光の聖女(ただし無自覚)
「!見て、ロックフェルド公爵家の馬車よ!」
「今日こそは聖女さまにお会いできるかな!?」
「療養中でらっしゃるんだろ?重症だったって聞くし……」
馬車が学園に着くと、なにやら周囲から謎な声が聞こえてきた。
「……」
「……シャル?」
「……毎日、僕だけが馬車から降りるとめちゃくちゃため息をつかれるんだよね。それを聞かされる身にもなってよ」
──聖女さま、とな。
なにそれ誰それ。
「姉上だよ」
「ルルさまだな!」
「ルルさまね」
「んなあほな」
いったい何がどうしてそうなったの!?
あ、そう言えば……前にバミが“光の聖女”がどうしたこうしたって……。
や、違うからね!?
わたし、そんなんじゃないからね!?
ぴーちゃんの毛並みが光って見えたとか、そう言う事じゃないのかな!
きっとそう!
しかし、ずっと馬車の中に籠もっているわけにもいかない。
「とにかく、普段通りに。過剰に反応すれば、混乱を招きかねませんから」
冷静なバミの言葉に、馬車の中の全員が大きく頷く。
「よし!じゃあ、いつも通り俺が最初に──」
タイガが張り切って立ち上がった時。
「──皇太子殿下だ……!」
「ロックフェルド公爵家の馬車に向かわれるわ!」
わあっ!とどよめく生徒たちの歓声が、馬車の中にまで聞こえてくる。
「「「「……」」」」
四人で顔を見合わせる。
「これは、皇太子殿下」
従者が御者台から飛び降り、礼をとる。
「ああ、お早う。……今日は?」
「はい、本日より登校されます」
「!そうか」
いやいやいやいや、なにツーカーな会話しちゃってんの。
“今日は?”だけで意味が通じてるのコワいんですけど!?
しかもしかも!
皇太子殿下が自ら、イチ生徒を迎えるために現れるって何事……!
冷や汗が滲むわたしの気持ちも知らず、従者がノックと共にドアを開ける。
身軽に外に出たタイガが、バミの手を取り降りる。
「お早うございます!殿下」
「お早うございます」
「お早う、タイガ、バミ」
ええ……タイガとバミの名前まで、しっかり把握しちゃってるよ……。
シャルは苦虫を噛み潰したような表情で、馬車の天井を仰いだ。
「……兄上の言った通りだ」
「え?」
「行こう、姉上」
「う、うん?」
ひょいと馬車から降りたシャルが、殿下に挨拶をしてすっと横に避けた。
皇太子と公爵家の次男。
わたしのエスコートをどちらがするか問題は、殿下に軍配が上がったようだ。
ううん、ザ・身分制度。
馬車回しに満ちる、奇妙な期待感に当てられて朝からぐったりです……。
「──お早う、ロックフェルド公爵令嬢」
「お早うございます、殿下」
殿下はわたしの──怪我をしていない方の──右手をとって、馬車から降りるわたしを支えてくれる。
“きゃーっ”と黄色い悲鳴が聞こえるけど、平常心、平常心……!
油断すると口元が引きつりそうになるぅ!
歩き出したわたし達の周囲の人垣がモーゼのように割れる。
端から見たら、皇族と公爵家の令息、令嬢の一団が優雅に微笑み談笑して……。
──実際は、主にシャルとバミからビリビリした視線が殿下に向かって飛んでいる。
おおい、なんでそんなギスギスしてるのー!?
中等部へと向かうシャルは、渋い顔で何度も振り返って、しまいにはタイガに担がれていた。
なにやってるんだか。
「……ロックフェルド公爵令嬢、怪我の具合は?完治したんだろうか」
「あ、はい。おかげさまでもうすっかり。……殿下がお見舞いに下さった薔薇、療養中に気持ちがとても慰められました」
やっぱ、枯れないお花ってイイね!
そこでお礼のハンカチの存在を思い出した。
殿下とはクラスが違うから、いま渡しちゃった方が良いかも。
「殿下、宜しかったらこちらを」
「これは──ハンカチ?」
「はい。右手は動かせたので刺繍を刺してみました。素人仕事で申し訳ないのですが……お見舞いのお礼です」
殿下は軽く目を瞠って、ハンカチをまじまじと見た。
「君がこの刺繍を?……見事だな」
あらやだ、褒められちゃった!
嬉しくて自然と頬が緩む。
「ありがとう……大事にすると誓う」
誓うって、大げさだなぁ。
ハンカチは使ってナンボですから。
ガンガン使って下さいな!
やがて分かれ道になり、そっと殿下の曲げた肘から手を離す。
「ありがとうございました、殿下。では」
「ロックフェルド公爵令嬢!」
自分のクラスに向かおうとお辞儀をすると、珍しく少し焦ったように呼び止められる。
「──その、これから君の事を……ルルティア嬢と呼ぶのを許してもらえるだろうか」
は?
別になんと呼んでもらっても良いが?
背後でバミが片眉を釣り上げた事には気づかず、わたしはへらっと笑った。
「もちろんです」
「……ありがとう。私の事も名で呼んでくれて構わない」
予鈴が鳴る。
「では、──アドレアスさま、御機嫌よう」
さあ、今日からまた学園生活を謳歌するぞ!
おーっ!
意気揚々とクラスに足を踏み入れると、一斉に視線がこちらに集まった。
お?
「ルルさま、なに後ろを振り返ってるんですか。見られているのはルルさまですからね?」
え!?なんで……あ、そうか!
学園に登校するのも十日ぶりだもんねぇ!
重症説も流れてたみたいだし、いやあ心配かけてごめんねっ。
「ルル!」
「あ、お早う!ディー」
したたた!と淑女に許される最高速度で駆け寄ってきたディーは、心配そうに眉を寄せる。
「怪我、もう治ったって言ってたけど……痛みはないの?」
「うん、十日間ゆっくり養生したしね。あ、これお見舞いのお礼!」
クッキーの箱を見て、ディーの表情がぱあぁ!と明るくなる。
「わあ!クッキー!?やだー、太っちゃう〜!」
「言うと思った」
そこで本鈴が鳴り、ノクトス先生が教室に入って来た。
「みなさん、お早うございます。今日は先日の中間テストの総合評価表を配りますよ。出席番号順に呼びますねー」
わたしは息を呑んだ。
総合評価表って、筆記と実技の成績を纏めたやつだよね!?
あのっ、あのっ!
わたし実技がまだ……!
あああ……補習……間に合わなかったか……。
「では、次。ロックフェルドさん」
「ぁい……」
しおしおと教卓に向かい、笑顔のノクトス先生から評価表を受け取る。
……まあ、まだ高等部の一年生。
これから挽回していけば何とかなる!
今回は状況が特殊だったし!
でも、コレ……お義兄さまに見られたら怒られたり……は、しないか。
とは言えせっかく召喚魔法の練習に付き合ってくれたのに、申し訳ない気はするけど。
はぁとため息をついて、評価表を開く。
ん……?
【中間テスト結果】
《筆記・・・・・A+》
《実技・・・・・S》
《総合・・・・・S+》
「……!?……!?」
「どうなさったの?ルルさま。そんなに何度も開けたり閉めたりしても、成績は変わらないと思うけれど」
「いや、あ、あの、これ、ええ?」
驚くより、喜ぶより、謎すぎてコワい!
わたし実技を受けた事になってる!?
てか《S》ってなに!?
どんな力が働いてんのコレ!
評価表の結果を見せ合ってわいわいと賑やかなクラスメイトを他所に、わたしは青くなって固まっていた。
こ、これはあとでノクトス先生に聞かないと!
一限目の授業が終わり、ノクトス先生が廊下に出たところで声を掛ける。
「ノクトス先生っ」
「おや、どうしました?」
うーん、小首を傾げるのもイケメンがすると様になる……じゃなくて!
「あの、わたし魔法実技を受けてないのに……評価が付いていて」
「ああ!その事ですか!……教師陣、満場一致での《S》ですから安心して下さい」
あ、安心できるか──っ!
「教師陣って」
「あの時、魔獣と戦った教師陣たちです。……貴方は召喚獣を手足のように使役して、ある時は戦い、ある時は生徒たちを護ってくれました。そして皇太子殿下の怪我を癒した」
ノクトス先生はふっと笑った。
「その活躍と献身には《S》が相応しいと決まったんです」
わたしはぽかんとノクトス先生を見返した。
だって……だって、あれは全部ぴーちゃんの力なわけで。
わたし自身はなにも出来なかったし、腰抜かしてたし。
ぴーちゃんに『やっつけて』だの『護って』だのと頼みはしたけども。
「ですので、補習をして頂くわけにはいきませんか?」
「は!?補習、ですか!?」
「はい!」
ふぬっ!と拳を握り必死に要請するが、ノクトス先生は困ったように眉を下げた。
「ロックフェルドさん……あれだけ強大な召喚獣を操る事が、どれだけ特殊な事かお分かりですか……?」
「え」
「……貴方が召喚樹を使役する時、“光属性”の力を放出している事に気づいていますか?」
まったくピンときていない様子のわたしに、ノクトス先生が、厳かに告げた。
「────貴方は“光の聖女”なのですよ」




