16.睦美ちゃんは見た!!
弥生ちゃんが姿を消し、わたしはまた図書室で一人になった。時計の音だけがコチコチと響く静かな図書室。なぜか少し寒気がする。
チリン……小さな鈴の音が響いた。
「ひゃっ!!……ってなんだ。メッセの着信か~。びっくりさせないでよ」
誰なんだろ?そのままホーム画面を見て、今度こそ凍り付いた。
『うづき先生』
そこにはそう表示されていた。さっきの太一の様子、それに弥生ちゃんの話……いったいどういうことだろう?
頭の中の整理がつかないので、とりあえずメッセは開かず、そのままスマホを裏返した。
その時、唐突に図書室の扉がガラッと開かれた。
「うっひゃ~!!」
「ええっ?ってどうしたの、月子ちゃん。そんな大声あげて……」
入って来たのは睦美ちゃんだった。わたしが大声をあげたことによほど驚いたのか、普段は線みたいに細めている目を、大きく見開いている。
「ごめんね。なんでもないの。一人だったからびっくりしちゃって……」
「そっか、一人なんだ。あれっ?そしたら、た~くんは?もしかしてもう双葉ちゃんが先に……?」
睦美ちゃんがにっこり微笑みながら圧をかけて凄んできた。
「ううん?今日は家で用事があるから先に帰るって。あっ、もちろん一人で帰ってたよ」
「そっか~。た~くんも水くさいな。お向かいだし帰るなら声を掛けてくれればいいのに……何の用事かな~?」
睦美ちゃんはちょっと拗ねたような顔をして唇を尖らせた。
「ああ、うん。残念だったね。なんか、うづき先生の話をしたら、急にお父さんに相談があるからって、帰っちゃっ……て……」
そこまで言ったところで、わたしは言葉に詰まってしまった。睦美ちゃんの顔に暗い翳が差したからだ。
「そう……なんだ。うづき先生が……」
「どうしたの?うづき先生に何かあったの?」
「ううん、なんでもないの」
睦美ちゃんは小さく首を横に振った。だけど表情は暗いまま。とてもなんでもないようには見えない。
「あのね……実はわたし、昨日うづき先生に会ったんだ」
「えっ?うづき先生、近くに現れたの?」
今度は明らかに睦美ちゃんの表情が変わった。それからしばらくためらって、やがて意を決したように口を開いた。
「お母さんからは、誰にも言わないようにって言われてるんだけど、月子ちゃんにも近づいているってことは、知ってた方がいいと思うから話しておくね。あれは去年の夏休みのことなんだけど……」
睦美ちゃんは目を伏せながらとつとつと話し始めた。
◇◇
あれは夏休みの終わりくらいだったと思う。夜、ベッドに入っていると、突然、路上から女の人のヒステリックな叫び声が聞こえてきた。
なんだろう?酔っ払いかな?そう思って最初は気にも留めなかった。
ただ、だんだんと、その叫び声がこう言っていることに気づいた。
「太一くん出て来て。先生に説明させて!!」
「あれは誤解だったの!太一くんを守ろうと思っただけなの!!」
太一くん?この辺りで太一と言えば、向かいの家に住んでいる同じクラスの杉山太一のことじゃない?
先生?太一の先生と言ったら……。
あたしはベッドから出て、カーテンの隙間から道路を見下ろした。すると、杉山太一の家の方に向かって叫び続ける女の人の背中が見えた。
間違いない。あれって吉野うづき先生だ!
「太一くん!!もう一度だけ先生とお話させて!どうして電話に出てくれないの?どうしてメッセに返事をくれないの?先生に悪いところがあったら、全部直すから~。うわ~んっ!!」
うづき先生の顔は見えない。だけど、その声はどんどん緊張感を帯びてきて、ついには泣き声を上げ始めた。わたしはそれ以上見ていられなくなり、カーテンを閉じた。
やがてパトカーのサイレン音が響き、うづき先生の声も聞こえなくなった。
それから何日かした後、夕飯の食卓で、お母さんから太一のお父さんが謝りに来たと聞いた。
なんでも警察にも学校にも相談したから、もう近所に現れることはないけど、逆上したら何をするかわからないから、この話は内密にして欲しいと何度も頭を下げられたとか……。
◇◇
「それで、新学期が始まったら先生が退職してて、近所にも現れなくなったんだけど……」
「えっと、それってつまり、うづき先生が太一をストーカーしてて、そのせいで学校を辞めることになったってこと?」
睦美ちゃんが戸惑った表情で、だけどはっきりとうなずいた。
「じゃあ、あたし行くね。この話は誰にも言わないでね」
睦美ちゃんが帰り、またわたしは図書室に一人になった。
チリン……。
またメッセの着信音が鳴った。スマホを裏返すと、そこには『うづき先生』という名前の通知が表示しきれないくらいたくさん並んでいた。




