第4話:ジョブは「無職」、スキルは「なし」 つまり隠ぺいは成功した
「おいおい佐藤よ。無職でスキル無しってなんだよ。情けねぇな」
課長の言葉で佐藤は現実に引き戻された。
いや、この異世界とやらが現実であれば、という但し書き付きなのだが。
でもこのリアリティ。どう考えても、これは正真正銘、現実に起こっていることのようだ。
「はぁ。すみません課長」
フローリアがぼそりとつぶやく。
「まあ勇者が現れただけでもラッキーだわ。冴えないのが一人くらい混じってても仕方ないわね」
普通なら聞こえない小声だったが、佐藤は聴力と注意力が極めて高い。聞き逃さなかった。
──いや無職って。
俺だって一応表向きは会社員なんだけどなっ!
そうは思うものの、能力を隠蔽する技術によって、魔法による能力鑑定すらも欺けたことに佐藤は安堵した。
「ところでお嬢さん。このアトラクションはいったいなんなんだ?」
「あなた方を呼び寄せたのには理由がありますわ、勇者カチョー」
「いや俺の名前は……」
「カチョーでいいじゃん!」
ギャルの勢いに負けて、本名を言いそびれた勇者。
ちなみにこの男、五郎丸という珍しい苗字である。
「わたくし達、パウロ伯爵家が治めるこの領地の危機を救ってほしいのです」
「危機ってなんなん?」
ギャル沢が首をかしげる。案外仕草が可愛い。
「実は大変悲しいことに、当家随一の騎士団長が先日戦死しました。そのせいで現在、わたくし達の戦力が大幅に低下しているの」
それまでツンとした表情だった貴族令嬢が少し顔を曇らせた。
「そこに王都と行き来する街道に強力な魔物が現れ、物資の輸送ができなくなったの。別ルートはかなり時間がかかるし、危険も多い。このままでは我が領地の民は、数ヶ月のうちに餓死してしまうわ」
「なるほど! つまり僕たちに、その魔物を討伐してほしいというミッションなのですねフローリア様」
「そうよ。ミッションを果たしてくれたら、金銀財宝のお礼を差し上げますわ。だから魔物の討伐に協力してくれるわよね?」
フローリアは再び胸を張り、キリっとした表情を取り戻す。
ツンとした話し方は、さすがに貴族令嬢といった雰囲気を醸し出しいる。
「うぉっ……」
課長の頬が緩む。金には目がないタイプのようだ。
その横で、ワクワクした顔の奥田が、早口でまくしたてた。
「ところで、それはどんな魔物なのであるか?」
こちらはお金よりも、異世界に転移したことの方が興味深いらしい。
「その魔物は鎧蜘蛛ですわオタクさん」
先ほどの成沢との会話で、彼の名をオタクだと勘違いしている。
彼が訂正するよりも前に、課長が被せてきた。
「なるほど、おじさんに任せなさい!」
「カチョー早っ!」
「なにせ俺は勇者だからな。こんな美人に頼られたら、助けるしかないだろ」
「いや課長。その理由、勇者の風上にも置けんすよ」
「いいじゃないか」
「まあ面白そうだから僕も協力しますよ。僕のスキル【世界図書館】を使えば、敵の弱点とか情報にアクセスできますからね」
得意げな奥田。随分と楽しそうだ。
「皆さん協力していただけるのね。感謝しますわ」
「おお、任せろ!」
それにしても、みんななぜ素直に目の前のことを受け入れてるのか──と佐藤は思う。
普通なら異世界転移とかあり得ないではないか。
しかしこの臨場感。そして自分を含め4人をこともなげにここに連れて来たという事実。
佐藤も、これは本当に異世界に転移したのだという気がしている。
しかし自分には、産業スパイを突き止め、身柄を拘束するミッションがある。
万が一情報を盗まれると、国家的損失が出る。異世界とやらで遊んでいる暇はないのだ。
「すみません。俺は元の世界に戻りたいんですが……」
伯爵令嬢は、役立たずに見える男に容赦なく冷たい目を向ける。
「申し訳ありませんが無職の人」
──無職の人って呼ぶな。その言い方、全然申し訳ないと思ってないだろ。
「召喚魔法も帰還魔法も大量の魔力が必要で、魔力が回復するまで1ヶ月間は使えないわ」
「は?」
──まずい。ようやくターゲットに辿り着こうというこの時期に、1ヶ月も帰れないだと?
「それにわたくしの依頼を果たしてもらえないことには、送り返すわけにはいきませんわ」
「まあまあ佐藤。こんな美人に対して、そんなつれないことを言うな。困ってるんだから、助けてあげようじゃないか」
「そうだよ。助けてあげよーよ」
「ほう。成沢、偉いじゃないか」
「そーだよカチョー。困ってる人を見放したりしないのがギャル魂だし」
胸を張るギャル。白い聖女の衣装の豊かな盛り上がりに、つい男性陣は目を奪われる。
目の前でそんなことを言われたら、佐藤も断われなくなる。
いや決して胸の膨らみに負けたわけではないのだ。決して。
「わ……わかりました」
──仕方ない。ミッションの遂行は、パートナーのサクラに任せるしかない。
佐藤はそう自分に言い聞かせた。
「どうせこれは夢なんだからさ。オタクも佐藤も楽しもうぜ」
「いや課長。これは夢なんかじゃないですよ。本物の異世界転移だ」
「はいはい。オタクの妄想おつ。本物なんてあるわきゃないだろ」
「まあ、あたしは夢でも現実でもいいんだけど。困ってる人をほっとけないだけ」
「じゃあこれで決まりね。それでは勇者カチョー、何卒よろしくお願いいたしますわ」
フローリアは課長に顔を向けた。
「勇者のジョブが発現するのはとても珍しいのよ。あなたには大変期待しています。他の皆さんも勇者様を補佐して、ぜひ鎧蜘蛛の討伐を成功させてくださいな」
「ふふふ。この勇者カチョーにお任せください、美しいお嬢様」
最初はクールなだけの印象だったフローリア嬢だが、勇者の称号を得た課長をキラキラした眼で見つめている。
そして奥田、成沢と期待を込めた目で見回す。
が、「無職」には関心が薄いのか、佐藤のことはスルーしたように見えた。
──まあいい。どうせ俺は胸の大きな美人とはあまり話したくない。変に関わられるよりも、無視してもらって結構だ。
佐藤は心中で呟いた。いや負け惜しみとかじゃなく、本当に。
***
こうして彼らはフローリア嬢から「ダイサンカ」というパーティ名を拝命し、すぐに出発することになった。
目指すはパウロ領、東の果ての渓谷。鎧蜘蛛が巣食う、王都につながる街道。
「よぉ~し! 俺の勇者としての勇姿を見せてやる! カッコ良すぎて惚れるなよ成沢」
「惚れんし」
「そこ、お世辞でも惚れるって言うとこだろが!」
「お世辞は嫌いなんだよねぇ、あたし」
──この課長の調子良さ。本当に大丈夫なんだろうか。
いざとなったら自分はなんとでもなるだろう。だけど他の三人は……。
ましてや自分は、正体を隠したままにしておきたい。慎重にいかなきゃな。
そんなことを考える佐藤であった。




