17.守ってあげなきゃ
「よかった。なかなか返信くれないから、もう会ってくれないのかなって心配してたのよ」
この日、わたしは、前と同じ喫茶店の、前と同じ席でうづき先生と向かい合っていた。
弥生ちゃん、睦美ちゃんの話を聞いて、うづき先生が恐ろしくなった。もう会わない方がいいとも思った。
だけど、うづき先生から、「また会ってお話ししましょう?」というお誘いのメールは矢継ぎ早に届くし、わたしはわたしで、いったい何があったんだろうという好奇心には勝てず、ここに来てしまった。
「それで……今日はどんなご用件で……」
「フフフッ、今日は聞きたいことがあったの。月子ちゃん。あなた、この間、この喫茶店で先生と会ったこと、太一くんに話した?」
それまで優し気だった先生の目が、急に鋭くなり、わたしを射抜いた。思わずビクンッと震えてしまい、手に持ったカップの中でコーヒーが揺れた。
「すみません……」
「いいのよ~。そういえば先生、口止めしてなかったもんね。うっかり、うっかり……てへっ」
先生が左手でげんこつを作って自分の頭を叩くふりをした。おどけてるつもりだろうか? 笑った方がいいのかな?
ハハッ……と笑い返そうとした時、わたしを見る先生の顔から表情がすっと消えたことに気づいた。
「でも、そのせいで。太一くんのお父さんから先生に電話があってね。お父さんから怒られちゃって……」
「すみません……わたし、あの時は事情を知らなくて……」
小さくなり、目を伏せ頭を下げる。先生も何も言わず、ただBGMの静かなクラシック音楽だけが流れる。様子をうかがうように、そっと上目遣いで先生を見ると、わたしを見下ろしている視線とぶつかった。
「……ねえ。『あの時は』『事情を知らなくて』ってことは、今は事情を知ってるってことよね?」
「いえ……あの……」
「太一くんから?それとも、他の人から聞いたの?」
先生の視線が怖すぎて、何も言えない。また視線を落とす。
「ちょっと、何で答えないの?誰から聞いたかって聞いてるの!!」
先生は、指でこつこつとテーブルを叩いた。そのいらついた様子に、わたしはすくみあがった。
「弥生ちゃん、それから睦美ちゃんです……」
「ああ、三元弥生ね。あの子なら納得だわ」
先生は納得したように微笑み、それからコーヒーカップに口をつけた。
「あの子は、学校では大人しそうな顔してるけど、外では色気づいて、派手なメイクで偽装して太一くんをたぶらかそうとして……。しかも水着姿で色仕掛けなんてして、私が止めなければどうなってたことか。あのふしだら娘が……」
うづき先生は、いかにも忌々しいと言った口調で吐き捨てた。だけど、それはさすがに聞き捨てならない。
「あの、弥生ちゃんはそんなつもりじゃなかったと思います」
わたしが怯えながらも、きっぱりとそう伝えると、先生はキッと睨みつけてきた。
「そんなつもりじゃない?あなたに何がわかるの?私が太一を守るためにどれだけ苦労したか!!」
先生はまた指でこつこつと、さっきよりもせわしなくテーブルを叩き始めた。
「太一くんはね。どういうわけか寂しさを感じた女の子を引き寄せて勘違いさせちゃうの。それでそんな女の子たちに狙われて捕食されそうなかわいそうなバンビちゃんなのよ。最初は、ほらあの図書委員長の川浦さんだったわ。彼女、子どもなのかしらね?やたらと太一に絡んで厳しくして。わざといじめて気を惹こうとしてたのが見え見えなのよ!!」
えっ?そうだったの?あの眼鏡でおさげで、真面目な川浦先輩がそんなことある……?
「だから私が川浦さんから守ってあげたの。もう太一くんに近づかないように、川浦さんに厳しく指導したわ。そしたら太一くんは、それはもう感謝してくれたわ。『先生のおかげです。助かりました』って涙ながらに言ってくれたの。その時に思ったわ。これからも太一くんをずっと、川浦さんみたいな勘違い女の魔の手から守ってあげようって……」
何を思い浮かべているのだろう。先生は頬杖をついて恍惚とした表情で虚空を見つめている。わたしは何も言えず、おそるおそるそれを見つめるしかない。
「それなのに、みんなそれをわかってくれない。太一くんのお父さんだって、教頭だって、他の先生だって……。私がこんなに尽くしてることを誰もわかってくれない……」
うづき先生がギリッと唇を噛み、それからうっすらと笑いを浮かべた。
「月子ちゃんはわかってくれるでしょ?近くにいるんだから、太一くんがどれだけ危うい立場なのか、だから守ってあげなきゃいけないことも……」
「それは……まあ……たしかに……」
たしかに太一は、双葉ちゃんや、睦美ちゃんや、弥生ちゃんといった特定の女子に好かれている。それに今も彼が刺される夢にうなされ続けている。
そんな気持ちで、あいまいに同調すると、またキッと先生の表情が厳しくなった?
「どうしてあなたにわかるの?」
「えっ、えっ……?」
「もしかして、あなたも、もう太一くんに惹かれ始めてるんじゃないの?それだったら先生はあなたを許すことはできないわ!!」
先生が、ドンっと、今度は拳でテーブルを叩いた。テーブルの上に置かれたコップが倒れる。
「そういえばあなた、太一くんとやけに親しげじゃない?」
お店の人に助けを求める視線を送ってみたけど、完全に目を逸らして、グラスを拭く作業に集中している。この騒ぎが聞こえないはずがない。面倒ごとに関わらないようにしているのだろう。
「ねえ、ちゃんと答えて。あなたも太一くんを狙ってるの?」
「そんなことありません。ただのクラスメートです」
「そんなことない。先生にはわかるのよ。そうか。そうだったのね。だからあんな密告をして……まさか月子ちゃんが、そんな人だったなんて知らなかったわ」
先生の中でどんなことを思い込んでしまったのだろう?わたしを睨み据える先生の目は血走っている。その瞳には、もはや狂気すら感じられた。
助けて、誰か助けて……。心の中でそう祈っていた時、カランッとお店のドアが開く鈴音が鳴った。その瞬間、先生の視線がそちらに移り、そしてハッとした表情になった。
「太一‥‥‥?」
振り返ると、そこには息を切らせた太一くんが立っていた。
「太一くん、先生、ずっと会いたかったよ……」
さっきまで鬼女のようだった先生の顔がみるみるうちに蕩け、愛しい相手を見るような恍惚とした表情になった。
しかし、太一はそれには構わず、わたしの手を掴んだ。
「月子ちゃん、行こう。この人に関わっちゃだめだ!!」
わたしは呆気にとられ、なすがままに席から立ち上がる。
その時、背後でガタンっと椅子が倒れる音がした。
「待って、待ってよ……。先生、太一くんに話したいことがいっぱいあるの」
縋るようなうづき先生の声。それに太一くんはゆっくりと振り返った。
「やめてください。警察から接近禁止命令が出ていますよね。これ以上近づくと、先生が逮捕されてしまうかもしれませんよ。だから付いて来ないでください」
それから太一くんは、「行こう……」と言ってわたしを喫茶店から連れ出した。
背後から、「太一くん……私のことをそんなに心配してくれてるのね……やっぱり太一くんは……」という切なげな声が聞こえて来たが、それに振り返って何かを言う勇気はなかった。
代わりにぐいぐいと手を引く太一の背中を見た。助けに来てくれたんだ!
嬉しい……不覚にもそう思いそうになったので、慌てて頭を振った。
元はと言えば、全部太一のせいじゃないか!わたしはこんなんで騙されないからな!!




