24.底なし沼から助け出せ
「美奈ちゃんは、太一と田辺くんと同じ班じゃ、だめかな……?」
いつの間にか、月子が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。つい無意識に、腕を組んで回想にふけってしまったようだ。
「うちは、別に構わんけどな。田辺くんは美奈ちゃんと一緒にクラス委員しているし、杉山くんは月子ちゃんと仲ええみたいやし……どうやろか?」
良子も賛成のようだ。だけど、私には気になることがある。
「……ちょっと考えさせて……」
私が選んだ答えは保留だった。
普段だったら、月子の提案に一も二もなく賛成するところだ。修学旅行はほぼ班単位で行動する。だから気の合わない男子と同じ班になると地獄だ。
その点、田辺はクラス委員としては正直頼りないけど、その分、単純だし、何でも言う通りにしてくれるから御しやすい。
問題は杉山の方だ。
いや、杉山の人柄が悪いわけじゃない。杉山に沼りつつある月子のことが心配なのだ……。
そのことに気づいたのは、二年生に進級してからしばらく経った頃だっただろうか。
この日は……いや「この日も」と言った方が正確だろう。月子が杉山のことをやたら話題に出していた。
「太一のやつが、また図書室当番さぼってさ~。もういい加減にして欲しいよね~」
「ああ、杉山くんもしゃあないね~。当番はちゃんとやらなあかんね……」
「そうなのよ~。いつもわたしが尻拭いしてばっか!この間も、太一のせいでひどい目にあってさ~」
月子は頬を膨らませながら、ことさらに怒ったような口調で太一、太一と連呼している。
だけど、私には、とても月子が怒っているようには思えない。むしろ、かわいい子猫が壁に爪を立てた時の「しょうがないな~」という感じのニュアンスだ。
そんな月子の惚気に聞こえる愚痴に、良子は「大変やな~」と言いながら、おっとりとうなずいている。
だけど、良子は気づいていないのだろうか?最近、月子の話題に杉山が登場する回数がやたら多いことに(美奈調べ)。
しかも、いつからだろう?月子が杉山のことを『太一』と呼ぶようになったのは。前は『杉山くん』と他人行儀に呼んでたはずなのに……。
私が黙っていると、月子は教室の隅の杉山の方に視線を向けて、それから口を尖らせた。
「次から次へと、新しい女子の取り巻き増やしちゃってさ!このままどんどん増えてくとどうなっちゃうんだろうね!!いい加減、太一も一人に絞って欲しいよ~」
「??どんどん増えてくって?」
月子の視線の先には、双葉、それから睦美と交互に会話する杉山がいた。この二人が杉山のことを憎からず思っていることは、私にもわかる。
だけど、どんどん増えていくってどういうこと?私が素朴な疑問の視線を向けると、月子が急に目を泳がせ、せわしなく自分の髪をいじり始めた。
「えっ、あっ、あれっ?そんなこと言ったっけ?それよりさ~、聞いてよ。こないだうちのお母さんが薦めてきた配信ドラマ見たんだけど、これがくだらなくてさ~。王子に一話ごとにどんどん許嫁が増えてって、最後に法律変えて一夫多妻制になってみんな幸せになるってオチで……」
ん?明らかに話を逸らし始めたぞ。これはいったいどういうことだ?この月子の態度、怪しいな……。
ピンときた私は、しばらく月子と杉山の関係を探ってみることにした。
二人の接点と言えば図書委員。それで、手始めに図書室に様子を見に行ったところ、そこで驚きの光景を見せられることになった。
「杉山先輩!!紹介してもらった本、すご~く面白かったです~!!」
「ええっ?もう読んだの?」
名前を知らない、おそらく一年生であろうやたら可愛らしく、少しあざとい感じの女子が、やけに潤んだ瞳で杉山にぐいぐいと顔を近づけている。
杉山の奴は、体をのけぞらせながら戸惑っているけど、まんざらでもない感じでニヤついている。
あれは、ただの先輩後輩の距離感じゃない。もはやキスの距離といっても過言じゃない!
なんと不謹慎な!!
そもそも、なんで杉山は、あんな可愛い後輩にぐいぐい迫られているわけ?「ねぇ、月子」と振り返ると、もっと驚いた!
「うん、まあ、しょうがないよね。フフフ……」
月子は腕組みをし、壁にもたれかかりながら、余裕の表情で微笑んでいた。
なにその表情?後方彼女ヅラ?正妻の余裕の表情?いつの間にそんな風格を?まだ16歳だよ?
私も伊達に何年もクラスのまとめ役はやってない。 微妙な人間関係を察する勘には自信がある。
そうか、なるほど月子は、いつの間にか杉山とそんな関係になってたのか……。
一瞬だけほっこりしかけたけど、すぐに頭を振った。そうすると、あの距離感バグってる後輩は何なのよ?それに、忘れてたけど睦美と双葉もいたよね?
もちろん、親友である月子が杉山を選んだのだったらうまくいくよう応援してあげたい。
だけど、杉山が裏で何人もの女子を手玉に取ってて、月子がその手玉の一つとしてジャグリングされてるんだったら話は別だ。
私は杉山のことを見誤ってたかもしれない。いかにも人畜無害で、草原で孤独に、もしゃもしゃ草を食べてる羊かなんかだと思ってたけど、それは周囲を油断させる擬態型。実は家畜を狙う狡猾なオオカミだったのかもしれない。
それで、もう月子もロックオンされてるのかも……。
そんなのダメ。ダメ、絶対!!月子の目を覚まさせてあげないと!!
でも、月子に直接話したって、信じてもらえないだろうな。恋する女は盲目だと聞くし、動かぬ証拠を突き付けないと……。
私は、修学旅行の班決めまでに杉山太一の尻尾を掴んでやろうと心に決めた。




