わたし達は三銃士!
セレス・ロックフェルド。
シャゼリア皇国の五大公爵家の筆頭、ロックフェルド公爵家の後継者にして、皇軍の魔法師団で大隊長を務める。
膨大な魔力と豪剣の持ち主でありながら、その容姿や立ち振舞から“雷の貴公子”と呼ばれている。
そのセレスは、濃紺のやや長い髪を無造作に流し、金の瞳に静かな怒りを湛えて皇城の渡り廊下を歩いていた。
ずんずんと進むセレスの後ろから、魔法師団で副隊長を務めるトーダ・ロストールが小声で話しかける。
「……主、顔、顔。いつもみたいに微笑まないと。ヤバい顔してますよー?」
「……」
すっと穏やかな表情に擬態したセレスは、前を向いたまま囁く。
「外では大隊長と呼べと言っているだろう、騰蛇」
トーダ──騰蛇は細い目をさらに細めてニヤリと笑う。
「ふっふ。はいはい」
「まったく……」
静かに息をつき、やれやれと首を振る。
今日セレスは皇城の中にある、普段あまり訪れる事のない一角を目指していた。
事務塔──皇城や皇軍、その他もろもろ国を回す上で必要な経費処理を一手に引き受ける。
その中には様々な契約事に携わる部署が存在する。
セレスの目的地である。
「ジェイダ殿にお会いするのも久しぶりですねぇ。お元気だと良いんですがね」
「まあ、どうせ机に齧りついて“背中が痛い”だの“腰が痛い”だのと言ってるだろうよ」
あいつは学生の頃からそうだった。
分厚い眼鏡をかけ、学園の図書館でも本に齧りついていた旧友。
特別魔力や剣に秀でている訳ではなかったが、細かい作業を任せた時の集中力たるや凄まじいものがあった。
それに頭の回転も早く、教師陣も舌を巻くほど聡明でもあった。
まさに、ここはあいつにぴったりの部署だな。
大きな扉の前に立ち、壁に埋め込まれた半円型の水晶に手を翳しながら、ふっと微笑んだ。
水晶が仄かな光を放ち、扉の鍵がカチリと音を立てて開く。
「これは、ロックフェルド大隊長さまにロストール副隊長さま。事務局長に御用でしょうか?」
「ああ」
「どうぞ、こちらへ」
事務塔付きのメイドに案内され、一番奥の部屋へたどり着く。
「事務局長、お客様がお見えです」
「ん……」
目の前の書類に集中して生返事を返す上司には慣れているのか、メイドはセレス達にソファを勧め、紅茶を出して退出する。
「ジェイダ」
セレスはしばらく何も言わず出された紅茶を飲んでいたが、旧友のペンが止まったのを見計らって声を掛けた。
「え?あ!セレス!?え?いつ来たの?」
「……たった今かな」
「そ、そっか。僕、また集中しちゃって……ごめんよ。あっ、トーダも久しぶり!」
人の良い笑顔で、学生時代からセレスの側にいたトーダに挨拶をする。
「どうも。……昨晩お願いした件ですけど、どうでした?」
軽い調子で尋ねるトーダに、ジェイダは眉を下げて済まなそうにセレスとトーダを見返した。
「うん……あの、君たちの予想通りだったよ」
そう言って取り出したのは、アディール家の蒸気機関特許に関する契約書だ。
「アディール家が受け取るべき特許料は……鉄道運営機関の長老組合に搾取されている」
「……」
セレスのこめかみに青筋が浮かぶ。
ルルとシャルの祖父は、もともと職人気質の一般人だった。
複雑な特許手続きや書類を目の前に山と積まれて、その中のたった一文が自分に不利に働くものだと理解できるだろうか。
まあ、無理だろうな。
「ジェイダ、この一文を見つけてくれて助かった。さすがの集中力だな」
セレスが連絡を入れたのは昨晩。
それからの短時間で、膨大な書類を精査するなんて──こいつに頼んで良かった。
感謝を込めて旧友を握手を交わし、セレスはその場を後にした。
歩き出したセレスの拳が、関節が白くなるほど強く握り締められているのを見て、トーダはすっと目を細めた。
嵐の到来が近い。
「ほら、ルル、あーん」
「お、お義兄さま、わたし自分で、えっと」
夕刻、帰宅したお義兄さまは買ってきたケーキを持ってお見舞いに来てくれたんだけど。
もう、スプーンすら持たせてくれないよぉ!?
「何を言ってるんだい、ルル。まだ腕を動かしちゃダメだよ。めっ」
いや、「めっ」じゃなくて。
怪我をしたのは左腕でして。
わたし右利きなんで!大丈夫です!
……って何度も言ってるのにー!
にっこり笑って引いてくれないお義兄さまに、諦めの境地で、ぱかっと口を開けた。
「ん。いい子だ」
「んぎゅぅ……!」
口に入れられたケーキも甘いが、お義兄さまの口調も甘ぁい!
こんなの歩く十八禁だよおおおお!
わたしメイドさん達に聞いたんだからね!?
お義兄さまが夜会に出席したら、その美丈夫ぶりで、老いも若きも女性陣をメロメロにしてるって……!
くうぅ!
あああ、お義兄さまの正装姿、見てみたい……っ!
ホンネを言えば、見るだけじゃなくてドレスで着飾ってエスコートしてもらいたいし、ダンスも踊りたいいぃ!
あ、でも……。
ひとつの可能性に、ドキンと胸がざわつく。
お義兄さまは筆頭公爵家の後継者だ。
で、あれば。
二十歳のお義兄さまに、婚約者がいないとは考えづらい。
もっとも、公爵家に来てから婚約者の「こ」の字も聞いた事はないんだけど……。
嬉しそうにわたしを見つめるお義兄さまを、もぎゅもぎゅとケーキを頬張りながら、ちらりと盗み見る。
……それはそれで、変、よね?
それはさておき。
わたしは昨晩お義兄さまに相談した件がどうなったのか、尋ねるべきか悩んでいた。
ま、まあ、昨日の今日だし。
そんなに速く進展する訳ないって分かってる。
でも、なにか……なにか、ちょっとでもと期待してしまう。
だけど、この話はきっとお義祖父さまの時代に遡る。
実質アディール家が無くなったいま、たとえ真実が分かったとしても……。
コンコン。
「兄上、姉上──あ!美味しそうじゃんっ」
ひょいと扉から顔を出したシャルが、目敏くケーキを見つける。
「皇都でも有名な店のケーキだよ。シャルもお食べ」
「やった!」
シャルが軽い足取りでベッド横に据えられたテーブルセットの椅子に座ると、メイドさんが速やかに紅茶を給仕して、退出した──全員。
お義兄さまが人払いをしたのだ。
部屋にはお義兄さまとわたし、シャルの三人だけ。
シャルはフォークを持ったまま、お義兄さまとわたしの顔を交互に見ている。
聡い子だから、何かあると分かったのだろう。
形の良い眉を寄せて、怪訝な顔をする。
「──なに?何かあったの?」
「シャル。これはルルが相談してくれた事なんだが……」
お義兄さまから、アディール家の特許の話を聞かされ、シャルは目を瞠った。
息を大きく吸って、肩を落とす。
「なんで……気が付かなかったんだ……」
自分を責めるシャルの手をとり、頭を撫でた。
シャルが気が付かなくても仕方がないもの。
お義父さまがなくなるまでは、本当に普通の男の子として育った、十四歳になったばかりの少年なんだから。
むしろ、前世を含めはるかに年上のわたしが、もっと早く気が付くべきだったよね。
ホントに無駄に歳食ってんのに、いざっていう時に役に立たないんだもの……!
いいえ、それを言うなら義両親がもっと……今更だけど。
「二人とも、自分を責めてはいけない。事の始まりには生まれてもいなかったんだから。……責任を負うべきは、周囲の大人たちだよ」
それでも俯いたままのシャルの肩に、お義兄さまが手を置いた。
「……すまない」
シャルがゆるゆると顔を上げる。
「なんで……兄上が謝るの」
「君たちの母君の件でアディール家を調査した時に、もっと深く調べていれば分かったかも知れないからだ。……だから、すまない」
「もし、その時に分かってたら……姉上は学園を辞めずに済んだ……?」
「かも、知れない」
「そっか……」
シャルのその言葉に、わたしが学園を去る事になった件が、いかに弟の心を傷つけていたのか思い知らされた。
……わたしが学園を去った、と言うより……自分だけが学園に残った事、だろうか。
でも。
どちらだとしても。
「お義兄さま」
二人がこちらを向く。
「わたし達、誰も悪くありません。仰った通り、大人たちの悪意と怠慢がアディール家を潰したのです」
「ルル……」
「それに、話題に出されたという事は……なにか進展があったのでしょう?」
それが「何も分からなかった」であったとしても──覚悟は出来ている。
よっしゃ!なんでもどんと来い!
お義兄さまが柔らかく微笑んで、わたしとシャルの手をそれぞれ握る。
「今回の件で、旧友の手を借りて調査した」
ぐっと手に力が入った。
「安心して欲しい。──正義はなされる」




