4.今年から幼馴染みになりました市川睦美です
その事変は、年が明けて3学期初日のお昼休みに突然発生した。
いつものように杉山くんの席の前に双葉ちゃんが座ろうとした時、二人の間に小さな影が音も立てず割り込んだのだ。
「た~くん、だめじゃん。いつもパンばっかじゃ、栄養が偏っちゃうよ!」
「そうかな……?」
「そうだよ!!ほら、今日はあたしがた~くんの分もお弁当作って来たから、これ食べて!!」
「えっ?僕のために、お弁当を作って来てくれたの?わざわざ?」
容易ならざるやり取りが耳に入り、思わず横目でチラ見してしまった。
た~くんって誰のこと?そんな人いたっけ?
そう思って向けた視線の先では、杉山くんが、目の前のお弁当の袋を見つめながら戸惑った顔をしている。
その袋をニコニコ微笑みながら差し出しているのは市川睦美ちゃんだ。
小柄でいつも優し気な笑顔を浮かべる彼女は、家庭科部所属で趣味は料理とお菓子作り。そんな未来の良妻賢母が約束されたかのような彼女は、クラスの男子の間では一番人気だともっぱらの評判だ。
そんな睦美ちゃんがお弁当を作って来た?しかも杉山太一のために?
おそらく驚いたのはわたしだけではなく、周囲のみんなも同じだっただろう。その証拠に、いつもは騒がしいお昼休みの教室が一瞬で静寂に包まれた。
「いや、そんなの悪いって……」
「遠慮しないの。た~くんの健康を心配するのは幼馴染みとして当然だよ」
静かになった教室に、戸惑った杉山くんの声と、優し気だけど有無を言わせない睦美ちゃんの圧のこもった声だけが響く。
お、幼馴染み?なにそれ?
いや、もちろんそういう概念があることは知ってるよ。だけど、現実に見るのは初めて。というか幼馴染みなんて、ユニコーンみたいな空想上の生き物かと思ってた……。
しかも幼馴染みがお弁当を作ってきてくれるなんて展開、ベタ過ぎて最近じゃライトノベルですらあまり見ないよ。
「ねえねえ、睦美ちゃんと杉山くんって幼馴染みだったの?そんなの初めて聞いた」
「知らなかった~。それどころか二人で話してるのすら見たことないよ」
周囲からもひそひそ声が聞こえて来た。それは、わたしも同感だ。幼馴染みどころか、これまでこの二人にクラスメート以上の接点があるなんて思いもしなかった。
まさか「本年から新しく幼馴染みに就任しました」なんてことあるわけないし……。
もし、みんなの心の中を可視化できたとすれば、きっとそこかしこにクエスチョンマークがたくさん浮かんでいただろう。
しかし、そんな教室の空気は、双葉ちゃんの一声で切り裂かれた。
「ちょっと!私、お米の匂い苦手なんだけど。そんなお弁当ここで広げないでくれる?」
さっきから突然始まった、睦美ちゃんと杉山くんの幼馴染み劇場を最前列で見せられていた双葉ちゃんは明らかに不機嫌そうだ。
「あっ、双葉ちゃんごめんね。じゃあ、双葉ちゃんに悪いから向こうで一緒に食べよっか?」
「Wait!太一は、私と一緒にご飯食べてるんだけど」
「でも、双葉ちゃんの前ではご飯食べちゃだめなんでしょ。パンばっかりじゃ、た~くんの栄養が偏っちゃうし、じゃあしょうがないよね」
睦美ちゃんは、高飛車な態度の双葉ちゃんにも一歩も引かない。あの柔和で優し気な彼女に、まさかこんな強さが隠されていたとは……。
「白米なんかほとんど糖質でしょうが!!栄養バランスが必要ならこのエナジーバーあげるから、ここで食べな太一!!」
「あら?日本人の体には白米の方が合ってるのよ。それにご飯だけじゃなく、た~くんの栄養を考えたおかずもいっぱい入れたんだから。ねっ、向こうで一緒に食べよ!!」
突然始まった竜虎の戦い。しかもあの地味なモブキャラ杉山太一を取り合って?
わたしたちは事態を掴めず、固唾を飲んで見守るしかできなかった。
結局、双葉ちゃんも睦美ちゃんも一歩も引かず、二人とも杉山くんの側に陣取ったままお昼休みが終わった。
二人に挟まれた杉山くんは、睦美ちゃんが作ったお弁当と双葉ちゃんが差し出したエナジーバーと、それから自分で持ってきたパンを残さず食べることになり、午後の授業は少し苦しそうだった。
しかもその日から毎日のように、双葉ちゃんが声を掛ければ、睦美ちゃんが割り込むという綱引きが繰り広げられた。うちのクラスの情勢は突然始まった武力衝突により一気に緊迫した。
さっきの図書室でのやり取りもその延長。きっと杉山くんを連れ出そうとした双葉ちゃんと、それを察知した睦美ちゃんの駆け引きに違いない。
怖い怖い……。




