22.メイちゃんの選択
「ごめん、待たせちゃって」
「ううん。太一、来てくれてありがとう!!」
メイちゃんが夜遅くになっても帰って来ない。スマホにも応答しない。メイちゃんのお母さんから電話をもらったわたしは、焦って太一に電話した。
太一は、すぐにメイちゃんを探しに行こうと言ってくれて、今、学校近くの駅で落ち合ったところである。
「僕が川浦先輩に怒られた後、彼女にそっけない態度をとっちゃったせいかな……。あの後、メイちゃんどうだった?何かおかしいところなかった?」
「いや……取り巻きの男子たちと一緒に帰って行ったけど……いつも通りだったかな……」
実はいつも通りじゃなかったことが一つある。メイちゃんは、太一に冷たくされた後、尋常じゃないくらい落ち込んでいたのだ。でも、それを太一に伝えると責任を感じちゃうかもしれないから黙っておこう。
「メイちゃんの行きそうな場所わかる?」
「ううん。あの子、真面目だし、両親に心配かけないように、いつも真っ直ぐに帰ってるし、どこかで夜遊びしてるなんて想像もつかない……」
手がかりはまったくない。とりあえず手あたり次第、近くのファーストフード店とかカラオケとかを探してみることにした。
だけどまったく見つからない。そもそも遊んでるんだったら、スマホで連絡できるはずだ。だけど、さっきから全然電話に出ないし、LINEのメッセも既読にならない。
こんなに連絡が取れないんだったら、もしかしたら……。
いやな予感を振り払うために、もう一度メッセを送ってみようとスマホを取り出した時、ちょうど電話の着信があった。
メイちゃん?と思い、すぐに応答した瞬間、わたしは凍り付いた。
「どうしてこんな夜遅くに太一くんと一緒にいるの?」
電話の向こうの声の主は吉野うづき先生。元、いや今も現役バリバリの太一のストーカーだ。
「どうして黙ってるの?太一くんと一緒にいる理由を説明してちょうだい」
うづき先生の声は冷たい。普段だったら震えあがるところだ。だけど、今日に限ってはそんなこと言ってる場合じゃない。
「図書委員の一年生の女子が家に帰って来なくて、連絡も取れないんです。だから、たい……杉山くんと一緒に探してるんです!!」
わたしがきっぱりと伝えると、うづき先生は気圧されたようで少し黙った。
よしっ、忙しいしもう切ってやれ……そう思い赤いボタンをタップしようとすると、スマホの向こうから「待って……」という声が聞こえた。
「一年生の図書委員の女子って、あの男子をたくさん取巻きにしてる、小柄で愛くるしくてかわいい子のこと?」
「先生、何か知ってるんですか?」
「さっき象ノ森公園で見たような……」
もはや先生のその言葉しか縋るべきヒントがない。わたしたちは、急いで学校近くの像ノ森公園へ走った。
◇◇
「うぐっ!!」
象ノ森公園の入口で、わたしは立ち止まった。ほとんど灯りがない真っ暗な公園。その真ん中の方で黒い群衆がうごめいている姿が見える。
メイちゃんがあそこにいるかも……そう思ったけど、暗闇に集まった人影が恐ろしくて足がすくんだ。
何人いる?こんな時間に公園に集まってるなんて不良たちかな?
「太一、どうしよう?」
躊躇しながら振り返ると、そこに彼はいなかった。
えっ?そう思った瞬間、耳元に風を切るような音がした。暗闇の中の黒い影に向かって走る太一の背中が見える。
ええっ?すごい勇気!慌てて後を追いかけようとしたけど、まだ足が前に出ない。
あの中にメイちゃんがいるかもしれないけど、下手したらわたしも囚われてしまうかも。そう思うと勇気が出なかった。
誰か呼んできた方がいいかも……。
何もできず公園の入口に佇んでいると、様子がおかしいことに気づいた。
太一が黒い人影たちに向かって何か話しかけると、人影方がたじろぎ、後ずさっている様子が見える。
太一は特に凄んでいるとか、大きな声を出しているわけではない。それでも明らかに相手を圧倒している。
大丈夫かな?おそるおそる公園に入り、太一に近づくと、最初にベンチに小さく座ったメイちゃんの姿が見えた。
「あっ、月子ちゃん!」
不安そうに俯いていたメイちゃんが、わたしを見てぱっと表情を明るくした。
「メイちゃん!どうしたの?心配したんだよ!!」
「うん、みんなとお話してたら帰してもらえなくて……」
メイちゃんの言葉に周囲を見回すと、そこにいたのは見覚えのある一年生男子。いつも図書室でたむろしているメイ軍団の面々だ。
「なんで女の子をこんな遅くまで!ここで何してたの?」
近くにいる男子に聞くと、気の弱そうな彼は怯えた様子を見せた。
「……メイちゃんと話をしてたんです。もう、いい加減はっきりして欲しいって……」
彼が蚊の鳴くような声で答えると、周囲のメイ軍団男子たちもうなずいた。
「僕たちはみんなメイちゃんが好きです。メイちゃんにも想いを伝えています」
「だけど、みんな返事を保留されてます。そんな状況、これ以上僕たちは耐えられません」
「だから僕たちはここでメイちゃんから返事をもらおうと話をしてたんです。だけど、メイちゃんがずっと黙っちゃって。それで気づいたら遅くなってて……」
「優柔不断はもうやめ、俺たちの中から誰かを決め、そうしないと俺たちの気持ちも冷め、さあ姫、あなたの心を聞かせて!」
メイ軍団の男子たちが堰を切ったように次々と口を開く。
つまり、こいつらは告白の返事を聞くために、こんな時間まで公園にメイちゃんを拘束してたのか……。あきれてメイちゃんの方を振り返ると、メイちゃんが目を伏せた。
「こんな遅くまで、こんな暗いところに女の子を引き留めちゃだめじゃないか!早く帰りなさい」
太一が毅然とした態度でそう言うと、メイ軍団の面々はまだ一年生。先輩の言葉にシュンとうなだれて、素直にぞろぞろと帰っていった。
「じゃあ、メイちゃんも帰ろ!ご両親も心配してたよ」
うながされてメイちゃんがゆっくりとベンチから立ち上がり、そのまま駅に向かって歩き始めた。
「彼らもよくなかったけど、メイちゃんの態度もよくなかったと思うよ。色々な人に思わせぶりな態度で期待させて、しかも告白の返事をちゃんとしなかったんだったら、彼らの気持ちもわかるよ」
太一が怖い顔をしている。メイちゃんは、「はい、すみません……」としゅんとうなだれている。
「でも、無事でよかったよ」
太一が表情を緩め、にっこり微笑んだ時だった。
「……あの、杉山先輩。好きです!!」
はっ?なんて言った?
耳を疑い、それから声の主の顔を覗き込んだ。
こんな時に冗談?いや、彼女の顔は真剣そのもの。潤んだ瞳で太一を見つめている。
太一はどう答えるの?思わず固唾を飲む。
「……いや、そういう誰にでも思わせぶりな態度を取ったから、今回みたいなことになったんだからね。反省しないと」
彼は表情を変えず、歩調も変えないまま駅に向かって進む。その後を、メイちゃんが「いえ、これは本気なんです。誰にでもじゃないんです」と言って追いかけても、太一は一切振り返らなかった。
◇◇
あの夜から数日後、メイ軍団が現れることがなくなった図書室は、すっかり静かになった。やっと落ち着けると少しほっとしていると、メイちゃんが図書室へ入って来た。
「月子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
わたしに挨拶をした後、メイちゃんは図書カウンターにいる太一の方へ向かい、すっと息を吸った。
「太一先輩。好きです!!」
「はい。そういうこと軽々しく言わないの。じゃあ、今日は配架の方から初めて貰える?」
「……は~い。わかりました」
乙女の告白を軽く受け流す太一。無理もない。あれからメイちゃんは毎日のように太一に告白しているのだ。もはや太一もわたしもすっかり慣れっこで挨拶くらいにしか思わなくなっている。
ただ一人、また図書室の机を広く占拠して、思う存分、突っ伏せるようになった弥生ちゃんだけが、今日もまた海老のようにビクンッと反応していた。




