はじめまして!お義兄さま!
「あ、あの……お義兄さま」
「うん?」
「あの、アレ、アレは……」
「アレ?……ああ、綺麗な花壇だろう?女の子はこう言うの好きかと思って。ルルの庭に作ってもらったんだ」
いや、そんなてれてれとはにかんで……って違うんですよ!
カッコかわいいけど違うんですよ!
その花壇の前で寝そべってる、どデカい白い虎のことなんだよナァ!
──時は少し遡り。
突然だが。
剣と魔法の世界に転生したとしたら、どう思うだろうか。
『すげーっ!かっけーっ!』転生前がオタクなら、うん、正解。
では、生まれ落ちた先が、孤児院の前に捨てられている赤ん坊と理解したらどうだろうか。
『おや……?これは、ハードモードスタートでは……?』
そう思うあなたは間違っていない。
で、孤児院で暮らすこと数ヶ月。
優しいシスターに抱っこされて、ちょっと身なりの良い夫婦に引き渡されたら?
『お!ちょっと人生巻き返すのでは!』
期待してしまうのも仕方がないだろう。
ただし──
『わぁ……ソフィア、見なさい。なんて可愛いんだろう!こんにちは、今日から僕がパパだよー』
『うん、これで貴族としての義務は果たせそうね!』
母親となるであろう女性の言葉に、一抹の不安を抱くのも……仕方ないよね?
孤児院の前に置かれた籠の中、ドコの世界かは分からないけど『自分が転生した』と理解した時。
舞い散る雪を感じながら『寒いんですけどー』と思ったのは三年前のこと。
「御覧なさいまし、ルルお嬢様!弟君ですよ〜」
ルルお嬢様ことわたしは、目の前のベビーベッドの中でぴこぴこと蠢く赤ん坊……弟を覗き込んだ。
「……ちっちゃい」
ほっぺたをつついてみる。
あ、またぴこぴこ動いた。
「あら。ふふふ。ルルお嬢様もほんのちょっと前まではちっちゃかったんですよ?」
「ほんと?」
「ええ。それはもう可愛い赤ちゃんでした!いまはちょっとお姉さんになられて、もっと可愛くおなりですね」
乳母の言葉に、『それなー』と内心サムズアップ(真顔)する。
さらさらの銀の髪に、大きな藍色の瞳。
ドレスも相まって、前世のキャストドールかと錯覚するような姿は、問答無用に絶世の美幼女である。
でも、知ってんだよあたしゃ。
これで勝ち組ヒャホー!とか調子に乗ったら、断罪される悪役令嬢だったとか、聖女に余計なちょっかい掛けて国外追放されるモブ令嬢だったとか!
ええ、ええ!こちとら伊達に長年オタクしとらんのよネ!
日本人らしく謙虚であれってネ!
だがしかし。
“弟”の小さな鼻をブーちゃんにしながら考えた。
今世、わたしが引き取られた先は、アディール家と言う男爵家であった。
男爵……まあ、貴族の末席である。
養父の父、義祖父が若かりし頃に発明した“蒸気機関”の功績により爵位を賜ったのだとか。
一般人からお貴族さまにジュブチェンジしたアディール家。
職人気質の義祖父はなかなか貴族社会に馴染めず、それは養父も同じだった。
まあ、賜っちゃたモンは仕方がない(仕方ないって不敬〜)。
貴族らしいことをしよう!って頭を捻った結果、子どもに恵まれなかった養父母夫婦。
社会貢献=孤児を養子に迎えるとなったらしい。
……形から入るパティーンである。
そこで訪れた孤児院に、タイミング良く赤ん坊のわたしが居た、と。
晴れて、アディール家の養女となったわけだけど。
「ルルお嬢様ったら……シャルさまのお鼻をそんなにブーちゃんにしたらいけませんっ」
「……はぁい」
わたしは、アディール家の直系の血を引く“弟”の鼻から手を離した。
部屋に戻り、ひとり絵本を読みながら自分の行く末を考える。
あ、わたしまだ三歳ですがなにか?
つっても前世も合わせりゃ、余裕で……ゲフンゲフン。
閑話休題。
子どもに恵まれないから養子を迎えた、ら子どもが生まれた。
しかも男の子。
腐ってもお貴族さまである。
跡取り問題が解決したら、そりゃ嬉しい。
「問題は、わたしの立場か……うーん」
法的に養子縁組をしたわけだし、いきなり追い出されるとかは無いだろう。
両親には可愛がられている自覚もあるし。
幸か不幸か、アディール家は一般市民に毛の生えた感じのお家柄で、愛憎蠢き血で血を洗う後継者争いなんかとは縁がない。
「……よし。とりあえず次期男爵を洗脳しよう……!」
“お姉ちゃん大好きっ子”に育て上げる決意も新たに、わたし──ルルティア・アディール(三歳)は拳を握り天高く突き上げた。
しかし、わたしをこの世界に放り込んだカミサマは運命に試練を与えるのがお好きなようだ。
上げて、下げて、上げて、下げて、みたいな。
お義母さまと、十三歳になった弟のシャルとお茶を飲んでいる時、階下からざわめきが聞こえてきた。
「何かしら。……お客様ならお迎えしないと」
お義母さまがメイドを呼ぼうとすると同時に、短いノックと共に扉が大きな音を立てて開けられた。
「奥方さま!旦那様が、旦那様が──」
少し気弱な所があるけれで、とても優しい義父の事故死を知らされたのは、しとしとと霧雨が降る、ある午後のことだった。
「姉上、ただいまー」
「ああ、シャル。おかえりなさい」
「はー、疲れた」
居間に入って来たシャル──シャルレッド・アディール──は、ドサッとソファに座り込んだ。
「お疲れ様。首尾はどうだった?」
お茶を差し出すと、美味しそうにごくごくカップを傾ける。
……うーん、お作法の先生が見たら卒倒するんじゃないかなぁ。
まぁ、もう居ないから良いんだけど。
良くないか。
「ふはー。……全員次の勤め先が決まったよ。職場環境も実際見てきたけど、問題なさそうだった」
「そう……良かった」
お義父さまが亡くなって、親戚が一致団結して厳しい局面に立ち向かってはきたけれど。
やはり人員削減は避けられず。
はああ、前世で勤めてた会社を思い出すわー。
もう上司がアレでねぇ。
退職者が増えて人手が足りないのに、運営は人員削減に舵を切るしで地獄だったよヨ……。
「みんな、うちに良く勤めてくれていたし、本当に良かった。……シャルもありがとうね」
「どーいたしまして。で?あの人は?」
「もう、シャル。お義母さまのことを、あの人なんていっちゃダメ」
「はいはい──また寝てるわけ?」
お義父さまが亡くなって、もうすぐ一年。
ショックですっかり気落ちしたお義母さまは、自室で臥せっていることが増えた。
みんながどうにか難局を切り抜けようと奔走している中、ひとり自分の世界に閉じ籠もってしまった母親に、息子としては言いたいことが山程あるらしい。
思春期真っ盛りだもんねぇ……しかも、実際に次期男爵の自覚を持って、学園に通いつつも自分の役割を全うしているシャルだもの。
「ええ。ところでシャル、学園はテスト期間なのよね?勉強の方に影響はない?もしあれば、遠慮なく言うのよ?」
「大丈夫だよ。“ほどほどに”ちゃんとやってるって」
「……まあ、何事も“ほどほど”が一番ね」
「それな」
わたしの洗脳という名の教育の成果か、弟はすっりオタク構文を話せる美少年に成長した。
姉としては嬉しい限りである。
金髪・金目の美少年のオタク構文──イイぞ、もっとやれ。
コンコン。
「はい」
「ルルお嬢様!シャル坊ちゃま!大変でございます!」
飛び込んできた乳母が、震える両手で一通の手紙を差し出してきた。
弟と顔を見合わせる。
受け取ったその手紙は、一目で上等のレターセットと知れた。
爽やかなウッド系の香水の香りがする。
「え、この蝋印……!」
「そ、そうなんです!公爵家、あの、ロックフェルド公爵家からのお手紙なんですよ!お嬢様!」
公爵家。
貴族の中の頂点に位置する格式ある家。
その中でも、ロックフェルド家と言えば、我が国の皇族の系譜であり、現公爵は皇帝陛下の末の弟に当たるというやんごとないお家柄。
「なんで、公爵家がうちなんかに!?あ、姉上、早く開けて!」
「う、うん!」
まさか、亡くなったお義父さまが公爵家に借金があったとか、そーゆーことじゃないでしょうね!?
これ以上の試練はいりません、カミサマ!
もうわたし達のヒットポイントはゼロよ……!
いや、けっこうマジで!
微かに震える指で蝋印を外し、中をあらためる。
そこには、男性が書いたのであろうしっかりとした、でもとても美しい文字で季節の挨拶から始まる文章が綴られていた。
突然の手紙に対する謝辞。
大切な話があり、わたしとシャルを公爵家に招待したいこと。
返事は使者に言付けて欲しいこと。
使者?
「ネル、使者って……?」
「あっ、そうでございます、お嬢様!使者の方が応接間でお待ちなんでございます!」
「それを早く言いなよ!姉上、僕が行ってくる」
ソファから立ち上がるシャルの手を握って、ふるふると頭を振る。
「いいえ、わたしも行くわ。わたしとシャルを招待したいって、仰てるんだし……一緒に立ち向かいましょう?ね?」
「……うん」
そう広くもない館の廊下を突っ切り、応接間へ急ぐ。
道すがら、残っている数少ないメイドがオロオロとティーセットを持って右往左往しているのに出くわした。
「あ、お嬢様!坊ちゃま!」
「どうしたの?」
「い、いえ、その……わたし公爵家の、使者の方にお茶をお出しするとか、初めてで……っ」
「大丈夫よ。いつも通りで良いの。落ち着きましょうね。深呼吸して?はい、ヒッヒフー、ヒッヒフー」
「姉上……なんか違くね?」
「ほんそれ」
おおお落ち着け、わたし。
「──お待たせ致しました」
「とんでもございません。突然の訪問、お許しください」
優雅に立ち上がって腰を折りお辞儀をする背の高い男性を、シャルがちょっと厳しい目で見ているのを察して、立ち位置を変える。
ステイ、ステイ。
「いいえ、構いませんわ。どうぞお座りになって下さい」
「ありがとう存じます」
メイドがお茶をセッティングする間に、公爵家の使者である男性をさり気なく観察する。
パッと見の年齢は四十代始め頃だろうか。
青みが強い黒髪に、透き通った青い目。
執事服のような物を着ているが、醸し出す空気も、鍛えられたがっしりした身体も、彼がただの執事ではないことを物語っている。
いや、そもそも執事が手紙の使者として、男爵家を訪れる?
あり得なくない?
それに……この人の“気配”……なんだか、ちょっと“普通の人間”からズレているのだ。
でも、決して不快な“ズレ”じゃないんだけど。
──『観察眼』……それがこの剣と魔法が当たり前の世界での、わたしの能力のひとつ。
物事の本質を見極めることが出来る。
わたしがそっと頷くと、シャルはやっと肩から力を抜いた。
危険はないと判断したわたしを信用してくれているのだ。
お姉ちゃん、地味に嬉しい。
「それで……お手紙に書かれていたお話と言うのは?」
「申し訳ございません。それは我が主人から直接お話させて頂きたく存じます。……出来ましたら、お茶会に来られるくらいお気軽に当家にお越し頂ければ、主人も喜びましょう」
──や、無理だろ。
掛けても良い。
いまきっとシャルと心の中でハモったと思う。
しがない男爵家(没落寸前)の姉弟が?
あのロックフェルド公爵家に?
気軽にお茶しに来ましたー☆みたいなキモチで……無理だろぉ!?
でも、悲しいかな身分のアレコレとは無情な物で。
うちから断るとか、それこそ無理ゲー。
だからわたし達は愛想笑いを浮かべて、こう言うしかないのだ。
「「喜んで、ご招待をお受けいたします」」
わたし達を乗せた馬車はガタゴトと……言うこともなく、とんでもなく滑らかに道を行く。
ふわっふわのクッションのおかげでお尻が痛くなることもない。
どんなサスペンション使ってるんですかね!?
公爵家の馬車って!
「ねえ……姉上」
ずっと窓の外を眺めていたシャルが小声で呟く。
「本当に思い当たること、ないわけ?街に出た時に路地裏でワケありそうな怪我をした男を助けたとか、道を聞いてきた下手くそな変装をしたあからさまにお忍び中の貴人を助けたとか」
「なにその具体的な妄想」
ちょっとオタク教育が過ぎたかしら。
「だってさ、公爵家がうちに使者を送るなんて、普通はあり得ないよ。……姉上を見初めたとかなら有り得そうでしょ」
どこの恋愛小説だ、そりゃ。
呆れて頭を振ると、存外真面目な顔でシャルはこちらを向いた。
「姉上はさ、黙ってれば誰もが振り返る程度には綺麗なんだよ?父上が借金を作ってたんじゃないなら、可能性は高いと思うね」
「あ。わたしも借金の取り立てかもとは思った」
「ね」
そんなことを言い合いながら、馬車に揺られていると、徐々にスピードが落ちていくのを感じた。
「そろそろ着くのかな」
「そうね。でも……ロックフェルド公爵家は皇都の一等地にあるはず。それにしては」
「緑が豊かだね」
シャルの言う通り。
窓の外の景色は、どう見ても賑やかな皇都とは思えない。
「……姉上。僕から離れないで」
護ってくれるつもりだろうか。
こう見えて、シャルは攻撃魔法が得意だ。
姉としては思う所はいろいろあるが、ひとまず頷いておく。
コンコン。
馬車のドアがノックされ、応じると使者の方──ブルーと名乗った。『ただのブルー』と──がドアを開けてくれた。
「お疲れ様でございました。主人が待ちかねております。どうぞこちらへ」
先に降りたシャルのエスコートで馬車を降りると、庭園の入口だろう場所に横付けされていた。
「ご案内いたします」
使者、ブルーさんの後について見事な庭園を歩く。
シャルと黙って視線を交わす。
おそらくここは、ロックフェルド公爵家の別邸のひとつだろう。
庭園だけで、うちの館が何個入るだろう。
ううん、お金ってある所にはあるのねぇ……。
やがて視界が開けた先に、大きめの東屋が見えた。
そちらに目を向けた途端、わたしはガチリと固まってしまった。
わたし達を認めて、すっと立ち上がった若い男性は、濃紺の髪に金の瞳。
美の神に愛されたかのような端整な顔立ち。
でも決して女性的な美しさではない。
──戦いを知っている人。
不意にそんな言葉が頭に浮かんだ。
ラフなシャツの下の筋肉質な身体がそう思わせたのではない。
纏う空気が……戦士のそれなのだ。
そして、彼を守るように侍る使い魔のような生き物たち。
「どうしたの?姉上」
「!……ううん。なんでも」
ええ……シャルにはあの使い魔(?)たちが見えていない?
ちょっと待って?アレって使い魔と言うよりも、なんて言うかもっとこう……。
「──始めまして。セレス・ロックフェルドだ」
艷やかな低音に、ハッと慌てて礼をとる。
「この度はご招待頂きありがとう存じます。わたくしはルルティア・アディール。こちらは弟のシャルレッド・アディールでございます」
「よろしく。今回は急な招待に応じてくれてありがとう」
そう言って、セレス・ロックフェルドさま──ロックフェルドの次期公爵がエスコートのために差し出して下さった大きな手に、そっと手を乗せる。
うわあ、うわあ……背が高い……手が温かい……大人って感じ……!
って、戻ってきて、アタシの語彙力!
東屋にアフタヌーンティが準備されており、わたしとシャルは控えめに言ってカチンカチンに緊張して席についた。
わたし達を招待したセレスさまはと言えば、ゴホンと咳払いをしたりあらぬ方向に視線をやったりと落ち着かない。
「……?あの……」
「あっ、すまない!どうぞ、お茶を飲んでくれ!か、菓子も好きに食べてくれて構わない」
「は、はあ」
お茶を給仕してくれていたブルーさんが、大きなため息をつく。
「……我が君。少しは落ち着いてください。“ゆっくりお茶をしながら、さり気なく本題を切り出す大作戦”はどうしたのですか」
「ば……っ、言ってしまったらさり気なくも何も無いだろう!?」
言い合う二人をポカンと見ていると、セレスさまは真っ赤になって頭を抱えてしまう。
ううん、シャルの“やっぱそうじゃん!”の視線が痛い……!
でも、心当たりがまったくない。
ワケアリな男性を助けたことも、お忍び中の貴人の道案内をした覚えもない!
「……すまない」
「あ……いえ……?」
セレスさまは諦めたように、深呼吸をする。
そしてわたし達に柔らかい微笑みを向ける。
「妹と弟と会えて、柄にもなく浮かれてしまった」
「ほぁ……?」




