聖女ってなんぞ。
「姉上、ほんとに大丈夫なの?」
「ええ、もうすっかり元気よ」
食堂に現れたわたしに、シャルが疑わしげな視線を向けてくる。
なによー。
ほんとにどこも痛くないし、怠くもないし。
「……今日も休んで良いと思うけど」
「そんな事言って。三日も休んじゃったのよ。勉強だって遅れちゃうし、何より体調が良いの」
そう。
召喚魔法に成功してから、今日で三日目なのだ。
その間、お義兄さまは宣言道通りわたしの部屋で執務をこなしてらっしゃった。
でも、流石に音を上げた。
わたしが。
横になって目を瞑ればお義兄さまの息遣いや衣擦れの音が聞こえ、目を開ければ麗しく優しい笑顔が目に飛び込んでくる。
や・す・ま・ら・な・い!
お義兄さまはもっとゆっくり休ませたいって言うけど、根気強く交渉した結果どうにか自由を手にしたのだ……!
いざとなればぴーちゃんとの繋がりを伝って、魔力が供給されるのも大きかった気がするなー。
今朝はどうしても出席しなければいけない会議があるそうで、一足先に出掛けたお義兄さま。
なんども振り返っては「無理しちゃ駄目だぞ!」「ちょっとでも具合が悪くなったら、すぐ早退しなさい!」「寂しい時はいつでも呼んで良いからね!」とか……。
後半ちょっと謎な事も言ってらしたわね……。
ま、ブルーさんに馬車にぎゅうぎゅう積み込まれて登城なさったけど。
「……兄上はさ、体調だけを心配してたわけじゃないと思うけどね」
サラダをつつきながらシャルがぽつりと零すと、タイガとバミが大きく頷いた。
「そうだぞ!ルルさまはいま学園でなんて呼ばれてるか知らないだろ!?」
「え?」
「──“光の聖女”ですってよ」
はぁ!?
「あの日、その子……ぴーちゃんを召喚したルルさまは眩い光を纏っていて、それを見ていた生徒たちが言い出したの」
「魔法実技テストに参加してなくても大きなぴーちゃんの姿を見た者もいたし、あっという間に噂が広まったんだよな!」
学園に向かう馬車の中。
バミとタイガが話してくれたけど、にわかには信じられない。
光の──聖女とは。
なんとまぁ“顔だけ令嬢”からエラく出世したもんである。
「そんな訳で、姉上を“顔だけ令嬢”とか“なんちゃって公爵令嬢”とか陰口叩いてた連中は真っ青」
ちょっと待って。
“なんちゃって公爵令嬢”は初耳なんですけど!?
「で、生徒から生徒へ噂が広がれば、その親たちの耳にも入る。と、なれば国に報告が上がるのは止められないよね。……兄上が心配してるのはそこ」
「ま、あの場には皇太子も居合わせてたし、お察しだわね」
「は、はわ……」
何だか話が大きくなってきたぞ……!?
ようやく事の重大さがじわりと両肩にのしかかって来る。
え、この馬車って学園に向かってるのよね?
そんな風評被害、いや、実際にぴーちゃんを召喚したのは事実だけど、聖女だのなんだのと噂されてる中に飛び込むの!?
ふ、普通にイヤ……。
「ルルお嬢様、シャル坊ちゃま。学園に到着致しました」
あああああ。
「!ルル、お早う!」
「お早う、ディー」
密かにホッとする。
……良かった。
ディーがいつもと同じ態度で接してくれるのが、堪らなく嬉しい。
「身体はもう平気なの?」
「ええ。心配かけてごめんね」
ディーもホッとしたように表情が明るくなった。
「良かった〜!急に倒れるんだもの、びっくりしたんだからね!?あ、これ休んでる間のノートよ」
「わ、ありがとう!」
いや、ほんと持つべきものは友……!
クラスメイトたちからの視線を感じつつ、ディーとバミと一緒に席につく。
ううう、聞きたいんだろうなー。
召喚獣とか召喚獣とか召喚獣とか!
だって、わたしの肩の上でぴすぴす鼻を鳴らして寝てるもんね……!
ディーですら、興味津々にぴーちゃんを覗き込んでるんだもの。
でもいろいろ考えて、話題にしないでいてくれる。
聞かれたら答えちゃうし、クラスメイトたちは聞き耳を立てまくってるからねっ。
学園には公爵家から連絡を入れてあるから、ホームルームでも何も言われなかった。
まあ、他にもたまに召喚獣を連れてる生徒もいるから……。
それにしても……聖女ねぇ。
この皇国での『聖女』の位置づけは曖昧だ。
国に多大な貢献をした者にも与えられる称号である一方で、特別に秀でた魔法の持ち主にも与えられたりする。
火属性なら『炎の聖女』なんて感じ。
しょーじき厨二心はうずうずするけど、わたしのは実際そんな大層なもんじゃない。
言ってみればお義兄さまとの召喚魔法の練習の成果だし。
……ん?つまり、お義兄さまの教え方が上手かった、それに尽きるのでは?
魔力測定で担当官に『分からない』と言わしめたレベルのわたしの魔力を、単発とは言え発動させるまでに引き上げたお義兄さまってばスゴイ……!
ま、“人の噂も七十五日”って言うしね。
……七十五日か……長いな……?
さ、触らぬ神に祟りなし!知らん顔しときましょ!
──そう思っていた時期がありました、わたしにも。
「ルルを皇太子の婚約者になぞさせぬ……!」
怒り心頭のお義兄さまを玄関でお迎えするまでは。




