式神二体はオーバーキル!
“貴方は光の聖女です”
その後の授業はさっぱり頭に入ってこなくて、気がつけばお昼になっていた。
──は?……聖女……?
「ルルさま、時間差で困惑されていないで。お食事です」
「あ……うん……?」
バミがわたしの前に日替わり定食の載ったトレイを置いてくれたけど、いまだ困惑の極みにいるため生返事しか返せない。
まあ、そんな状態だったおかげで、学食に入ってきてからの周囲の視線に気づかずにいられたのだけど。
「……ルル、大丈夫?」
向かいに座るディーが、こちらに身を寄せる。
内緒話をするみたいに口の横に手を当てるので、わたしも身体を寄せた。
「もしかして……“聖女”って聞いちゃった?」
「ぐぬ……っ!?」
「ルルさま、しっかり」
むせるわたしの背中をルルが擦る。
「実はね……先生方からお達しがあったの」
「お達し」
「うん。“聖女関連の事は現在調査中である。いたずらに話を吹聴したり、当人を追及しないように”って」
「……」
調査中の割に、ノクトス先生にはやたらとはっきりくっきり断言されたよ……?
でも、それで分かった。
どの世代でも、聖女が誕生したとなれば大騒ぎになるのが常。
もし、もしもね、わたしが本当に聖女だったとしたらね!?
こんなに呑気に学園に通えてましたかって話なのよ。
生徒たちも遠巻きに見て来るだけだし。
ただ、内容的に速攻で皇城にお呼び出しされていてもおかしくない状況ではある。
……そこはまあ、こちらは身元のはっきりしている公爵令嬢。
しかもロックフェルド家の令嬢だ。
いきなり姿を消したりする可能性が低いから、無理に呼びつける必要も……って。
「在宅起訴……!?」
「ちょっとっ!聖女の誕生なのよ!?なんで犯罪になるのよっ」
小声でぷんぷん怒るディーには申し訳ないけど、気分的には似たようなモンなのっ!
って言うかね、わたしはなんと言われようと否定し続けますからね!?
聖女だとか、そんな大層な存在じゃないのは自分が一番分かってますぅ!
スゴイのはぴーちゃんなんですぅ!
はっ!
まさかわたしが聖女じゃないのは最初から分かってて……黄金の不死鳥を奪うつもりなんじゃ……!?
『ぴ?』
「ぴーちゃん!ぴーちゃんはわたしが護るからねっ」
肩に乗っていたぴーちゃんをひしっ!と抱きしめる。
「……ルルさま、まぁたトンチンカンな事を考えてるでしょう」
「ぬっ」
やれやれとバミが肩をすくめ、ディーは頭を抱えている。
「あのね、ルル。誰もぴーちゃんを狙ったりしてないから!むしろ──」
「ディー」
バミの静かな声に、ディーがハッとして口をつぐむ。
中途半端な静寂がテーブルに落ちる。
あの……“むしろ”って、ナニ……?
なんとなく微妙な空気でランチを終え、教室に戻る途中の渡り廊下。
前から歩いてくるのは──シャルとタイガだ。
「姉上、タイガがなんか話があるって」
「あら、なぁに?」
タイガを見れば、いつもの明るい様子は鳴りを潜め、その瞳は“白虎”の本性を滲ませている
。
「……あー、と。今日の学園ってさ、なんか変な臭いがするんだよな。だから気を付けて」
変な臭い?
わたしとディーは顔を見合わせて首を傾げる。
良く分からないけど、化学教室でまた薬品が破裂でもしたのかしら。
前にもそれで近くを通るとひどい臭いがしたのだ。
あれはマジで酷かった。
「……そう。了解」
答えたのはバミで、琥珀色の瞳が底光りしている。
「おう!じゃあな。行こう、シャルさま!」
「え、ああ。姉上、また帰りに」
「うん。でもいつも待ってくれなくても良いのよ?高等部の方が一限多いんだし……」
「だーめ。図書館で勉強してるし大丈夫だよ。じゃあねー。虫に気を付けてー」
今度は虫!?
なんなのかしら……臭い虫が出たのかしら。
やだー、前世ならバル〇ン焚いてるとこだわ。
アレって古い家で焚くとエゲツナイ事になるらしいのよね。
天井裏が。
「ね」
「いや……“ね”って言われてもわかんないわよ、ルル」
「……もうツッコミませんよ、ルルさま」
「それでさー、クラスの連中が『姉君はお家ではどんな風なの?』とか『好きな食べ物はなに?』とかうるさくって」
「魚より肉!肉食女子なんでっ」
「そこは嘘でも『サラダですぅ〜』とか意識高い系女子に擬態しなよ」
帰りの馬車が整備された森林に差し掛かる。
──その時、それまでふつうに談笑していたタイガとバミの空気が一変した。
バッ!と同時に前方を見ると、次の瞬間には馬車の屋根に乗っていた。
驚く従者と御者に馬車を停めるように指示すると、バミ──朱雀──の守護の炎が馬車全体を覆う。
そして屋根から飛び降りたタイガが、人型のまま咆哮を上げる。
「な、なに!?あ、姉上!顔出しちゃダメだって!危ないよ!」
「そ、外に、誰か立ってる……!?」
朱雀の炎の合間からちらりと見えた。
人に見えた──けど、人じゃない、ナニか。
わたし達に……わたしに害意がある。
どうしてそれが分かるのか。
言葉で説明は出来ないけど、脳が勝手に理解した感じだ。
黒い靄の塊はかろうじて人型をとっていて、
目に当たる箇所にどろりと濁った真円の赤い光。
ずるりと一歩踏み出すそいつは、タイガの咆哮で物理的に掛かった圧に後退る。
「下がれ!この御方はお前のようなモノが目に映して良い存在ではない!」
朱雀は両手を広げ、灼熱の炎を敵めがけて一直線に放出した。
一瞬で塵となったそいつは、風に吹かれて消えた。
だが──
「!」
似たような化物が高速で横からタイガに飛びかかった。
「タイガ!」
シャルが馬車の窓から身を乗り出して叫ぶ。
あああ、危ないってば!
咄嗟にシャルの身体にしがみつく。
「心配ご無用!おらぁ!」
タイガは凄まじい速度で敵の攻撃を避けると同時に、重たい打撃を繰り出す。
ドガァン……!
とても拳から出た音とも思えない重低音が響き渡り、馬車がビリビリと揺れる。
「「……!」」
シャルと抱き合って震えていると、外の空気がすぅ……と綺麗になった気がした。
「……?」
「姉上?」
「もう大丈夫、だと思う……」
窓の外を見れば、朱雀の炎も消えていた。
カチャリとあいた扉から、バミが入ってくる。
「バミ……!怪我は!?」
「ご心配なく。あの程度の小物、準備運動にもなりません」
ホッと肩から力を抜くと、シャルが心配そうにバミを見る。
「タイガ……タイガは?」
「俺はここ!」
窓から逆さまのタイガがヒョイと顔を出す。
どうやら馬車の屋根に乗っているらしい。
「公爵家の結界の範囲に入るまで、念の為にここで見張ってるな!じゃあ、しゅっぱーつ!」
タイガの号令でゆっくりと馬車が動き出す。
あー、びっくりした……!
正体は分からないけど、見るからに良くないモノだったよねぇ……。
お化けって言うか……なんだろう、妖怪?
違うか、うーん分からん。
それにしても、式神二体で迎撃とかオーバーキル……。
「バミ、無茶しないでね」
「ふふ、はい。でも私たちの力はご存知でしょう?」
「もう……友達を心配をするのに理由なんてないんだから」
強いのは分かるけど、ちょっと自重して欲しいと思うわけです!
まったくもー。
ふと見ると、バミがわたしを凝視していた。
「友達……」
「?」
「──私は、貴方の友達、ですか?」
今度はわたしがバミをまじまじと見る番だった。
え、どうしちゃったの、バミ子さんや。
「そりゃ……そうでしょ。え、どうしたの?」
なんか悪いものでも食べた?お腹痛い?
はっ!まさかさっきの戦闘でどこか怪我をしたとか!?
「……いいえ、どこも怪我はしていません」
「読心術ヤバい」
「ふふ……ルルさま。これからも身命を賭してお護りします」
「程々で良いからネ!?」
「ねぇ」
シャルの硬い声。
「タイガと、バミって……何なの?」
──あ……シマッター……。




