公爵令嬢、反省する。
わたくし、ルルティア・アディール改めルルティア・ロックフェルド。
ただいま、絶賛反省中でございます。
それはもう、“猿のジ〇ウくん”ばりに壁に手を当てて反省中であります。
曇り空の本日。
ロックフェルド家の書庫(軽く前世の市営図書館くらいの広さがある)で、当家についての歴史書を読んでいるのだけど。
読み進めるほどに、ロックフェルド家の偉大さを実感し、その末端に名を連ねてしまった事に震えてオリマス……。
ぷるぷる。
ご先祖様の活躍や実績の数々に感嘆のため息をつき、そのロックフェルド公爵家の正当な後継ぎであるお義兄さまにずいぶんと不敬な事を考えてしまった。
状況証拠はあれど、魔法騎士としても功績を上げるお義兄さまを「陰陽師ちゃうんかい!」なんて。
いや、実際に口に出したわけじゃ無いけど。
偶然かも知れないじゃない?
たまたま式神に似てる使い魔をお持ちなのかも。
ちょっと口がもにゅって関西弁っぽく聞こえただけかも知れないし?
──……限りなく黒に近いグレーだけども!
でも……御本人が知られたくないと思ってらっしゃるなら、それを無理に暴くのは……。
それにわたしだって転生者なのを秘密にしているのに、人にだけ正体を晒せなんて言えない。
だいたい転生者だからなんだって言うんだって話よねぇ。
この世界、この時代に確かに生きているんだもの、わたし達。
自分の人生をしっかり歩んでいければ、それで良いじゃない。
「そのためにも……まずは勉強しなきゃ」
ふぬっと歴史書を握る手に力が入る。
ロックフェルド公爵家の本来の領地は、皇都の西にある広大な土地だと言う事も、美味しい葡萄が採れてワインが名産なのも、今回知ったくらいだもんね……。
お恥ずかしい限りです……。
えええ……わたし、こんなんで公爵令嬢にジョブチェンジ出来るのかなぁ。
わたしはいま十六歳だから、学園にはあと二年は在籍する事になる。
「二年……」
見た目はともかく、公爵令嬢として中身が空っぽなのを隠し通せるのかワタシ……!
んぐぅ、自分で言ってて悲しいよぅ!
「ルル?」
突然頭上から降ってきた艷やかな低音ボイスに、声にならない悲鳴を上げる。
見上げた先は逆光で影になっていたけど、その鮮やかな琥珀色の瞳の輝きは見間違うはずもない。
「お、お義兄さま」
「何をしてるんだい?こんな所に座り込んで」
──反省してました。
とは言えず、えへへと笑って誤魔化すしかない。
「床に直接座ったりしたら身体が冷えてしまう」
そう言って立つように優しく促される。
そ、そうですよね。
歴史書を抱き締めて、片手を本棚に当てて反省してるとか、公爵令嬢らしくないですよね……!
公爵令嬢らしい反省の仕方、どこかに書いてないかなァ!?
「……なにか心配事かい?」
「え」
わたしの手を引いてソファに誘導してくれたお義兄さまが、心配そうに尋ねる。
そしてチリンと小さなベルを鳴らせば、次の瞬間トレイに紅茶を載せたメイドさんが現れた。
ちょ……どこに控えてたの!?
小さなベルの音が聞こえる範囲に居たって事だよね!?
ええええ、公爵家って、公爵家って……あ、クッキー美味しそう。
「それは──ロックフェルド家の歴史書だね」
「あ、はい」
やっべ。
持って来ちゃってた。
「興味があるのかい?」
「それは……その、学園に復帰するまでに、ちょっと知識を蓄えておこうかと……」
「そうか。……やっぱり身体が冷えてしまったんじゃないか?顔が赤い」
「だ、大丈夫デス!」
決して、お義兄さまが首を傾げる度にサラサラ落ちる濃紺の髪にドキドキしてるわけではなく!
我が物顔でソファに飛び乗ってきた白い虎に驚いたわけでもございませんよ!?
ああ、びっくりした!
「ルル、学園だが……無理に復帰しなくても良いんだよ。家庭教師をつける事も出来るし」
実際、令嬢が学園に通うのは義務ではなく実家で礼儀作法や花嫁修業をするケースも多い。
もっとも、社交に慣れるためにも学園の役割は大きい。
まぁ、本音を言えば社交なんて面倒くさいなーとは思う。
でもね。
公爵令嬢になっちゃったんだもん。
お気楽な男爵令嬢のままじゃいられない。
「無理はしていません。ただ、やっぱりちょっと不安で……」
「ルル」
「ぴ」
お義兄さまに両手を取られ、へんな声が出る。
真剣な眼差しに射られて、ピクリとも動けない。
「──心配はいらない。ルルを独りにはしない」
戸惑うわたしに、お義兄さまは妖艶に微笑んだ。
「絶対的な味方を──ルルにあげる」
数ヶ月後。
急ごしらえの“公爵令嬢”の皮を被ったわたしは、新学期に合わせて学園へ復帰する事になった。
ちなみにシャルと二人、寮には入らず自宅から通学する。
うーん電車通学ならぬ馬車通学。
ブレザーを着て首元のリボンを結ぶ。
姿見の前のスツールに座れば、流れるように髪をハーフアップに纏められる。
男爵令嬢の時と同じハーフアップだけど、丁寧に梳かれた髪は艶めいているし、何より髪留めのレベルが違うんだよぅ……。
わたしの銀髪に紛れるように、細い金属で編まれたバレッタ。
い、いくらするのか怖くて聞けない!
コンコン。
「お早う、姉上!」
ひょこっとドアから顔を出したシャルは、通学鞄も持って準備万端みたい。
「おはよう、シャル。早いわね」
「お腹減っちゃってさー」
「もう」
メイドさんたちがくすくす笑ってドアを開けてくれる。
この数ヶ月で“自分でドアを開けない”事にもちょっぴり慣れてきた。
ドヤァ。
「……ねえ、姉上。兄上から聞いた?」
「学園復帰のお祝いの事?」
「うん。みんな口が固くてさぁ。だーれも教えてくれないんだよ」
“絶対的な味方を──ルルにあげる”
あれは……いったいどう言う意味なんだろう。
下さると言うお祝いの事かしら。
でも……“絶対的な味方”って?
首を傾げながら食堂に入ると、そこにお義兄さまの姿はなかった。
侍従の引く椅子に座り、問うように執事長を見れば、スッと腰を折る。
「セレスさまもすぐにお越しに──」
執事長が言い終わらないうちに食堂の入口にお義兄さまが現れて、軽く手を上げて入って来た。
わたし達と同じ、学園の制服を来た少年と少女を連れて。
シャルと顔を見合わせる。
少年はすらりと背が高く、プラチナのような白銀の短髪と金の瞳が印象的だ。
精悍な顔立ちで、ニカッと笑いかけてくれた。
少女は対照的に燃えるような赤いふわふわした長い髪に琥珀色の瞳。
おちゃめな笑顔がとっても可愛い。
「ルル、シャル。今日から一緒に学園に通う──そうだな、側仕えと思ってくれ。挨拶を」
お義兄さまに目線で促され、少年が一歩前に出て礼をとる。
「始めまして。俺はタイガ。シャルさまと一緒に中等部に通うよ。よろしく!」
続いて少女が進み出る。
「私はバミ。ルルさまのお側に。どうぞよろしく」
軽やかに礼をとる少女。
シャルがお義兄さまの顔を見て、わたしに顔を向ける。
わたしの“観察眼”の結果を待っているのだ。
ひとつ深呼吸をして頷いて見せると、ようやくシャルは警戒を解く。
さっそく少年……タイガに話しかけている。
「……よろしくね、バミ」
「ふふっ。学園生活、楽しみです!」
「アハハ……」
じわりと滲む冷や汗をさり気なく押さえる。
あの、あのね?お義兄さま。
ニコニコしてらっしゃるトコ申し訳ないんですけどネ!?
姿が変わっても、気配って変わらないんですヨ!?
しかも『タイガ』と『バミ』って。
まんま『白虎』と『朱雀』じゃないですか……!
わたくし、ルルティア・ロックフェルド。
眉目秀麗、文武両道、優しく気高いお義兄さまの名付けセンスがかなり残念だと身を持って知った。
そんな新学期の朝。
「シャルさま、早く食わねーと冷めちまうぜ!」
「ほんそれ!」
「ルルさまも食べましょ♪」
姉弟して式神を連れて学園に通うとか……不安しかありませんんん──!
誰か助けてヘルプミー!
そんなわたしの心の叫びは、快晴の空にまるっと吸い込まれていった。
あー……お空がキレイ……。




