3.上から女子の如月双葉ちゃん
その彼女、如月双葉ちゃんが、わたしたちの高校に転校してきたのは、高1の12月という中途半端な時期だった。
先生の話によれば、ご両親の仕事の都合でこれまでカナダのバンクーバーに住んでいたらしい。
たしかに少し小麦色の肌とか、ナチュラルな感じの薄茶色のロングヘアとか、どことなく帰国子女っぽい。それに制服が全然似合ってない。
そんな異国の雰囲気を感じさせる彼女は、のっけの自己紹介からわたしたちの度肝を抜いた。
“Hello, everyone ! I’m Futaba Kisaraghi, glad to see you!”
いきなり英語で自己紹介を始めたのだ。
「如月さん、日本語で大丈夫ですからね」
担任のおじいちゃん先生に優しくたしなめられると、双葉ちゃんは “Wow~!”と派手に肩をすくめた後、「ごめんね~。Canadaの暮らしが長かったから、Allow me!」と言って舌を出した。
この時点で、わたしたちは完全にドン引いた。
だからと言って、それで転校生を仲間外れにするほど子どもじゃない。最初は、クラス委員の美奈ちゃんをはじめ、みんなで双葉ちゃんと仲良くなろうと積極的に声を掛けた。しかし、双葉ちゃんは、わたしたちの想像をさらに超えて来た。
「ごめ~ん!わたし、お米の匂いダメなの。わたしの前でご飯食べないでくれる?」
「あっ……うん……」
お昼を一緒に食べようと誘ってくれたクラスメート有志に、ぴしゃりとそう力強く言い放った時の、彼女たちの戸惑った顔と凍り付いた教室の空気は今でもありありと思い出せる。
しかも、双葉ちゃんは、そんな空気に一切お構いなし。静かになった教室には、彼女がリンゴをシャリシャリと丸かじりする音だけが響いた。
他にも、女子に対する配慮が足りないと男子に唐突にブチギレ、指を突き付けて英語混じりで猛烈にまくしたてたり、会話の流れを無視して、ひたすらカナダの素晴らしさを語り続けたり……。
なんというか……双葉ちゃんは上から目線で、しかも自己主張が強すぎるのだ。
そんな双葉ちゃんにみんなが辟易し始めたころ、クラスにある情報が流れた。
別のクラスに、双葉ちゃんと同じ中学校に通っていた子がいるらしいのだ。しかも、その子の話によると、実は双葉ちゃんは日本生まれの日本育ち。中2の終わりまで日本の中学校に通っていて、カナダにいた期間は2年もなかったらしい。
たった2年弱、海外に行ってただけであの仕上がり……?
他のみんなも、双葉ちゃんに得体の知れない不気味さを感じたようで、徐々に敬遠するようになり、気づけば双葉ちゃんはクラスで完全に孤立していた。
普通の転校生だったら、この現実に直面した時点でクラスに溶け込むために自己主張を引っ込めて折り合いをつけるか、又は開き直って孤高を保つ道を選ぶだろう。
しかし、さすがの双葉ちゃんが選んだのはそのどちらでもなかった。
「ここ空いてるなら座るわよ」
ある日の昼休み、とうとう声を掛けるクラスメートが誰もいなくなったその日、双葉ちゃんがランチの相手に選んだのは、自席で一人、パンを齧る杉山くんだった。
「えっ?えっ?」
いつもは鈍感で何事も動じないように見える杉山くんも、さすがに動揺したようで、助けを求めるように周囲を見回した。だけど誰も目を合わせない。みんな面倒には関わりたくないのだ。
そんな杉山くんの態度にお構いなしに、双葉ちゃんは杉山くんの前の席にどっかりと座った。
「ちょっと、パンだけなの?栄養が偏っちゃうでしょ」
「うん、ごめん」
「野菜も食べなよ。ほら、キュウリ……じゃなくてcucumberを1本あげるから」
「うん。ありがとう……」
目を合わせないようにはしていたものの、心配して耳をそば立てていたわたしたちは、杉山くんがあっさり現実を受け入れ、キュウリをポリポリと齧り始めたので、ほっと胸を撫でおろした。
トラブルにならなくてよかった。杉山くんには災難だったけど、今日だけなら大丈夫だよね。
この時はそう憐れんでいたけど、意外にも自己主張が強すぎる強烈キャラの双葉ちゃんと、ほとんど自己主張しないモブキャラの杉山くんは相性がよかったようだ。
この日から、双葉ちゃんは、ことあるごとに「太一、行くよ!」と、杉山くんに声を掛けるようになり、杉山くんも「待ってよ~」とか言いながら、双葉ちゃんの後を付いて回るようになった。
移動教室の時など、双葉ちゃんがのしのしと廊下を歩き、従者のように杉山くんが付き従う姿は、うちのクラスの名物になりつつある。
「あの二人、うまくいってよかった~。双葉ちゃんが転校してきた当初はどうなることかと思ったよ~」
双葉ちゃんがクラスから孤立しかけたことを心配していたクラス委員の美奈ちゃんも安堵の表情を浮かべている。
「でもさ、あんないい感じだったら、いっそあの二人、付き合っちゃえばよくない?」
「そうかな~。でも、いいコンビだよね。恋人同士というより、夫婦みたいな感じだけど」
「スピード婚すぎん?お早いことで~」
教室の隅に集まってそんな無責任な噂話をしている時、わたしたちは気づいていなかった。
あの彼女が、この状況を歯噛みしながら見つめていたことを……。




