8.三元弥生ちゃんはいつも寝てる
月曜日、図書室を閉める時間になった。
本来二人のはずの図書室当番。でもわたし一人しかいない。
「まったく、杉山くんは……」
今日の図書室当番はわたしと杉山くん。だけど杉山くんは30分も早く帰ってしまった。
双葉ちゃんが図書室に現れて、ほとんど強引に杉山くんを連れ去ったのだ。
最近はいつもこうだ。たまに双葉ちゃんより早く、睦美ちゃんが杉山くんを迎えに来る日もある。
杉山くんも、当番があるからって言ってきっぱりと断ればいいのに、いつも困ったような顔をして、言葉だけは「ごめんね。遠峯さん。この埋め合わせはするから」と言いながら、引きずられるように行ってしまう。
「……そろそろちゃんと言っておいた方がいい頃かな」
当番日誌を戸棚に入れ、ため息をついたところだった。
「月子ちゃん……」
「うぎゃあああっ~!!」
夕暮れ時の校舎に、わたしの絶叫が響きわたった。
――
「ごめんね、驚かせちゃって」
「ううん、こちらこそ大きな声出してごめんね。もう誰もいないと思ったから驚いちゃって」
わたしは少し嘘をついた。本当はこの女子が一人だけ図書室に残っていることは気づいてた。驚いたのは、彼女がわたしに話しかけてきたからだ。
この彼女、三元弥生ちゃんは、わたしと同じクラス。だから、もちろん顔も名前も知っている。
だけど一度も話したことがない。わたしだけじゃない。彼女は入学以来誰とも交流せず、休み時間はヘッドフォンをして、ずっと机に突っ伏している。
だからといって陰キャという感じじゃない。彼女は、一重まぶたの和風美人で髪色も明るく、身だしなみにもどことなくセンスを感じる。
「学校外で青春を謳歌してるから、俺たちなんて相手にしないんだ」なんて男子が噂しているのを聞いたこともある。
いずれにしても、わたしとは住む世界が違う人。教室でも、それから寝足りないのか放課後に図書室の机に突っ伏している時も、わたしから話しかけようなんて思ったことすらないし、まして話しかけられるなんて想像もしていなかった。
言うなれば、校門近くにある誰だか知らない偉い人の銅像と同じ。そんな普段は目にも留めない銅像にいきなり話しかけられたんだよ。そりゃ、悲鳴が出たっておかしくない……よね?失礼かな?
「それで……どうしたの弥生ちゃん?なにか借りたい本あるの」
「いや……あの、本のことじゃなくて……」
弥生ちゃんが急にもじもじし始めた。なにか言いにくいことなんだろうか?本のことじゃなかったら図書委員のわたしにいったい何の用事があるんだろう?
怪訝な表情のまま、じっと見つめていると、彼女は意を決したかのようにカウンターに手をついて身を乗り出した。
「昨日、見たでしょ?」
「昨日?何を?」
「あの、ほら二人でいるところ……」
「二人?」
「イオンで太一くんと二人でいるところ見たでしょって聞いてるの!」
そう言うと弥生ちゃんは両手で顔を隠してしまった。ただ指の間から見える頬は真っ赤に染まっている。
昨日、イオン、二人、太一……はて?
「あっ!あの金髪ギャルの人?もしかして、あれって弥生ちゃん?」
昨日、杉山くんと向かい合っていた女子は金髪で目元くっきりメイクのギャル。対して弥生ちゃんは、髪色こそ明るいけど茶色の範疇だし、何より一重まぶたの和風美人……。
とても同一人物とは思えない!!
「学校に来る時は、さすがにああいうメイクは控えてるし、髪色もカラーワックスで抑えめにしてるから……」
弥生ちゃんからそう説明された後も、まだ狐につままれたような気分だ。メイクであんなに変われるんだ。あたしも大学生になったらやってみようかな……。
「急にぼんやりしないでよ……。それよりも昨日のことなんだけど、あたしと太一くんがデートしてたこと、黙っててくれないかな?」
「えっ?あれってデートだったの?二人は付き合ってたの?」
今度こそ本気で驚いた。てっきり、杉山くんは、双葉ちゃんと睦美ちゃんの間で優柔不断に揺れているとばかり思ってたけど、まさかとんだダークホースが現れるとは!
「あっ、いや付き合ってない……かな?」
「ああ、付き合ってないんだ?じゃあ二人で会ってただけ?」
「いや、あたしたち付き合ってるよ!」
どっちなんだよ!
ツッコミを入れようとして思いとどまった。当の弥生ちゃんも困ったような顔をしながら首を傾げていたからだ。
「ちょっと、話を聞かせてもらえないかな?」
こうしてわたしは、弥生ちゃんから、杉山太一くんとの付き合ってるのか、付き合っていないのか本人もよくわからない微妙な関係について詳しく話を聞くことになった。




