嵐の前に風邪を引く。
「お祖父様も父上も……正当な権利を得ないまま亡くなったんだ……」
シャルが悔しそうに唇を噛む。
──わたしは、拳を握り締めた。
「つまり、その鉄道運営機関の長老組合とやらを潰せば良いのですね?ぴーちゃん、おいで」
「「え」」
部屋着の裾を捌いて立ち上がる。
「成敗して参ります」
「待て待て待て待て!」
「待って待って待って!?」
両側から肩を押さえられ、ベッドに逆戻り。
ふぬ──っ!
シャル!寝間着を掴むの止めなさいっ。
えいっ、えいっ。
ぺしぺしとお義兄さまとシャルの手を叩いて抗議するけど、二人ともびくともしない。
「ル、ルル!?落ち着いて!?」
「姉上っ!たまにイノシシみたくなるの何なの!?」
「悪を野放しに出来ませんことよゴラァ!あとイノシシ、可愛いじゃない!」
「イノシシ公爵令嬢とか草生えんだけど!?」
イノシシに対する風評被害が過ぎる。
イノシシに謝れ。ごめん!
「言っただろう?“正義はなされる”と。連中には社会的な制裁が下される手筈になっている。……数十年に渡る横領期間だ。財産も信用も、何もかも失うだろうさ」
お義兄さまはわたしの頭にぽんと手を乗せた。
「──容赦はしない」
わたしの部屋のベランダからは、お義兄さまが作ってくれた庭園が眺められる。
「お嬢様、お寒くございませんか?」
「ええ、とっても快適。ありがとう」
長椅子にふかふかのマットを敷き、背中はクッションで支えられている。
庭園を眺めるためだけに、この準備。
療養中にも関わらず、なんかめっちゃ贅沢……!
ちょっと優雅過ぎないかなァ!?
『ぴっ!ぴっ!』
庭園ではぴーちゃんが楽しげに飛び回っている。
お義兄さまの式神や──召喚獣たちと。
「……」
そりゃ持ってるよネ、召喚獣。
いやー……大小さまざまな召喚獣がいるわいるわ、ざっと十二体。
いま、この庭ってば火力高すぎぃ……。
こんなに式神や召喚獣を家に置いていって、お義兄さまは大丈夫なのかしら。
その疑問を、左腕に治癒の力を注いでくれている天后さんに話すと、きゃらきゃらと笑われた。
『主はその身ひとつで、大陸をも消滅せしめる御方。心配なさらないで』
ええ……消滅させた事あるのかな……聞かないほうが良いかな……。
『それにしても、ルルさまがわたくし達の姿が見えている事、あっさりバレましたわねぇ……』
「それなー……」
だって、腕を治療してくれてる天后さんと、ふっつーに話してたからね……。
お義兄さまはちょっと目を瞠って『ルル、天后が見えてるのかい?』って言うと、他の式神を呼び出したのだ。
『この子たちも見える?』って言われて、『お、お義兄さまの召喚獣はちょっと変わってますわね!オホホホ!』なんて誤魔化したけど。
……誤魔化せたかなー、だめかなー。
朱雀のジト目が刺さって痛かったデス……。
でも、バミ達が召喚獣じゃなくて“式神”だって知ってる、という事は──陰陽師を知ってるって事だから。
隠し通さないとだよね……!
「……くしゅんっ」
『あら、少し風が出てきましたわね。お部屋に戻りましょうか』
「うん」
これで風邪まで引いたら笑えないし。
人はそれをフラグと言う。
「ルルが?」
「はい。お熱を出されて」
ブルーに外套を預けながら、セレスは薄っすら眉間に皺を寄せた。
玄関ホールから二階に続く階段を、心なしか早足で登る。
「天后が側に付いていたんとちゃうんか」
「いまもお側に」
思わず、と言ったように出た主の関西弁をさらっと流し、ブルーはセレスの後に続く。
「なんや、あれ」
廊下の先のルルの部屋。
開いた扉から、おのれの召喚獣や式神の身体の一部がところ狭しとはみ出しているではないか。
「おやおや。みなルルさまが心配で押しかけてしまったようですなぁ」
「まったく……ほら、お前たち、どきや」
主の登場に、召喚獣や式神が不安そうに鳴き声を上げる。
セレスは苦笑しつつ、頭を撫でて宥め部屋に入る。
ベッドを覗き込むと、白い頬を赤く染めたルルが眠っていた。
はふはふと熱い息を繰り返している。
天后がその額に手を当てて、命じられるまでもなく治癒を施しているのを見て、ひとまず小言は後にするかと声をかける。
「──どないや」
『大事には至らぬかと。……申し訳ございません』
「ん……お義兄さま……?」
ぼんやりと目を開けたルルが、セレスを認めてふにゃりと笑い、また眠ってしまう。
「……」
布団の上に出ていた左腕をそっと掛け布団の中に入れてやり、目元を柔らかく緩めて微笑む。
「天后」
『はい』
「今回は……勘弁したるさかい、きっちり治してや」
『──御意』
天后は背中に伝う汗を意識した。
義妹の頬に優しく触れる、主。
だが、ルルに話した事は例え話ではなく真実だ。
この男の怒りに触れれば……下手をすれば本当に大陸ごと消されていただろう。
そんな強大な力を持つ男の手綱を握るのは、ひとりの美しい少女。
……もっとも、本人はそんな事になっているとは露ほども思っていない。
それが逆に恐ろしかった。
身震いをひとつして、天后は力を強めた。




