アセロラ味は嫌いじゃありません。
うーん、わたしってば安易に寝込みすぎじゃない?
もっとも前回(ぴーちゃん召喚)も今回(怪我)も、不可抗力でしかないんだけど。
え?不可抗力だよね?
違ったらどうしよう……。
しかし学園から公爵家に運び込まれるのが二回目ともなると、使用人の皆さんの過保護ぶりが加速しちゃって……。
もう箸より重いものは……いや、スプーンより重いものは持たせてくれないし、わたしがベルをなかなか鳴らさないもんだから、定期的にメイドさんたちが“ご機嫌伺い”に来るようになっちゃったし。
わたしの「大丈夫」は当てにならない、らしい。
やだわー失礼しちゃう〜。
ぷすー。
左腕が熱を持ってじんじんと痛む。
おまけに包帯でぐるぐる巻きにされて、めっちゃ動かしにくい。
殿下を狙った侍従の短剣には、特殊な毒が“呪術”として付与されていて、あの場に天后さんとぴーちゃん、治療師の方がいなかったら危なかったのだとか。
腕を切られただけでもそうなのだ。
短剣が内臓を傷つけていたらと思うとゾッとする。
そんな危険なものを、誠心誠意お仕えするべき殿下に向けるなんて。
側仕えの風上にも置けないわねっ!
でも……普通の侍従が空間に歪みを作ってレア魔獣をピンポイントに送り込む、なんて事が出来るだろうか。
ああ見えて、強力な魔道士だとか?
いや、それなら短剣なんて使わず、魔法で攻撃しただろう。
いや、そう言うモノでもないのかな?
逃走中の侍従が主犯格だったりする?
んー、良く分からないなぁ……あいてて。
コンコン。
「失礼いたします。お嬢様、医療塔からこちらが」
「医療塔?」
見れば、まぁるいフラスコに似た小瓶の中に薄ピンクの液体が揺れている。
「それは?」
「はい、特製の痛み止めだとか。セレスさまにもご確認頂いております」
メイドさんがフラスコから小さなグラスに中身を移し替える。
その間に、宙に浮いてフラスコの中身を検める天后さんに目を向ければ、こくりと頷く。
よっし。
変なものは入ってないらしい。
お義兄さまがオーケーを出した物だし、心配はしてないけども。
「皇太子殿下のご厚意との事でございます」
あ、なるほど!
殿下〜、ほんとにいい子だね君は!
わたしが勝手に庇って、勝手に怪我をしたんだから気にしなくて良いのに。
実際、他にいくらでもやり様があったんじゃないかなー。
わたしがもっと強くて、要領が良くて運動神経が仕事してれば……うん、考えれば考えるほどわたしの自爆に思えてきたッス……。
殿下、ほんとにゴメンよ……。
メイドさんからグラスを受け取り、綺麗な色の薬を揺らす。
くんくんと匂いを嗅ぐけど……ちょっとだけ甘い匂いがするような?
ちびりと口をつければ、爽やかなスポーツドリンクのような味がした。
これは、アレだ。
アセロラ味のスポーツドリンク(ちょっと薄めのアレ)だ。
しかし、流石は我が国が誇る医療塔製。
さっきまでの鈍い痛みが「ちょっと痛い」程度に治まってるじゃありませんか!
そ、即効性があり過ぎてこわ……!
でも。
ベッドサイドテーブルの上に置かれたフラスコを眺めて、これを手配してくれた殿下に感謝の念がしみじみ湧いてくる。
「あ」
「どうかなさいましたか?お嬢様」
「……いま、空いている“伝言歌鳥”はいる?」
「はい。すぐに準備いたしますね」
伝言歌鳥は、貴族家でよく飼われている伝書鳩みたいな鳥だ。
伝書鳩と違うところは用件を歌うように話すところ──本人の声で。
やがて、綺麗な鳥籠に入った一羽の伝言歌鳥が連れてこられた。
真っ白な羽根にロックフェルド公爵家の紋章が刺繍されたリボンを首に付けている。
藍色の瞳が、わたしとおそろいでちょっと嬉しい。
「ふふ、おいでー」
鳥籠の入口を開けると、文鳥サイズのその子は首を傾げながらぴょんぴょんと籠の外に出てきた。
人差し指をそーっと差し出せば、素直に乗ってくれる。
おっ、好感触?
かーわいいなー。
「小鳥ちゃん、殿下にお礼をお伝えしたいの。“伝言開始”」
キーワードを言えば「ふんふん、それで?」と、まるでわたしの声に耳を傾けているみたいな顔をする。
「──“伝言完了”……さあ、皇城のアドレアス・シャゼリア皇太子殿下にこの声を届けて」
窓を開けてやれば、軽い羽音とともに伝言歌鳥が飛び立つ。
宵闇に、真っ白い小さな鳥の姿が溶けていくよう。
あんなにちっちゃくて、皇城に張り巡らされた結界をくぐり抜けられるのかしら、と心配になる。
まあ、ああ見えて魔獣の亜種だし大丈夫か……。
っは──!スマホが欲しい──っ!
もうこの際、ガラケーでも可!
スマホ的なナニかが普及してたら、メールぽちぽち打てば一瞬で連絡が取れるのに〜。
まあ、皇太子のメアドをゲット出来るかはまた別問題として。
ちなみにこの世界、魔力が強いと“念話”で離れた場所にいる相手とも意思の疎通は可能っちゃあ可能。
でも、逆にそのせいでスマホ的な発明が滞ってるんじゃないかと思う今日この頃!
うわーん!誰かスマホ作ってーっ!
……アディール男爵家の発明家気質、受け継いでる人いないかな。
なんせお義祖父様は“蒸気機関”を発明した偉大な人で、いま世の中はその恩恵を大いに享受して──
待って?
そんな大発明をしたお義祖父様──アディール家が、どうしてあんなに困窮していたの?
おかしくない?
跡取りであるお義父さまが亡くなったとは言え、後継者のシャルがいるのだ。
正しく特許の手続きがなされていれば、遺族が安定した生活が送れるだけの……。
ヒヤリと、心臓が脈打つ。
わたしは躊躇なくベルを鳴らした。
皇城の自室で魔法に関する書物を読んでいたアドレアスは、ため息をついて先ほどから一頁も進まない本を閉じた。
「……」
脳裏に浮かぶのは、自らを庇って裏切り者の短剣の前に飛び出した……彼女の事ばかり。
噴き出す血──倒れる彼女を支える事しか出来なかった。
自分が反射的に斬りかかるよりも速く、ロックフェルド大隊長の雷撃があの男を捉えたから。
凄まじい音と、肉が焦げる臭い。
泣き叫ぶ男の命乞いを気にもとめず、無表情のまま……。
アドレアスは記憶を振り払うように頭を振った。
ロックフェルド大隊長とは血縁関係にあり、ひとりの騎士としても尊敬している。
だが、優しげな微笑みの奥で何を考えているのか分からなくて──恐ろしく思う時があった。
「妹の事となると、ずいぶん分かりやすくはあるが……」
ロックフェルド大隊長の妹。
倒れる彼女の長い銀の髪が、目の前をよぎったあの瞬間が頭から離れない。
私は……無力だ。
コツン。
「!?」
窓の方から聞こえた小さな音に、過剰なほど反応し、いつでも魔法を放てるように構えてガタッ!と立ち上がる。
──が、窓枠に留まっていたのは。
「伝言歌鳥?──ロックフェルド公爵家の紋章……!」
慌てて窓を薄く開ければ、小さな鳥が軽い羽音とともに部屋に入って来た。
パタパタと旋回していたが、アドレアスが手の甲を差し出すとそこに止まる。
「お前……」
ロックフェルド大隊長から、捜索隊を出している件で報告だろうか。
しかし、それなら“念話”でも良いのでは?
急ぎの用件ではないのか?
「“伝言再生”」
《アドレアス殿下》
小鳥から聞こえてきた柔らかい声に、身体が固まる。
《夜分に申し訳ございません。ルルティア・ロックフェルドです。先ほど医療塔からのお薬を受け取りました。殿下のご厚意、心よりお礼申し上げます》
《ふふっ、あっという間に痛みが楽になってびっくりしてしまいました》
笑いを含んだ声音。
きっと彼女は、いつものように微笑んでいるに違いない。
《これなら怪我もすぐに治ってくれそうです。また学園でお会いできれば嬉しく思います。──お休みなさいませ、殿下》
歌い終わった小鳥が、尋ねる風に首を傾げた。
伝言歌鳥からメッセージを受け取った場合、これまでは返事を返した事は無かった。
それは“報告”が常であり、こんな温かな“伝言”を受け取った事が無かったから。
アドレアスは小鳥をそっと撫でた。
「“伝言開始”」




