え?それって関西弁では!?
ロックフェルド公爵家の庭園に、爽やかな風が吹き抜けた。
「妹……!?」
「弟!?」
セレスさまの口から飛び出した言葉に思考が停止していたわたしとシャルは、ワンテンポ遅れてガチャリ!とティーカップを置いた。
零さなかっただけ偉いと思って欲しい。
そんな無作法にもセレスさまは何も言わず、穏やかな瞳で微笑んだ。
え、いまなんて仰ったの、この方。
い、妹……弟……!?
そんな爆弾を投下しといて、爽やかに微笑まれましても(お顔は真っ赤だけど)!?
目をまん丸にしてセレスさまを凝視するわたし達に、セレスさまは居住まいを正す。
「いきなり……すまない。だが事実なのだ」
真剣な眼差しでセレスさまが語ったのは──身分の違いから悲恋に終わった、ある恋の物語。
その昔、ひとりの身分の高い男がお忍びで街に繰り出した。
何と目的があった訳では無い。
ただの息抜きだった。
しかし、そこで男は運命の相手と巡り合う。
慣れないひとりでの街歩きで道に迷った男を助け、道案内してくれたのは裕福な商家の娘。
一目で恋に落ち、重ねた逢瀬。
やがて──彼女のお腹に命が宿る。
男は喜び、当然のように結婚を申し入れた。
だが、裕福とは言え一般人と公爵家との婚姻には障害があり過ぎた。
産んだ子供を男に託し、娘は身を引いた。
「──その女性の名はソフィア・アディール」
セレスさまが凪いだ瞳で続ける。
「君たちの母君だ」
「……身分の高い貴人の道案内したの、母上かよ……」
シャルが頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。
「ほんそれ……」
なんだろう、めっちゃ頭が頭痛。
わたしも突っ伏したい……!
さすがにお行儀が悪いからしないけどネ!?
そんな馬鹿なとも思うけど、嘘にしては公爵家にとって何のメリットも無い話だ。
いや、むしろデメリットしか無いのでは?
だってつまり……セレスさまとシャルは異父兄弟って事でしょ?
風の噂で、現ロックフェルド公爵は病に臥せっておられるとか。
なんて言うか……遺産相続とか、まぁいろいろ面倒な事になったりして……。
「君たちの母君に去られた後、父は勧められた縁談を了承し、家のために結婚した。ただ、子には恵まれず妻となった女性も早くに亡くなったんだ。……周囲からどれだけ後妻を娶るように進言されても、父は受け入れなかった」
「それは……」
「うん。──まだ諦められずにいる」
や、ちょっと待って?
なんで現在進行系なの?
シャルの眉間のシワが深くなる。
「ちょっと待って下さい。まさか……」
セレスさまが頷く。
「父は、君たちの母君を後妻として迎えたいと言っている」
あ……お花キレイー。
わたしの現実逃避は、そう長くは続かなかった。
シャルだってそうだろう。
頭の回転が早いシャルの事だ。
現在のアディール男爵家の窮状や、直系男子としての責任……そんなものが、きっと頭の中で音を立てて整理されているに違いない。
「……母が承諾したとして、アディール家はどうなりますか」
ピシッと背筋を伸ばし、まだ十四歳になったばかりとは思えないほど凛とした表情でシャルが問う。
アディール男爵家とロックフェルド公爵家。
貴族として天と地ほど格式が違うのだ。
降りかかる火の粉はいかばかりか。
シャルはそれらから護ろうとしてくれている。
わたしを──わたしと、お義母さまを。
その気概を受け止めたセレスさまは、優しくシャルの強張った顔を見つめた。
「そうだね。ロックフェルド公爵家の管轄地として、うちが責任を持って管理するよ……だから安心して任せてほしい」
「……」
しばしの沈黙の後、セレスさまとシャルは全く同じタイミングで手を差し出し、握手をした。
「よろしく頼む、弟よ」
「こちらこそ。──兄上」
ニヤリと笑い合う二人に、険悪な事態にならないようだとホッと旨を撫で下ろす。
良かった。
二人は半分とは言え、血のつながった兄弟だもの。
仲良くしてほしいもんね。
だが、そこでわたしはある事に気がついた。
“君たちの母君”
セレスさまは、一度もお義母さまを“母”と呼ばなかった。
あと、話題に出せず仕舞いだったけど。
相変わらずセレスさまの周りに侍る使い魔、のようなモノ。
朱い尾羽根も鮮やかな怪鳥に、羽根の生えた蛇。
それらの気配はブルーさんと同じで……うわぁ。
これは雲行きが怪しくなってまいりましたヨ……。
とりま、気絶して良い?
それからは早かった。
後妻の件を二つ返事で了承したお義母さまは、自室に籠もっていたのが嘘のように元気になり、身なりにも気を配るようになった。
んー、わかりやすーい。
まるで恋する女子高生みたいなお義母さまを、シャルは冷めた目で眺めてたけども。
まあねぇ、二度と会えないと思っていた恋人が、自分の事をずっと想ってくれてたとか。
トキメクわな、そりゃ。
その辺り、私的には気持ちが分からなくもないんだけど。
十四歳の男子にはちょっと難しいか。
とりあえず頭撫でとこう。
おーよちよち。
あ、イヤですか、そうですか。
「……ねぇ、姉上。ほんとに大丈夫なわけ?」
頭を撫でるわたしの手をぺいっとはたき落としたシャルが、それでも心配を滲ませて尋ねる。
「そうねぇ……ま、何とかなるわ」
「どっからくるの、その楽観的観測」
シャルが心配しているのは、わたしの学園復帰についてだ。
お義父さまが亡くなって、当時十六歳だったわたしは学園の高等部を去った。
学費も馬鹿にならないからね。
シャルを学園に通わせ続けるためでもあり、後悔はなかった。
でも経済的な不安が無くなったいま、学園への復帰をどうするかセレスさまが聞いて下さって……悩んだけれど、復帰することにしたのだ。
「でもさぁ、男爵令嬢から公爵令嬢にランクアップしての復帰だよ?なんて言うか、いろいろあるんじゃないの?女子ってそう言うの面倒くさそうだしさ……」
「うーん。でも、それを言えばシャルだって同じよ?“公爵令息”さま」
「あー、それなー」
ソファの背に頭を乗せて天井を仰ぐシャルの頭をぽんぽんと撫でる。
こんどは手を避けられなかった。
シャルはシャルで、政治的な立ち位置が大きく変わることで、周囲への対応に精神的に疲労しそう。
「あの人は気楽で良いよね。ひとりでさっさと新居に移ってさ……なーにが“ちょっとでも長く一緒にいる時間が欲しい”だ」
「公爵さま……お義父さまのお加減もあまり良くないらしいし。静かな別邸で二人の時間が欲しいんでしょうね」
「……まぁ、良いけど。本邸でそんな甘々夫婦を見せられるくらいなら、別邸に引っ込んでくれてた方が何倍も気楽だよ」
「シャルったら」
そう弟を窘めつつ、わたしも強くは叱れない。
お義母さまもねぇ、悪い人じゃないんだけどねぇ。
“わたくしは貴方の義母だけど、この気持ちが愛情なのか、ただの情なのか……よく分からないの”
まだわたしが何も分からない(と、周囲が思っていた)くらい小さい頃、言われた言葉。
いや、愛情ないだろ、ソレ。
思わずスン……ってなったよね。
ある意味、自分に正直で──空気を読まない所があって、デリカシーに欠ける所もあって……おや?悪口かな?
わ、悪い人じゃないのよ、ほんとに!
ちょーっと人の気持ちに配慮がないだけでね!?
……だめだ、どう頑張ってもフォロー出来ないー。
「と、とにかく!明日の引っ越しに備えて、今日は早く休みましょ?」
「ん。っても、身の回りの物くらいで身軽なモンだけどね」
明日。
わたし達は皇都のロックフェルド本邸に住まいを移す。
セレスさまは『必要なものは、こちらで準備するから。気楽に身一つで来て欲しい』なんて仰ってたけど。
ちらりと部屋の隅に置かれた必要最低限の衣服や、学園の用品なんかに目をやる。
前世での引っ越し経験を考えても、少ない荷物。
このアディール家の館は、約束通りロックフェルド公爵家が管理してくれるから、家具を持ち出す必要もないし……こんなものなのかな。
決して裕福では無かったけど、家族四人で暮らした、思い出がいっぱい詰まった家。
よちよち歩くわたしの手を引いてお散歩に付き合ってくれた、お義父さまの笑い声が耳に蘇る。
でも、もう新しい生活に気持ちを切り替えないと。
「……姉上……泣かないでよ」
「え」
シャルが不器用な手つきでわたしの頬を拭う。
ええ……わたし、泣いてた?
そんなに心は波打っていないのに、ころり、ころりと涙の粒が零れ落ちる。
小さい頃のように、シャルがぎゅっとしがみついてくる。
「大丈夫、大丈夫だから。姉上、僕がいるよ」
「うん……うん」
そう言うシャルの目も真っ赤になっていた。
抱き合ってお互いを慰め合うわたし達は、庭の大木の枝から朱い怪鳥が静かに見守っていたことに気が付かなかった。
翌朝。
朝食もそこそこに、乳母に急かされて支度をする。
持っている中で一番上質のドレスに着替え、公爵家からの迎えを待つ。
「お嬢様、坊ちゃま。こう言うのは最初が肝心でございますよ!男爵家出身だからと舐められてはいけません!堂々と胸を張って、公爵家に乗り込むのです!」
「はいはい」
鼻息も荒く拳を握る乳母をなだめ、視線をティーカップに据える。
ともすれば窓の外に向きそうになるのを、ぐっと我慢だ。
なんで朝っぱらからウチの庭の木の枝に止まってるのかなァ!?
朱い怪鳥がさあ!?
わたしはじわりと滲む冷や汗を、そっと指で押さえた。
アレって……セレスさまのとこの使い魔、よね?
監視?見守り?気まぐれ?
何にせよ危険は感じないから良いんだけど……。
問題は、わたしがアレの姿を前世から知っていることだ。
いつだったか、前世で京都の博物館に行った時。
ショーケースの中に鎮座する古文書の中にアレはいた。
────“朱雀”だよねええぇ!?
思えば炎を纏う羽根の生えた蛇。
──あれは“騰蛇”だ。
そこから前世、歴史関係に興味があったわたしが導き出した答え。
「あれは……“式神”」
「?姉上、どうかした?」
「あ、ううん。なんでも!」
笑顔を貼り付けて応えたわたしを、シャルが訝しげに見るが、なにか言う前に乳母の「お迎えがお越しになりましたよ!」に遮られた。
とにもかくにも、わたし達姉弟は新しい生活に一歩踏み出した。
「姉上……」
「……お城?」
ロックフェルド公爵邸の馬車回しから降り、公爵家の本邸を前に、ぽかんと立ちすくむ。
“堂々と!”なんて言っていた乳母も、はわ……とか口開けてるし。
あの……馬車回しのサイズだけでアディール家の館が入っちゃわない?
馬車からわたし達の荷物をキビキビと運び出す使用人に、“御用があれば即対応!”する気まんまんで控えるメイドのみなさん。
あ、あうう、こう言う扱いに慣れてないんですぅ!
勘弁して下さいいいぃ!
「ルル!シャル!」
その時、本邸の扉から聞こえた声にハッと顔を向ける。
セレスさま。
ぐはっ、今日はまた美丈夫ぶりに拍車がかかってらっしゃる……!
周囲にキラキラのエフェクトがかかって見える……!
「二人とも、良く来てくれたね。疲れてない?すぐに部屋に案内するから」
「あ、ええと、はい。ありがとう存じます。セレスさま──あ」
人差し指を唇に当てられる。
「“お兄様”」
「え」
「わたし達は家族だろう?」
「は、はわ……っ」
気のせいじゃなければ、わたしの後ろにいたメイドさんたちにも、セレスさまの大人の色気が被弾した。
シャルがゴホンと咳払いをする。
「今日から姉上ともどもお世話になります。──兄上」
「うん……!ああ、ブルー!乳母殿の部屋も案内を」
「はい。心得ておりますよ。……少し落ち着きなさいませ、我が君」
「いや……うん。嬉しくてつい……」
ははは……と、ちょっと困ったように眉を下げ照れくさそうに頬を掻くセレスさま。
今日だけでいろんなお顔を見られて、どうしようもなく胸がドキドキする。
ああ……これで、セレスさまの肩に朱い怪鳥──朱雀──が止まって無ければなー……!
てか、サイズ感どうなってるの!?
枝に止まってる時、もっと大きかったよね!?気になってセレスさまのお声が頭に入ってこないよ!
日当たりの良さそうな中庭に面した部屋でシャルと別れ、角を曲がった所がわたしの部屋らしい。
豪奢な扉の前で立ち止まったセレスさまに倣うと、片手で扉を開けたセレスさまが振り向き、わたしの両手をすくい上げる。
「ここがルルの部屋。急な引っ越しだったから……足りない物があったら遠慮なく言うんだよ?女の子に必要なものって、難しくて」
あー、まあ殿方には……って、セレスさま自身が準備に関わって下さったの?
ほわりと胸があったかくなる。
「ありがとうございます」
自然と笑顔になってしまう。
「感謝します。お義兄さま」
「……」
セレスさまはヒュッと息を呑んで、顔を覆ってしまわれた。
あれ。
「あかん……めっちゃかわええ……!」
──ん?




