛々しい少年。
軽く周囲を見回すと、馬車の中に何事か言う。
それに応えて見事な金の髪に琥珀色の瞳の、悪戯好きの天使のような美少年が現れる。
続いて、燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳の大人っぽい中に小悪魔敵な魅力を持つ少女が、プラチナの髪の少年のエスコートで馬車を降りる。
周囲の観衆は瞳の色と滲み出る気品から、赤い髪の少女がロックフェルド公爵家の令嬢かと思いかけた。
だが──
金の髪の少年が手を差し伸べ、そこにそっと手を置いたのは。
腰に届く輝く銀の髪は艷やかで、神秘的な藍色の瞳が温かい色をもって弟へ向く。
まるで月の光から生まれたような、儚げな妖精。
この少女こそがロックフェルドの新しい令嬢だと、その場に居合わせたすべての人間が理解した。
従者から鞄を受け取り歩き出した四人に、自然と道が開かれる。
勇気ある者が「お、お早うございます……っ」と挨拶をすれば、優雅な会釈と挨拶が返る。
そこに傲慢さは微塵もなく、公爵令嬢の柔らかな美声に胸を押さえる者もいた。
中等部と高等部の分かれ道で、弟の公爵令息が姉の耳に何事か囁き、姉の公爵令嬢が微笑んで
囁き返す。
その美しくも微笑ましい光景に、その場でファンクラブが発足されたとか。
「姉上?(こそこそ)」
「なぁに?(こそこそ)」
「昼食は学食にしようよ!日替わりランチ、今日コロッケなんだよ!(こそっ)」
「なるはやで行くわ(キリッ)」
はふ──っ。
第一関門突破ァ!
仄かな微笑みを浮かべたまま、担任の先生の後ろをわたしはバミと一緒に歩く。
いやぁ、馬車からここまで視線が刺さる事、刺さる事!
新学期、新しい公爵令嬢と来ればまあ「どれどれ、へー」ってなるか。
じゃあ仕方なし!
それにしても、今回担任の先生を紹介されてびっくりしちゃった。
なんと、男爵令嬢時代の担任の先生だったのだ。
ダリル・ノクトス──ノクトス先生は若いけどとても優秀で、性格も穏やかで冗談も通じる素敵な先生。
余談だけど優しげなイケメンで、女子人気も高い。
そのノクトス先生が顔だけ振り向いて、微笑む。
「アディール……いえ、ロックフェルドさん。不安も大きいと思いますが、君のクラスは穏やかな生徒の多いのんびりしたクラスですから。安心して下さいね」
「良かったです。ちょっと緊張してましたので……」
「そうですよね……僕も出来る限り助力しますので、何でも相談して下さい」
「ありがとうございます、先生」
ほんとに良い先生だなぁー。
担当の生物科学の授業もわかりやすいし。
おまけにイケメン。
でも独身なんだよね。
まったく、世の女性はなんでこんな素敵な人を放っておくのかしらね!?
「……」
やや後ろを歩くバミが、何やら思案顔で先生を観察している事には気づかず、わたしは意気揚々と新しい教室に足を踏み入れた。
学園の高等部はじっくり腰を据えて勉学に励み、人との関係を構築するためとか言う理念がある。
それに伴って、前世でいう高校一年生から三年生まで、原則クラス替えがない。
すご。
つまりこのクラスで卒業までの二年間を過ごすのだ。
幸い、先生の行った通り穏やかな雰囲気で、“転校生”のわたし達を優しく受け入れてくれた。
しかも嬉しいことに、男爵令嬢時代からずっと一緒だった親友がこのクラスに居た事だ。
「ルル!」
「ディー!」
ディー……ディラレア・モーティスはモーティス伯爵家の長女で、明るくてちょっと姉御肌なところのある可愛い女の子。
わたしが学園を去る時には「ずっと友達だからね!」と涙に暮れて。
……懐かしいなぁ。
「また一緒に学園に通えるなんて……!嬉しい!」
「わたしも!……ディー、泣かないで」
「う、うえっ、だ、だってぇ」
涙もろいのも変わっていない。
嬉し涙を零すディーの目元を、バミが優しくハンカチで押さえる。
「せっかくの可愛らしいお顔が曇ってしまっては私も悲しいわ。どうぞ嬉しい再会を喜んで?」
「は、はわ……」
あ、ディーに輪をかけて“お姉様”な人がいたわ。
「あ、あの、わたしもバミって呼んでも……?」
「もちろん。嬉しいわ、ディー」
「お。お姉様……!」
新しい扉を開き掛けてるディーをさくさく学食に連行する。
はいはい、ご飯食べよーねぇ。
学食はメインフロアも広い上、テラス席やソファ席を含めるとほんっとーに広い!
そこへ中等部から高等部までの生徒が集まるんだから、ここで待ち合わせするのは無謀だったかも知れない。
しくじったかなーと入口を眺める。
「あ、居たわ」
「「え」」
この混雑の中、シャル達を見つけたの?
そうして徐に歩き出したバミを追いかけて行けば、六人掛けのテーブル席に──いた。
こちらに気づいて手を振るシャルとタイガ。
うわぁ、ほんとにいるし。
十中八九、式神同士の繋がりのおかげだろうけど。
もう深く考えるのやめよう……アハハ……。
「けど、ルルも復学した途端中間テストなんて災難ねぇ。まあ、余裕でしょうけど」
ディーがコロッケをナイフで切りながら、ふうとため息をつく。
「どうかな……まぁ、まだ一週間あるし。丸暗記か山を張るか……」
どっちも得意だ。
「山を張ったら教えてー。ルルの張った山、絶対に当たるもの」
「はいはい」
わたし達の会話を聞いたタイガが不思議そうに首を傾げる。
「ルルさまは、どこが問題に出るか分かるって事か?」
「うーん、わたし的には“予想をする”って感じかな?結局は確率の問題だもの」
「ふぅん?」
「他人事みたいな顔をしてるけど。中等部も中間テストがあるのよ、タイガ」
「へぇ!じゃあ勉強頑張らないとだな、シャルさま!」
「うーん他人事が過ぎる」
「こんにちは、ロックフェルド公爵令息、公爵令嬢」
落ち着いた凛とした声がして、周囲がざわめいた。
それもそのはず。
数人のクラスメイトとともに現れたのは──
わたし達は立ち上がり、学園内で推奨されている軽い礼をとる。
「御機嫌よう──皇太子殿下」




