第2話:超一流工作員・コードネーム『モブ』
「お前ら5人は、特殊犯罪グループの幹部だと特定した。身柄を拘束させてもらう」
都心にある廃ビルの一室。やけに目つきが鋭くガラの悪い、ガタイのいい男が5人。
そいつらを前にして、スーツ姿のちょっと華奢で地味な顔つきの男がそんなことを宣言した。
ついさっき、突然ドアを開けて入ってきた男だ。
この地味な男が佐藤だが、まだこの時は佐藤という偽名を拝命する前。
「は? なんだお前。警察か?」
「警察官ではない。政府直轄の特殊捜査機関に属する者だ。まあ政府の犬だな」
自虐的ににやりと笑う地味男。
捜査員としてのコードネームは『モブ』という。
「どうしますかリーダー。あんなやつ、俺が1人で返り討ちにしてやりますが」
「待て。1人で5人を相手に乗り込んで来るヤツだ。ああ見えてすごく強いか、もしくは大バカのどちらかだ。油断はするな」
リーダーと呼ばれたのは5人の中でもひと際身体が大きく、迫力のある男。ひと言でいうといかついゴリラのような見た目。
「そう言えば、政府直轄の捜査機関にヤバいヤツがいるって聞いたことがありますぜ。特殊工作員だとか」
「なるほど。それがお前か?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」
「ふざけたヤツめ。ムカついてきた」
ゴリラ男はあからさまに不快そうに顔を歪める。
「まあいい。いくら凄腕でも、一人で屈強な男5人を相手するのは無理だろう」
「そう思うなら試してみたらいい」
「なんだと!?」
リーダーは額に血管を浮かべ、懐から自動拳銃を取り出し構える。
同時に他の4人も素早く銃を取り出して構えた。
「5人同時に撃たれて死ね」
ゴリラ男がニヤリと笑い、指先に力をこめようとした寸前。
普通ならここで身を伏せる。しかしコードネーム『モブ』は横に素早くステップして、敵の射線をずらしながら、手のひらに収まるような小さな銃を彼らに向ける。
──ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ。
横っ飛びしながらまったく体幹をぶらさずに、連続で5回引き金を引く。
「ぐえっ!」
「ぐわぁっ……」
リーダー以外の4人の首筋に命中。4人とも首を手で掻きむしる。そしてすぐに白目をむいて、床に崩れ落ちた。
リーダーだけは『モブ』の動作を見てとっさに地面に伏したおかげで着弾はしていない。
──なるほど。こいつだけは反応が早い。さすがだな。だったらこちらも一段早く射撃すればいい。
地味男は瞬時にそう判断した。
「貴様っ! 何をした!?」
「安心しろ。お前にもすぐに同じことをしてやるよ。超強力な麻酔薬を仕込んだ針付きの弾丸だよ」
「くそっ!」
リーダーは立ち上がると、ドアに向けて走り出す。どう見ても敵わないと判断したようだ。
『モブ』は銃を構え、走るリーダーに照準を合わせる。
――終わりだ。
モブが引き金を引こうとしたとき──突然ドアが開いて、真っ黒なボディスーツを身にまとった若い女性が現れた。
体躯はスリムな筋肉質で、顔つきは少し釣り目の恐ろしく整った顔の美女。女豹を思わせるビジュアルだ。
「しめた! 人質にできる! こら女! 大人しくしろっ!」
ゴリラのような屈強な男が女に飛びかかった。
地味男は銃を構える。しかし引き金を引く必要はなかった。
美女がふわりと飛び上がる。次の瞬間──
ドゴッ!
鈍い音が響く。華麗な回し蹴りが男の顔面にめり込む。
「ふぎぇうぉっっっ!」
激痛に顔を歪め、巨体が宙に舞う。そして後方に激しく倒れ込んだ。
「あ~あ。その女が大人しくするはずないだろ、バカ。麻酔薬なら幸せ気分で気を失えたのに」
「なに言ってるんですか先輩。わたしはおしとやかで仔猫ちゃんのように可愛い女ですよ?」
──いや、どの口が言ってるんだよ。
「……俺の獲物だったんだが」
「早い者勝ちですよ先輩」
「それにしても、相変わらず容赦ないなお前」
「どうです先輩。わたしに惚れました?」
「アホな冗談はやめとけサクラ」
「ええ~っ? 冗談じゃないですよ?」
「俺達裏の世界に生きてる者には、惚れたとかは無関係のできごとだ」
「んもうっ、モブ先輩ったら照れちゃって」
指先で地味男のわき腹をつんつんする
「照れとらんわ」
サクラの手を振り払い、捜査員コードネーム『モブ』は属する組織の本部に電話をかけ、ターゲットを捕獲したことを報告した。
相手から次のミッションが告げられた。
「次は企業への潜入捜査だ。社員として数か月潜伏し、産業スパイを特定しろ」
一つの任務が完了したら、またすぐに次の任務が飛んでくる。
普通ならため息の一つもつきたくなるが、そこは任務を機械のように遂行する『モブ』。
「了解」
彼の次の名は、『佐藤』という名の、どこにでもいる目立たず冴えない会社員になる。
転職を装った入社の段取りは既に完了している。
「サクラ。また一緒にミッションに当たることになったぞ」
「やった! 今度は同じ会社ですか?」
「同じ会社だが別行動だ。お前はビルの清掃員」
「ええ~っ、清掃員っ?」
「その方がビル内を動き回れる。よろしく頼む」
「ぶぅ~っ」
不機嫌そうに頬を膨らませるサクラ。
2人は新たなミッションに挑むことになった。
まさかそこで『異世界転移』などという信じられないできごとに巻き込まれようとは。
この時の2人には、知る由もなかった。




