23.委員長は心配性
6月、少しずつ蒸し暑くなってきた今日この頃。お昼休みは、いつも通り親友の良子、月子の二人と一緒に教室でランチである。
「そういえば、そろそろ修学旅行の班を決めなあかんね~」
京都の名家で生まれ育った良子はお上品にお弁当を机に置き、おっとりした口調で頬に手を当てた。
『質実剛健と奔放』という相反する謎の校是を持つわが校の修学旅行は、非常に質素かつ自由。京都・滋賀の名所を2泊3日で巡るのだが、旅行プランは、すべて班ごとに自由に決めていいことになっている。
つまり班のメンバーが誰になるか次第で、修学旅行が青春の1ページとなるか黒歴史になるのか……生死を分けることになる。ちなみに班の構成は男子2名、女子3名。
「女子の班はこの3人で決まりだけど、問題は男子だよね。どうしよっか?」
「う~ん、うちは特に当てはないけどな~」
その時、それまでずっと黙っていた月子がお弁当を机に置いて、わたしたちを交互に見つめた。
「あのさ!!二人にお願いがあるんよ。修学旅行の班なんだけど、田辺くんと……それから杉山太一と一緒にしてもらえないかな?」
「「ええっ?」」
月子からの意外な申出に、思わず私と良子は目を見合わせてしまった。
◇◇
私、武藤美奈は、小さい頃から自他ともに認める陽キャの世話好きで、自然とクラスのまとめ役になることが多かった。小学校でも中学校でもクラス委員が定位置。その流れで、高校でもごく自然にクラス委員に選ばれた。
さて、どんなクラスを目指そうか。そう思って当時の担任だった吉野うづき先生に相談したら『誰一人取りこぼさないクラス』にしたいと言われた。うづき先生によれば、毎年、クラスに一人か二人は友だちができず、学校に馴染めず、孤独に苦しむ生徒が現れるらしい。ひどい場合はそのまま不登校になり退学してしまったケースもあるとか。
「先生はこのクラスでは、そういう子を一人も出したくないの!!だからぜひ協力してちょうだいね」
そんな熱血うづき先生の熱い意見に異論はない。クラスのみんなが仲良くなれるようレクの企画を立てて先生に提案したり、うまく友だちが作れなさそうな子には積極的に声を掛けて、友だち作りをサポートした。
そんな頑張りの成果か、クラスの中では気の合う者同士で集まった友だちグループがいくつもでき、休み時間には集まってお喋りしたり、お昼休みには机をくっつけて一緒にお弁当を食べる姿が見られるようになった。私も良子や月子と仲良くなることができた。クラス全体の雰囲気も悪くない。
ただ、そんな中、杉山のことはずっと気になっていた。彼がずっと教室で一人だったからだ。
休み時間になっても、誰とお喋りするわけでもなく、いつも席に一人で座ってぼんやりしている。お弁当だって、どのグループにも入らず一人で食べていた。球技大会とか校外学習とか、そんなイベントでも、誰かと仲良くしている様子がなく、むしろ気配を消してやり過ごしているようにも見える。
「杉山くん、友だちづくりが苦手なのかしら?大丈夫かな……」
うづき先生も事あるごとに心配していたので、たまに私から休み時間に「おっす元気?」とか「宿題やった?」とか話しかけてあげていた。
そうすると、意外なことに、杉山は人当たりよく、はにかみながら普通に会話してくれる。むしろ物腰柔らかなのにウィットに富んでいて、話しているとついつい引き込まれ、時間を忘れて話し込んでしまうくらいだった。
別に嫌われたり、仲間外れにされたりしている様子はない。話しかけられれば誰とでも如才なく付き合う。だけど、決して杉山の方から積極的に仲良くしようとしない。
その結果、杉山は、まるで沖ノ鳥島のようにクラスのみんなと距離を置いて孤立することになった。
でも、学校という集団生活で、一人で行動することはとても目立つ。杉山は今の状況が辛くないんだろうか?内心で悩んでるじゃないだろうか?
二学期になり、杉山のことをいつも心配していたうづき先生が急に退職してしまったので、その後は私が一人で、杉山のことを気にかけ続けた。
だから去年の12月に如月双葉が転校して来て、双葉の方から杉山に積極的に絡むようになり、よく二人で行動している姿が見られるようになった時は少し安心した。
しかも、いつの間にかそこに市川睦美も加わり、最近では、同じくボッチじゃないかとずっと心配していた三元弥生も含めて4人グループになり、一緒に仲良く行動しているように見える。
ようやく杉山に友だちができた。これでようやくクラスにボッチがいなくなった。私の心配も解消したと思い、ほっと胸を撫でおろしていた時、私の心には別の心配が芽生えていた。
親友の月子が、不自然なくらいに杉山に沼り始めたのだ……。




