家族。
生みの母にはなんの感情も持っていなかった。
ただ、自分を産んで──捨てた女。
公爵家に置いていった方が子供のためと思ったのか?
だが、程なくして男爵家の嫡男と結婚した事を考えると、コブつきでは生きていく足枷になると思ったのではないか?
まあ、自分と関わりのない世界で勝手に生きていれば良い。
彼女には、なんの期待も興味も無かった。
そう思っていた。
父親が『彼女を後妻に迎えたい』などと言い出すまでは。
かつての離れ離れになった恋人と、自分の寿命が尽きるまでに一緒になるのだと興奮気味に語る父親。
穏やかな表情を貼り付けて、話に相槌をうちつつ『公爵家からの申出を断りはしないだろう』と冷めた頭で考えていた。
だが、ロックフェルド公爵家の後継者として、害となるようなら話は別だ。
アディール男爵家の表面的な情報は正規の方法で集めた。
それは拍子抜けするほど簡単だったし、情報の中身も特筆するような事は無かった。
当主のマクシミリアン・アディールはやや気弱なところがあるも誠実で、裕福ではないが堅実な生活を営んでいたようだ。
家族構成は妻と十六歳になる娘と十四歳の息子。
娘の報告書のところで、視線が止まった。
孤児院から引き取った……養子か。
つまり、自分とは血はつながっていない。
学園の成績は中の中。
なにか特化した才能も──ない。
ただ、それらを補って余りある美しさの持ち主らしい。
男爵令嬢から公爵令嬢になるのだ。
高位貴族の礼儀作法を叩き込んで、良い縁談を用意してやるのも良いか。
弟の方は、自分とはいわゆる異父兄弟に当たる。
学園での成績も悪くない。
攻撃魔法が得意とあるし、本人が望めば公爵家の次男として騎士団へ推薦も……。
ほんの少しの興味と気まぐれ。
ブルー……青龍に乗り“姿消し”の術を纏って、アディール家の上空を飛ぶ。
貴族の邸宅にしては小さめの館。
だが、庭木の手入れはしっかりされており、丁寧な暮らしぶりが伺えた。
その時、玄関の扉が開きトランクを持った外套姿の若い娘が二人出てきた。
察するにアディール家のメイドか?
続いて玄関から出てきたのは──
『お嬢様、坊ちゃま……お世話になりました』
『どうか、お元気で』
涙目のメイドたちの手を、銀の髪に藍色の瞳の娘がそっと握る。
『あなた達こそ、これからも元気でいてね?約束よ』
『二人の新しい勤め先、僕も見に行ったけど……良さそうなところだった。でも、もし違ったら遠慮なく言ってよ』
『ありがとうございます……坊ちゃま』
『では……』
最後に全員でハグをして、メイド達は去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送る姉弟を、じっと見つめる。
お互いを支え合うように身を寄せ合う二人。
……それは、自分が持つことが叶わなかった“家族”の姿そのものに思えた。
やがて館の中へ戻る二人を見つめる自分の瞳に、羨望の色が浮かんでいる事には気づかなかった。
銀の髪の少女を見た時に、自分の中に芽生えた気持ちにも。
「お義兄さま?」
「兄上、どうしたの」
飛ばしていた意識が呼び戻され、だがそれを悟らせない表情でティーカップを傾ける。
「いや……お茶の時間に相応しくはないが、この間の件について続報があってね」
「はっ!あの悪党達のことですね!?ぴ──ちゃ──んっ!」
「だーかーら!実力行使やめなって!ぴーちゃん呼ばない!」
わたしはお義兄さまの“報告”を、全身を耳にして聞いていた。
シャルの手を握りながら。
「連中の財産はすべて差し押さえられ、賠償に当てられ始めた。身分は剥奪、当時公文書偽造に関わった中で生きている者は捕縛。取り調べ中だよ」
そこで、お義兄さまはいったん言葉を切った。
「賠償額は莫大な額になるだろう。これから先、新たに支払われる特許料もね。……どうする?」
「どうするって……」
「もちろん、すべてシャルの名義で管理してくださいませ」
困惑顔で呟いたシャルに、わたしははっきりとお義兄さまに宣言した。
「それらはアディール家の正当な後継者であるシャルが受け取るべきものですもの。あっ、でも無駄遣いはダメよ!?お義父さまみたいに堅実に使うこと!」
その辺、お姉ちゃんしっかり見張ってますからネ!
ふぬ!
シャルはぽかんとしていたけど、やがて泣き笑いの表情でぽすんとわたしの右腕にもたれた。
「ほんとにさぁ……姉上、そーゆーとこだよ、そーゆーとこ」
「解せぬ」
目の前の家族愛に裏打ちされたやり取りに、セレスは眩しげに目を細めた。
前世、陰陽道を極め強大な力を振るい、並み居る怪異を屠ってきた。
だが、人の温かさも、情もなにも持ってはいなかった。
今世では人付き合いらしきものは多少あるが、常に優しげな仮面を付けて生きている。
持つ者と、持たざる者。
その境界線が確かに存在するのだ。
「お義兄さま」
「兄上」
ハッとして、声の方を向けばルルとシャルの温かい笑顔。
──そして小さな温かい手が自分の両手に重なっていた。
ルルは両手でそれぞれセレスとシャルの手を握り、シャルもそれに倣い、セレスとルルの手を取り、三人の小さな円を作る。
「お義兄さま、わたし達の後について言ってくださいな」
「え」
「「“ひとりはみんなのために”」」
「……ひとりは、みんなのために」
「「“みんなはひとりのために”」」
「みんなはひとりのために」
“ルルの庭”に涼やかな風が吹く。
「これは……?」
「姉上のお気に入りの詩なんだって」
「ふふ、そうです。困難に見舞われた時、仲間で──家族で力を合わせて戦う時の、元気の出るおまじないです」
──仲間──家族──
「その環の中に……私も入れてくれるのかい……?」
ちゃんと微笑んでいるだろうか。
声が震えてはいないだろうか。
「もちろんです!」
「あったりまえ!」
両腕で妹と弟を抱き寄せたセレスは、きゃあきゃあと楽しげな二人の声が天からの祝福のように思えた。
「教科書と、運動着と……あ、お見舞いのお礼も持っていかないと」
明日からの登校に備え、あれもこれもと通学鞄に入れていく──入らんな!
十日の療養期間を経て、左腕もばっちり動くようになった。
ただ……短剣が呪術を纏っていたせいか、実は薄っすら傷が残っているのだが、これについてはお義兄さまから箝口令が敷かれている。
『特に、皇太子殿下には内緒だからね!』とは、アレかな。
殿下が責任感じちゃうからって事かな。
あの時、ただでさえ自分の力不足に落ち込んでたんだもん。
これでうっかりわたしに傷が残ったとか知っちゃったら、また凹んじゃうよねぇ……。
殿下、真面目だからなー。
わたしがそう言った時のお義兄さまとシャルの顔が、ちょっとヘンだったけど。
はて?
ま、いっか!
お見舞いのお礼を別の袋に入れ直し、鞄の横に置く。
ディーからは綺麗なお花と本をもらった。
お礼は焼き菓子にした。
あの子の事だから「太っちゃう〜!」とか言いながらも、喜んでくれるだろう。
で、よ。
悩んだのは……殿下へのお礼。
皇城からの使者が公爵家に訪れたのは、五日目だったかな?
お義兄さまは騎士団に出仕していて不在だったから、シャルと執事長のブルーが対応してくれた。
わたしはホラ、療養中だったから。
頂いたのは、それは見事な一輪の薔薇。
──なんと、水晶で出来ている。
おおー、こりゃ枯れなくてイイね!
って言ったら、シャルとブルーから真顔で呆れられた。
帰ってきたお義兄さまからも、時間差で呆れられた。
なぜ。
い、いやわたしだって、これが民芸品?芸術品?としてスゴイって分かるのよ!?
でもさ、前世が一般人かつ小市民としてはさ?
枯れない花って「コスパ良しっ!」って思っちゃうんだよぅ……。
ごめんね、殿下……。
わたしは悩んだ末に、刺繍を刺したハンカチをお礼にする事にした。
手先が器用で良かったー。
ちくちくちく。
ひたすらにちくちくちく。
龍と剣、盾のデザインの中に、殿下の名前を紛れさせてみた。
あんまり目立つような意匠だと、渡す相手が皇太子殿下だからちょっと問題が、ね。
まー、学生同士なんだから、そこまで目くじらは立てられないだろうけど。
ん、でも学生のお見舞いにしては、水晶の一輪花って……。
アハハハ……。
「そうだ、ノクトス先生に実技テストの事をきかなきゃ!」
わたしと来たら本来の実施日に受けられず、別日にも受けられず。
中間テスト期間はとっくに終わっている。
それは分かってるけど、どうにか補習をしてもらえないだろうか。
両日とも受けられなかったのは不可抗力なんです!
自分、やる気あるッス!
翌朝。
早くに騎士団へ向かうお義兄さまは、心配そうにわたしの両肩に手を置いた、
「いいかい、ルル。療養後と言うのは自分が思うより体力が落ちているものだ。決して無理をしてはいけないよ?」
「はい、お義兄さま」
「運動もしばらくは禁止だ。ああ、本当に今日から登校するのかい!?あと一ヶ月くらい家で療養した方が良いんじゃないかな。……うん、それが良い、そうしよう!」
「ブルーさん」
「はい、お嬢様。──さあ、セレスさま行ってらっしゃいませ。よいせっと!」
「あっ、こらブルー!ああああ、ルル──っ!」
ブルーさんに問答無用で馬に乗せられたお義兄さまの姿があっという間に小さくなっていく。
うーん、さすがはお義兄さまの愛馬。
脚、はっや。
「さ、お嬢様。朝食に致しましょう」
「はぁい」
わたしはご機嫌で食堂に向かった。
学園で、わたしの“光の聖女”疑惑がさらに加速しているとも知らず。




