2.ラブコメ系主人公登場!
立春。暦の上では春だけど、外はまだまだ寒い。
グラウンドで寒空の下を薄着で走る陸上部員を見ながら、わたしは暖房がきいた部屋でぬくぬくと生きられる図書委員でよかったとつくづく思う。
「遠峯さん、配架終わった?」
図書カウンターから声を掛けてきた彼は、わたしと同じ図書委員の杉山太一。
実は、わたしは最近、彼のことが気になっている。
勘違いしないでほしい。別に彼のことを好きとかそういうことじゃない。どういうわけか最近、やたらとわたしの夢に出て来るのだ。
……夢にまで出て来るなんてやっぱり恋なんじゃん!!とか言って面白がらないでほしい。
それに、正確には杉山くん自身はわたしの夢には出て来ない。わたしがいつも見る夢では、この杉山くんに関する噂話が出て来るだけだ。
夢の中では、やれ見境なしに女子に手を出しただの、挙句に刺されたといった噂話が女子の間で囁かれ、わたしがそれを聞くというシチュが続いている。だから、夢の中で杉山くんが、誰に、どうやって刺されたのかはわからない。
「どうしたの?」
返事もせず、ぼんやりとしていたからだろうか。杉山くんが顔を覗き込んできた。
彼は、別にブサイクというわけじゃないけど、イケメンでもない。背は高くもなく低くもなく、太っているわけでもなく痩せているわけでもない。
はっきり言えば、全国どこの高校、どこのクラスにも一人はいそうな、平均的で地味な顔の普通の男子だ。
だから、わたしがあの夢を見始めたころ、「まさかあの杉山くんが女子に刺される?ありえない!」と一笑に付していた。
ただ、最近、少しずつあれは予知夢なんじゃないかと思うようになってきた。それは、同じ夢を何度も繰り返し見たからだけじゃない。現実の杉山くんが徐々にその片鱗を見せ始めたからだ……。
ガラッ!!
わたしの回想を打ち切るように、ノックもなく図書室の引き戸が力強く引かれた。舌打ちしながら長身の女子が入ってくる。
彼女は目鼻がくっきりした華やかな顔立ちの美人なのに、眉間に皺を寄せていて、どことなく怒って見える。わたしが少し萎縮していると、彼女は一直線に図書カウンター歩み寄ってきて、わたしをぐいっと横に押しのけた。
「太一、今日、シューズ買いに行くから付いて来てよ!」
「えっ、いや今日は図書当番だから……」
「なに言ってんのよ。どうせ暇なんでしょ?誰もいないし。いいじゃん、早く閉めてさっさと買い物行こうよ」
この長身女子、如月双葉ちゃんには、横にいるわたしも、それから図書室の利用者もまったく目に入っていないようだ。
もっとも、利用者といっても、ヘッドフォンをしながら机に突っ伏して寝ている女子生徒が一人いるだけだけど‥‥‥。
「あと15分で閉室時間だから、せめてそれまで待てないかな?」
「Goddamn!!じゃあ、待ってるからさっさと来なよ」
彼女はそう言い捨てると踵を返し、また大きな音を立てて引き戸を開け、嵐のように去って行った。
「双葉にも困っちゃうよね。いつもこう強引で……」
杉山くんは軽く首を横に振った。口元をわずかに緩め、何かに諦観しているような微妙な笑顔を見せている。
なにその顔?女子にデートに誘われた時にする顔じゃないよね。
「もしかして双葉ちゃんに高いものを買わされたり、おごらされたりしてる?」
「いや、そんなことないよ。むしろ付き合ってくれたお礼とかで、よくおごってくれたり、あとたまにプレゼントくれたりするけど……まあ体のいい荷物持ちだよね」
そんなわけあるか!!
それ、どう考えてもデートだって!!そんな気がない相手をわざわざ買い物に誘ったり、一緒にお茶したり、ましてプレゼントなんかあげたりするわけないじゃん!
しかし、こんな簡単なこともわからないのか、杉山くんは本当に困ったような顔で目を伏せている。どんだけ鈍いんだこいつは……。
そのダチョウ並みの鈍さに呆れてかえっていると、いつの間にか音もなく、一人の女子生徒が図書室に入って来ていた。今度の彼女は、さっきの双葉ちゃんと対照的に背が低く、足音も立てないくらい物静か。ふわふわのボブカットに、いつも微笑んだような優し気な目が羊のような安心感を与える。
このおしとやかな彼女、市川睦美ちゃんも、わたしの存在をまったく無視したまま、図書カウンターに肘をついて杉山くんに話しかけ始めた。
「た~くん、今日、うちに晩御飯食べにくるでしょ?」
「ああ、うん。でも、いつも悪いよね。そんな気を遣ってくれなくても……」
「今日はおでんだよ。昨日の晩から煮込んでるからきっと味が染みておいしいよ。絶対に来てね。待ってるから!」
それだけ言うと、睦美ちゃんは小さく手を振って図書室から出て行った。
えっ?まさかそれだけ言うためにここまで来たの?
しかも杉山くんは、またしても口元だけ微笑んだ、どこか困ったような顔をしている。なんだそのヤレヤレ顔!いったい何が不満なんだ?
「もしかして、睦美ちゃんに、毎日ご飯作ってもらってるの?」
「ああ、うん。ほら、うちは母親がいなくて、父さんも仕事で遅いからさ。それで1か月くらい前から向かいの睦美の家でご飯をごちそうになってるんだ」
「そうだったんだ。ごめんね。事情知らなくて。お母さんがいなくなって1か月だったら、まだ大変だよね。それで睦美ちゃんが助けてあげてるんだ……」
わたしが軽率な発言を悔やんで首を垂れると、また杉山くんがきょとんとした顔をした。
「いや?母が亡くなったのは10年も前だよ」
「えっ?でも、さっき1か月前からって言ってなかった?」
「そうそう、何でか知らないけど1か月前に急にそんな感じになって。もう慣れっこだし、ご飯も自分で作れるから大丈夫って言ったんだけどね。どうしてもって言われてつい甘えちゃって」
「はっ?1か月前から急に?」
「そうそう。それから同じころから朝ごはんも作ってくるようになって。しかも僕の部屋まで起こし来るんだよ。おっかしいよね~」
なんじゃそりゃ!!なんだよそのテンプレな幼馴染みムーブは!!
しかも杉山くんは、何が不満なのか、ため息をつきながら首を振っている。
「あの、悪いんだけどさ……図書当番早く上がっていいかな?ほら、双葉との買い物を早く済ませないと、睦美の家の晩御飯が遅れちゃうからさ……」
「そう……なんだ……」
って、おい!こいつ双葉ちゃんのデートと睦美ちゃんのごはんを、はしごするつもり?
あきれて物も言えずにいると、杉山くんは黙認と解釈したのか、そそくさと荷物をまとめて帰って行った。わたしは黙ってその猫背気味の背中を見送るしかできない。
杉山くん、いつからこんな風になっちゃったんだろう?
いや、その時期だけははっきりしている。あれは2か月前、双葉ちゃんが転校してきた頃が始まりだったと思う……。




